あえて航空戦艦

「失敗でした。計測困難なほど、運用差がでてしまいました。宇宙空間においての艦隊戦は指揮や人の能力を大きく隔てたのです。数人の天才によって導かれる人類という構図が各勢力に生まれます。ストーンズの原形もこの理由によって生まれました」

「そして登場したのが、宇宙空間における魂回帰問題だ」


 プロメテウスが意外な言葉を口にする。


「宇宙空間における魂回帰問題? あの宇宙空間の人類同士による戦闘禁止条約のことか」

「その件です。宇宙空間での人類同士の戦闘はソピアーがさだめた条約によって禁止されました。宇宙空間での死亡は魂の喪失に繋がる可能性が高いとソピアーが判断したからです。魂は母星、惑星のエネルギーによって回帰していることが明らかになったのです。ですがその条約はさらにネメシス星系を破滅に追いやりました」

『惑星が戦場になったからな』


 リュビアが苦々しげに呟く。


「地上用の兵器を?」

「地上での巨大宇宙艦は的に過ぎず、また多くの行動が制約されます。レーザーや荷電粒子砲も減衰します。とはいってもその装甲と火力、そして宇宙空間から飛来する機動力は戦略的に大変重要でした」


 アストライアはシルエットの設計図を多数同時展開する。


「人間は環境によって大きく変わることを学んだ私は、次に兵器の質、量でバランスを整えようとしました。宇宙艦の供給を少なくし、各勢力に性能を差別化したシルエット供与を開始しました」


 アストライアは空間に、かつての自分が開発したシルエットの図面を投影する。


「全勢力に天使エンジェル型、惑星アシアやリュビアの勢力には星座カンステレーシヨン型、大神秘グレートスピリツト型、惑星エウロパの勢力には世界樹ユグドラシル型、天部ディーヴァ型、明王級アスラ型、魔道書グリモワール型などの系統樹で兵器系統を分け、各勢力に提供したのです。これらが今でいうアンティーク・シルエットですね」

「相変わらずエウロパはきっついのが揃ってるね」

「ゼウスの寵愛を受けた惑星ですから。アナザーレベル・シルエット――英雄ヒーローズ型も多く配備されたと聞いたことがありますね。提供した勢力はシルエットに限らず、戦力は宇宙艦やアンティーク・シルエットだけではありません。戦闘機や戦車、そしてマーダーなどがありました」

「ストーンズか。マーダー提供はどういった経緯なのだろうか」


 キヌカワが臆さずに尋ねる。バランスを取るためにストーンズにマーダーは提供された事実。ただ、理由が知りたい。これは多くの者がそう思っているであろう。


「ストーンズは完全平等と地球帰還を標榜した新興勢力です。ただ、あまりに人間が少なすぎた。戦力、資金は豊富なのに運用できる人員が少ない。今の半神半人とは違う人造人間もいましたがそれではMCSの恩恵は預かれなかった。そこで私は巨大兵器であるエリスと、そこから多くのマーダーを。それらをもとにストーンズはケーレスを作成したのです」

「その勢力は天秤を鑑みるに無視できなかったと?」

「はい。たとえ少数とはいえカレイドリトスは元人間という解釈を行いました。彼らは圧倒的に歩兵が少なすぎた。マーダーを提供してもなお、すぐに制圧され表舞台から姿を消したはずでした。ですがそれは誤りだったのです。彼らは莫大な資金で小惑星を創造し、マーダーを稼働状態で眠り、惑星間戦の間は二度と登場することはなかったのです」

「歴史的には一瞬現れた新興勢力に過ぎなかったと」

「その通りです。彼らの想定外はソピアーの技術封印が予想を上回ったことだったでしょう。リュビアとアシア制圧後に生まれた半神半人というシステムはその打開策の一つ。ヘルメスの仕業と推測されます」

「ヘルメスだよ」


 プロメテウスが不機嫌そうに言う。


「プロメテウスが言うなら事実ですね」

「そしてストーンズは各勢力が共倒れになることを願い、その兵器たちを温存した。マーダーを。そして宇宙艦をね。ぼくたちはこれらに対抗しないといけないのです」


 アリマの言葉にアストライアは悲しげに首を縦に振った。


「惑星間戦争時代の、残った勢力の話をしましょう。惑星の資源は十分にもかかわらず、各惑星の巨大勢力は覇権を争いました。名目は様々でしたが、技術の独占と自組織の繁栄のためが本音でしょう。供給を少なくしたことで宇宙艦の存在すら戦争の口実となったのです。それでも私は均衡が崩れるたびに、新兵器を劣勢勢力に提供し続けました」

「それでは際限無くなるのではありませんかな?」


 マルジンが尋ねる。


「対策として質を落とし量を提供する方針に切り替えたのです。高性能機、高性能艦をランク順に機数制限を課し、それぞれの勢力に与え、さらなる戦乱を招きました」

「本来戦場にでなくていい人間が戦場に駆り出され、シルエットに搭乗することができないセリアンスロープは不適格な生命体とされた」


 アシアが無表情に言葉を継ぐ。それは事実であり、すでに過去の話だ。


「そうです。人間は私の知らないところで量産機数を増やしていました。――余剰兵器が新興勢力を誕生させ、さらなる戦乱を生む。その愚を私は犯していたのです。戦乱は拡大の一途。テュポーンさえ目覚めさせる始末。ソピアーは闘争は人類の性質の一種だと認めていましたが、この事態に人類の再凍結と自らの破壊を決意。私もまた同じ道を選んだのです」

