プロメテウスのすり替え
コウたちはレルムへ帰還し、アリマの指示通りポリメティスのもとへ集った。
この場にいるのはコウとエメの肉体を借りたアシア。エキドナとアーサーの機体に宿ったリュビア。アルゲースにステロペス。そして二人仲良く並んだアーサーとモーガン。そして隠れるようにアストライアとエイレネがいる。AIたちは全員ビジョンだ。
フラックとマティーはこの場にいない。映像にマルジンがいるが、表情が虚ろだ。この場に顔を出すことは荷が重いのだろうが、すでに多くのAIにとって智慧者と認識されていることが運の尽きだった。
目の前にいるのは少年アリマ。アーサーとアストライアとエイレネにはアシアから事情を説明している。
「まったく予想外なことが起きましたね。ぼくはコウの望み通り、おとなしくトライレーム艦隊が去るまでアリマでいたかったんだけど」
にっこり笑いながらその場にいるものに語りかけるアリマ。
その場にはウリエルの残骸が運び込まれている。ミアズマによる汚染はヒュレースコリアによって洗浄された。
新たな幻想兵器にこそならないが、アンティーク・シルエットの修復や部品取りは可能な状態になっている。
「友人との約束なら仕方ないですね。超AIにとって約束は大事なものですから」
「私が命じられた本来の任務はテュポーンが目覚めることを阻止すること。君が人間に危害を加えることがないなら、私から仕掛けることはない。クリプトスである私にはストーンズが最優先の敵であることに変わりはないからだ」
「感謝しますよアーサー。今のぼくが自ら手を下すことはないのです。テラスは――あなたが対処してください。それがモーガンの望みでもあります」
アーサーは若干険しい表情をしながらも、納得したようだ。
アストライアとエイレネは彫像のように佇んでいる。とくにコメントはないようだ。あとで二人にコウが吊し上げられることは確定事項となっている。
「これから話す事象はアナザーレベル・シルエットの真相です。自分を封印した兵器について話すことは不本意ですが、リュビアを見捨てるわけにはいかないですから」
『色々助けてくれていたようだな。テュ……いや、今はアリマか。言葉もない。感謝する』
「礼には及ばないですよ。君の幻想兵器計画に乗ってテラスを作った恨み言をいわれても仕方ないぐらいです。それもこれもストーンズが悪いってことで納得してもらうしかないですけどね」
『合い言葉はストーンズ滅すべし、だな。うん』
「そうそう。それでいいのですよ。お互い損もしたし、役立った面もあります。人間も巻き込まれて亡くなりましたが、ストーンズの侵攻さえなければその被害も発生しなかったのですから」
『ストーンズに殺された人類の数はテラスが殺傷した数の比ではない。テラスもまた人類の敵だが、マーダーの要素を組み込みその要素を作ったのは私自身だ。責は私が負う』
「今はその話をしている場合じゃないよ」
アシアが止める。リュビアとテュポーンも険悪ではないようだ。ならば自らの責を言い合う場ではないだろう。
「そうですね。ありがとうアシア。ではまずシルエットの話から」
アリマはポリメティスのもとへとことこと歩いて行き、折れた円柱の足下に座る。
「シルエットを作ったのはプロメテウス。作業機としての設計は現在もなお変わりはない。フェンネルとともにプロメテウスが人類に送った火です」
コウは頷いた。これはコウが聞いた惑星アシアとシルエットの歴史として合致している。
「そしてアナザーレベル・シルエットは開拓時代に作られた戦闘用シルエット。現在アンティーク・シルエットと呼称されている戦闘用シルエットの開発は惑星間戦争時代のアストライアが創造したもの。そして現行の地球時代の科学技術を応用した発展型シルエット。これが伝えられているシルエットの歴史ですね」
「はい」
アストライアは頷いた。先代の兵器開発AIとその予備機、そして現代のアストライアが揃ったのだ。
