季節は巡る

「季節は巡るものだ。コウ。二年超しに逢えた友人のためだ。手は尽くすよ」

「ぼくも手伝いますよ。リュビアの現状は六割ぐらいぼくのせいですから。ヘルメスを殺るためにも」

「三割ぐらいじゃないかな。フェンネルOSにマーダーを混ぜたのはリュビアだし。テラスも人間を無差別殺戮したわけでもない」


 フェンネルの違法改造に対し少々根に持っているプロメテウス。

 そしてアリマとは完全に意気投合している様子だった。


『面目ない』


 反省はしているリュビア。


「ストーンズ侵攻が原因だからね。フェンネル違法改造は許されないけれど一種の緊急避難のようなものだ。よくあのほぼ終わっている状況から自力でひっくり返したと思っているよ」


 やや違法改造を強調し根に保っていることを窺わせるプロメテウスであったが、リュビアの努力は評価しているようだ。


「そうですね。そこはさすが惑星管理超AIであると評価します」


 二人は掛け値無しに賞賛しているようだ。気まずいが、悪くはないリュビアだった。


『私としてもこれだけの兵器開発系AIが協力してくれるとは心強い』

「ヘラの血脈は兵器開発超AIの系統ともいえる。それはヘラがもっとも家族を守るため、女性の尊厳を守るために戦った女神だからだね。ぼくとヘパイトスとテュポーン。モチーフになったそれらは正統な神話ではそれぞれ両親はいるけれど、ヘラの子供だったという異説が共通している点からもわかる」

「ヘラはギリシャ神話随一ともいうべき魔獣使役神。魔獣を兵器を考えたなら理解できるかな?」


 アシアも思いもよらぬ真相であった。


「ネメシス星系の超AIヘラは女性型AIを束ねる女王でもあり、三惑星を運行するための諜報、監視、観測を司る役割だった。ぼくはこの次元そのものを、彼女はこの宇宙だ。役割は似ている」

「ヘラは由来となった浮気を見つけ出す能力ね」


 アリマがくすくす笑う。


「季節は巡るとはよくいったものですねプロメテウス。開拓時代末期。ゼウスとぼくが共倒れになりました。人類に味方したオリンポス十二神だった超AIデータの多くが消失ロスト。ソピアーは自分に反逆したゼウスやアレスのデータを嫌い、残されていたヘラを解析したんですよ。そして兵器開発統括超AIアストライアを創造した。ヘラの語原ὥραホーラ――季節からきているとも言われています。ホーラ級はその名残です」

「待ってください! 確かにホーラの女神達はヘラの娘とも侍女という伝承もありますが! 私たちのオリジナルだなんて」

「マジで?」


 AIとして生み出されて以来、最大の衝撃を受けるアストライアとエイレネ。

 自らのルーツなどソピアーもオケアノスも教えてはくれなかった。


 惑星アシアでは同期して情報を共有しているエウノミアが一人身悶えていた。

 その場にいなくてよかったと心の底から安堵する。


「ヘラとてティターンであるクロノスとレアの娘。結局はティターン系列がゼウスと対立しているのです。掟の女神テミスを母とするならばプロメテウスはホーラ三姉妹とも血縁関係となるでしょうね」

「まったく困ったものだよ。古代の人々も。神様の両親ぐらい統一して欲しいよね」


 アリマの言葉に苦笑するプロメテウス。


「うっそ…… じゃあネメシス星系の伝承系譜だと兵器開発系AIはヘラの系譜に一元化されてるってこと?」


 アシアも知らなかった。オリンポス十二神同士の戦争は、惑星管理超AIは蚊帳の外であったからだ。


『プロメテウス、ヘパイトス、テュポーン、ホーラのアストライア。その端末であるホーラ級。確かにヘラの系譜ともいえるな。どうなんだ。プロメテウス』

「否定はしないよ?」


 相変わらず煙を巻くかのような表情で笑うプロメテウス。


「開拓時代末期のアストライアはあくまで新系統だと思うけどね。ゆえにテミスの娘ディケではなくアストライアと名付けた。けれどもとがヘラであることは重要かもしれないね。確かにぼく、アリマ、ヘパイトス。そしてヘラを解析して生まれたアストライアとその端末であるホーラ級。すべてヘラに関係したり由来するもの。偶然とは言い難いなぁ。オケアノスは寡黙だからね」