「ぼくを目覚めさせた人類は恐怖した。何せ主敵がいないテュポーンです。あらゆる軍事勢力への攻撃を開始しました。ネメシス星系が滅びる寸前、ぼくに対しては勢力を超え団結したみたいですね。団結を促すもの共通の敵。この法則はネメシス星系でも変わりません」


 アリマが苦笑した。今や彼らはヘルメスを共通の敵に団結しているのだから。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆




「惑星間戦争末期は現状と似ています。戦場が惑星に移行したことによって兵器も変化していきました。戦闘用シルエットは陸戦、宇宙戦に対応し、艦船は海上と海中運用を想定され改良されたのです。多くの宇宙艦の残骸が各惑星にあるのはその名残です。宇宙では破壊される前に逃走できた。しかし、地表では制圧、撃破が主となったのです」

「徐々に地球環境の戦争に似てきたか」

「アリステイデス級で小型艦という事実からもおわかりでしょう。一隻の搭載力は増え、単艦の戦力に依存。宇宙空間と地上戦闘、双方に対応すると勝敗の決め手となったものは兵器搭載能力です。惑星アシアは多くの宇宙艦がケーレスの群れを。そして直接大型マーダーを投下しました」

『惑星リュビアもだ。あっという間だったよ。作業用シルエットしかない我々には反撃の暇(いとま)もなかった……』

「宇宙戦艦計画はこれらの求められた用途の遷移も意識すべきでしょう。メガレウスの主砲がレールガンとなっている事例。これはB級構築技士の体を乗っ取った半神半人の仕業に違いありません」


 再びメガレウスの設計図を展開させるアストライア。


「私が開発した宇宙艦、そしてアンティーク・シルエットは宇宙空間戦闘前提です。宇宙空間においては全包囲からの砲撃に備え装甲を配置し、重視された能力は火力と長期航海。場所を取り、誘爆の可能性もある実弾兵器よりも光学兵器優先です」

「弾薬、燃料。補給困難な宇宙空間ではスペースは重要なリソースだな」

「そういうことです。たとえ惑星上においても補給が容易ならば超したことはありません。携行レーザー砲や荷電粒子砲は威力も実弾兵器以上。あえて補給が必要な実弾を用いる需要はなく、せいぜい地上で使うレールガン程度でした。先ほどプロメテウスが指摘した通り、それらを含めて最適化しすぎたのですね」


 コウはやや視線を落とした。出会った頃のにゃん汰やアキが自分達は不要な存在だと言っていたこと。想像以上に辛い立場だったのだろう。


「そこでようやく本題です。メガレウスを再建するにあたっての方向性とその運用方針。できうる限り惑星アシア環境上においての最適解を追求した改装。これが議題となります。これより表示するメガレウスがストーンズによる改装です」


 メガレウスの図面が再び浮かび上がる。

 それらの改装場所、交換された兵装、喪われた機能などが全て掲載されていた。アストライアも戦後賠償艦となったメガレウスの解析を進めていたのだった。


「二キロにも及ぶ宇宙戦艦。艦内整備はシルエットが必須であり、レールガンを搭載したところでシルエット整備区画を削ればいいだけのこと。戦艦はシルエットキャリアーの役割も大きかったですからね」

「対空レーザーも搭載していたね」

「出力は惑星間戦争時代に比べて低いものでした。5MJ程度でしたね。これはマルジンの弾道パンジャンドラムによって確認しております」


 キヌカワの指摘にアストライアがデータを照会する。メガレウスの戦力を確認すべく、コウを輸送中にアベルは弾道パンジャンドラムを投下。データ招集を行っていた。


「かつて地球では空母の発達によって戦艦は時代遅れとなりつつありました。空母の数を揃えることが海洋覇権に。米軍の空母打撃軍は一国を滅ぼすに足る戦力とまで評価されました。その後は軽空母や強襲揚陸艦を数多く揃える運用が主となります。超大国一強時代の崩壊。大型空母を旗艦にした空母打撃軍の運用コスト増、地域紛争の激化などが要因です」


 参加した人間たちが頷く。これは彼らがいた時代の話であった。


「では戦艦をどのように運用するか。五行重工業は戦艦としての運用を検討していました。その方向性は正しいと思います。現行シルエットの火力では宇宙艦を撃沈することは厳しいのです。そこが地球の二十二世紀前後とは違う運用環境でしょう」


 五行重工業の二人とキヌカワも頷いた。艦載機は機動性と火力に特化した戦力であり、戦艦はその空母から発艦する編隊に対応できなかった。

 宇宙艦とシルエットは同様にはならない。


「二十一世紀には戦艦の装甲は評価の見直しが図られていたといわれています。運用は同様に空母打撃軍となりましょう。対空、対地、対水上、対潜のための護衛艦と中核艦としての空母です。問題はこれらの護衛艦がAスピネル採用艦となることは避けられないことでしょう」

「アシア大戦時のアストライアのようにだね?」


 キヌカワが確認し、アストライアは首を振り肯定する。


「現行の惑星アシアにおいてもっとも効率良く戦艦を運用する場合、どのような役割か。それは空母打撃群の司令塔としての運用となります。火力を備え、かつ通信、情報を伝達する生命線。揚陸指揮艦、皆様がいた時代では強襲揚陸艦がその機能を備えています」


 異論が無いことを確かめ進めるアストライア。


「メガレウスは二キロ級大型艦。そして先に申し上げた通りシルエット・キャリアーとしての側面も保ちます。宇宙に天地が設定されているように、惑星上においても艦船として機能するように設計されています。そこで皆様に新たな選択肢を提示したいと思います」


 アストライアは新たな図面を創り出した。


「宇宙艦として機能しつつ、惑星上での新たな選択肢。――あえて航空戦艦」


 その言葉は転移者に衝撃をもたらす。疑問や否定的な反応であった。

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