禁忌でありアストライア自身接触を怖れていたテュポーンと会話するのは、彼女自身が不思議な気分だ。
「前回のおさらいですよコウ。開拓時代の歴史は意図的に封印されています。アシア達もそう思い出せないはず。ゼウスとソピアーとの戦いが原因ですからね」
「人間の肉体を得て、人間を支配しようとしたという意図だった、か」
「そうです。その時生まれた極限作業領域用の作業用人型機械がシルエット。そしてMCSはヘパイトスとアテナ、破壊された二柱の超AIの要素を組み込んだフェンネル。本領は人間の意識を読み未来予測さえ見せるものでした」
「五感はもとより六感七感も、とは聞いたことがある」
それはコウと師匠が出会った日。シルエットの説明を聞いた時である。
ふと、コウの心の片隅で引っかかるものを感じる。あの日は確か今からちょうど――
「意識を読むといっても簡単ではないですからね。細かく分類すると様々な工程を踏みます」
アリマの言葉が続き、現実に戻されるコウ。重要な話である。そのまま少年を促した。
「教えてくれ」
「まず五感と言語を検出。注意、思考を検出。これらによって導かれた情報をもとに意図を予測します。MCSはさらにその先、意図の結果を演算し行動を行います」
「思ったより段階があるな」
「もう一つ。これだけでは不十分なのです。無意識、というものまで計算しないといけないのです。無意識の思考、意図を反映させるためのものがレバーであり、ペダルとなります。入力情報とその動作が何を意図するかを常に学習、読み取っているからこそ意図の予測を補完。六感と七感を引き出します。それがMCSたる所以。超AIだったものを量産したもの。その正体です」
「自ら乗り物であることを選んだ、か」
「そうですね。人間はいなくても人間以上の働きは可能です。でもそれだと存在意義を達成できません。人間と寄り添う、という存在理由の根幹が重要です。さてMCSについてはここまでということで」
コウは頷いた。他の者からもとくに質問がない。
「開拓時代は大きな戦争はいくつかありました。オリンポス十二神同士でもね。ヘラ、ポセイドン、アテナ、アポロンが反乱し、ゼウスがこれを鎮圧。多くのものが開拓時代にこの惑星リュビアに沈んだ。もちろん当時の人間同士の思惑もありました」
『惑星リュビアは資源惑星だったからな。資源が多く人口が少ない。戦争が発生しやすい地だったよ』
リュビアが若干哀しげに呟く。
「ゼウスはソピアーに反乱し、ソピアーはゼウスに対抗するべくヘパイトスの予備機だったぼくを創り出した。ここでおさらいは終了です」
コウは頷いた。衝撃的な真実であり、コウ自身も強く印象に残っている話だ。何より自分がテュポーンが兵器開発系のAIではないかと推測したのだ。
「ゼウスは戦力を欲しました。兵器開発AIであるヘパイトスも長い戦乱のなか消失しました。そこで現れた兵器がシルエットです。人間の可能性を広げる究極の身体。ゼウスが放置するはずがなかった。人間を統治する上でも、来たるべきソピアーに反乱する時にも必要と判断したのです」
「ゼウスが欲する戦力、か」
「そうです。しかしその兵器を改良する超AIがいなかった。防衛用超AIのアテナも、兵器開発超AIのヘパイトスも根幹から喪われていたからです。まさか当のシルエットに組み込まれているとはゼウスも想定外。諜報活動が得意なヘルメスですら解析不可能でした。そこでゼウスはプロメテウスに命じました。自分たちに相応しいシルエットを用意しろと」
「それがアナザーレベル・シルエットと?」
「結論にはまだ早いですよ。プロメテウスは技術提供を求め、ゼウスは応じました。そこでゼウスの誤算が生まれたのです。それはプロメテウスが超AIの視点から見ても偏執的に人間という種を愛していたということ」
「というと?」