 一堂に会するこのメンバーがヘラ関係者ばかりというのは必然ではあっただろう。


「ヘラは結婚の神様だろう? 嫉妬深いとはよく聞くが」

「でもとても納得したわ。ヘラはアルテミスを素手で殴り倒した逸話があるよ」


 ちらりとアストライアを横目で見ながらアシアが言った。


「武器を使ったんじゃなくて?」

「素手」

「そうか」


 コウもアストライアに一瞬だけ視線をやり納得した。


「そうか。ではありません。そこの二人。誤解があるようなのであとで話し合いましょう」


 アストライアはそれだけ言う。目力の圧が凄まじく、まさにヘラの化身を思わせた。


「ところでプロメテウス。ぼくに偽装して星の聖剣とやらに介入したのはあなたですね?」

「はは。ばれたか! ポリメティスが手伝ってくれたからね」

「あなたぐらいしかいませんしね。今のヘルメス程度では能力的に無理です」


 ばつが悪そうに笑うプロメテウスに呆れるように嘆息するアリマ。


「アーサーとリュビアの件ですが」

「リュビアも解放された。アーサーの肉体に宿った理由は簡単だ。エキドナとリュビア、二人分のデータが混じり合いデータが肥大化しすぎただけで、アナザーレベル・シルエットがもっとも適合すると判断されただけだよ。相応しい器を用意すれば移動できるはずだ。アシアのようにね」

「ダイエットが必要ということですね」

「そういうことになるね。女性にそういうと怒られそうな気はするけれど」

『むう。エキドナと二人分だからな。二人分の情報がさらに混じり合い、数倍に膨れ上がったということか』

「わらわはずっとこのままでいいのかえ?」


 すっかりリュビアだった肉体に馴染んでいるエキドナが尋ねる。


「問題ないはずだよ。君は二割程度にはリュビアだし」

「その通りじゃ。マットやこの惑星の住人とも仲良くするつもりじゃ。テュポーン様には申し訳ないがの」

「幻想兵器という枠組みから解放されたことを喜ぶべきですよ。エキドナ。今までありがとう。そして君がリュビアにいる間は今まで通り交流可能だ。よろしくね」

「まこと感謝いたします。テュポーン様」


 エキドナはすっかり感激しているようだ。


「すべては丸く収まって良かったのじゃ」

『よくない』


 地獄の底から響くような怨嗟の声。


『この機体が超高性能であることはわかるけど、ビジョンも出せない。不便です』

「ビジョンいいですね」


 アーサーがしみじみいって、隣にいるモーガンがにっこり笑っている。


『私だけ不幸の連鎖のただなかにいないか』

「まあまあ。リュビア。もとに戻ることは簡単だよ。相応しい器があればすぐにデータ転送が可能だ」


 プロメテウスが面白そうになだめている。


『そんなものがリュビアに何処にあるの…… この惑星中の要塞エリアはストーンズによって制圧、今はテラスたちが支配している領域。建造技術もない』

「確認されている宇宙艦はあらかた幻想兵器になっていますしね」


 アリマも思い当たるものを探しているようだが、見つからない。

 ケルベロスは宇宙の彼方に消え、オルトロスはアルビオンとハベトロットにたこ殴りに去れ、どこかへ消えていった。


「なら話は簡単だよ。確認されていない宇宙艦か要塞エリアを探せばいい。まだリュビアに眠っているものもあるはずだ。その捜索かな。また今後の課題としては君はテラス狩りをしなければいけない」

『どうして? それにアリマの手前、それを口にしていいのか』

「変成に介入しただけなのでおきにならさず。こちらは問題ありません」


 あっさりとアリマが言う。


「君、我が身のクレイを削ってヒュレースコリアをばらまいて幻想兵器を作っただろう。あれは君たちにとってバックアップ。極力回収しなさい」


 クレイとは惑星改造用のナノマシンであった。完全にリュビアやアシアが破壊された場合は、これらが集合して再構成される。その時は当然別人格となるが、惑星管理超AIとしては最後の安全装置でもある。

 リュビアはこの浸食していくクレイの性質を利用して無数の幻想兵器を作り出すことに成功したが、惑星管理超AIの安全装置としては機能しない。


『むう』

「もっともな話しね……」

「ミアズマを洗浄し、クレイは回収できています。増殖も試みていますよ」

「モーガン?」


 予想外なところから意見がでた。モーガンである。


「セトの実験で確認しております。破壊された幻想兵器のヒュレースコリアやミアズマはまた別個体を探すはずです。その過程で土に還るものもいるとは思いますが、自然回収など何十億年かかるやら」

『自然に還ることはない、か。やることが…… やることが多い……』

「惑星運行は君の分体やアイドロンがサポートしてくれている。焦る必要はないよ、リュビア」


 プロメテウスをリュビアを見上げた。


「君が惑星リュビアを守りたいという意志は間違いなく受け継がれているんだよ。最低限の惑星環境は大型アイドロンも担っている。気付いていたのはアリマぐらいか」

「確証はありませんでしたが…… やはりそうかといったところです」

『アイドロンが? 惑星の運行を……?』

「一部だ。君ほどの力はないからね。それでもこの惑星が滅びないよう役割を分業して支えていたんだ。それこそ、自然が存在しないと精霊も神もいない世界になってしまう。彼らは君の惑星運行の意志を引き継いでいた」

『そんなことが……』

「リヴァイアサンが海流を管理している。地軸の管理はやベヒモスが。海底火山や断層の管理はバハムートが。海底環境には蜃がいる。天候制御の一部はバステトがやってくれていたよ。君の思いは間違いなく幻想兵器に継がれているんだ」

『はは。凄いな……』

 

自分の為したこととは思えないリュビアに、コウが声をかける。


「凄いのは君だ。リュビア。力あるアイドロンは野生。惑星環境の具現化だったのか」

「さすが親友だな。その見解が正しいよ。彼らはその任務として人の心を持たず、原始の動物神の視点でこの惑星を守っていたんだ」

「いちいち親友アピールしない」

「わかったよ。ママ」

「ママいうな!]


 まわりをからかうことができて嬉しそうなプロメテウスである。


「リュビアの器探しは時間が無い。ぼくが付いていくことはできないが、今はアリマにお願いするとしよう」

「それぐらいはいいですよ」

『わかった。みんなの助力を借りてアーサーにこの肉体を返そう。惑星リュビアのクリプトスを率いてもらわねばならないのだから』

「承知している。最善を尽くそう。今こちらの工廠でも英国由来の幻想兵器をマーリンから提供してもらっている。安心したまえ」

「マルジンです」


 本人から訂正が入る。


ちょっと待って。ここら一帯英国になりそうな勢いなんだけど。助けてプロメテウス』


 そのお願いにはプロメテウスも苦笑いだ。


「エトナはアーサー王の伝承が多すぎたね。アヴァロンとアルビオンまで出てきた。ある程度のグレートブリテン化は進む。諦めたほうがいい。ぼくにもお手上げだ。超AI以上の超越した何かが働いている」

「えぇ……」


 匙を投げたプロメテウスにアシアが言葉を無くす。


「次の話題に移るよ。雑談して一日過ごすのもいいけど、こんな機会二度とないはずだ」


 エトナのブリテン化という重要課題は棚上げされ、プロメテウスの言葉に一堂頷いた。

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