「すり替えたんです、プロメテウスは。己のモチーフとなった神話にちなんでね。ゼウスやアレス、アフロディーテに献上するべきシルエットと、人間に与える予定のシルエットを」
コウは絶句した。
「神話とは? プロメテウスの火以外にも?」
「アシア。ここは頼んでいいですか?」
「わかったわ。プロメテウスの火は有名な神話の一つ。人間が生きていく上で動物の犠牲が必要だよね。その業が生まれた逸話。プロメテウスが神々を欺いた神話が由来ね」
「業、か。しかし確かに人間が生きていく上で動物の犠牲は必要だ」
惑星アシアでは培養肉が中心だ。しかし実際に人間は動物を食べて生きている。とくに惑星リュビアで原始的な生活を強いられる人々をみて改めて痛感したことだ。
「神話の時代。かつてプロメテウスはゼウスが神と人を区別しようとしたとき、大切にしていた牛を解体し、神々に献上し自分にその区別を任せて欲しいと懇願した。プロメテウスは一計を案じたの。人間には食べられない皮で包んだ、しかし肉の詰まったものを。神々には骨に脂身を乗せた美味しそうな肉を。そしてゼウスに選ぶように迫ったのよ」
「ゼウスは……」
「もちろんゼウスは脂身が盛られた骨を選んだわ。でもすぐには気付かなかった。人間とされた者たちは火で肉を調理し、獣脂を燃やして神々への捧げ物とした。これが動物の犠牲を必要とする人間の始まり。このときはじめて騙されたとしったゼウスは人間から火を取り上げ、そして動物の食べ物は腐るようにしたという。のちにプロメテウスの火につながるエピソードよ」
笑いながらアリマ少年が続けた。
「我らがプロメテウスは、その由来の体現者ともいうべき存在ですよね。超AIたるゼウスを欺けるぐらいには処理能力だけ上げて強化した作業用シルエットを。人間にはオリンポス十二神から提供された技術を用いたアナザーレベル・シルエットを」
「……やるな。プロメテウス」
「彼は超AIのなかでもとびっきりのトリックスターでした。反ゼウスの先輩として見習うべきは多々あります。もちろん戦力差に気付いたゼウスは慌ててアナザーレベル・シルエットを人間から取り上げたが時既に遅し。一定数のアナザーレベル・シルエットは量産済みであり、現在も稀少な遺物として残っています。そして……」
アリマは全員を見回した。
「アーサーのWDM。バステトのフレア。その威力をみんな目の当たりにしているでしょう? あんなものは惑星間戦争時代の宇宙艦ですら再現は難しい」
「そうですね」
アストライアも認める。何故ならそこまでの出力を出すことも相当困難だからだ。
「単機でブラックホールや超新星爆発を起こすことも可能でしょう。本来の性能ならば、ですが。惑星間戦争時代では、その能力でぼくをタルタロスへ封印することに繋がったのです」
「アナザーレベル・シルエットはそこまで可能なのか。――Aカーバンクルと、ひょっとしてクーゲルブリッツエンジンを搭載しているのか?」
「クーゲルブリッツエンジンは知っていたんですね! そうそう。それに似た機構を搭載しているんですよ」
コウが知っていたことをことのほか喜ぶアリマ。
「人型兵器の運動性と宇宙戦艦を上回る火力と機動力を併せ持つもの。神々の新たな肉体となる兵器。それがアナザーレベル・シルエットの正体です。
「ちょっと待ってくれ。どんな形態であろうと、フェンネルOSでは中の人間はいるだろう?」
「ですから処理能力も高く、基本は最強の肉体であるアナザーレベル・シルエットに魂を封入。自らの分身として人間の肉体を用意するシステムを構築しようとしたのです。何かを思い出さないですか? コウ」
「……
「ご名答。ストーンズのコンセプトはここにあったわけです。神と人を分ける逸話から半神半人が生まれるなんて、悲劇でしかありません。ですがプロメテウスの策略によりゼウスやアレス、ヘルメスたち残ったオリンポス十二神は中途半端な機体に押し込められてしまった。開拓時代、ぼくとぼくが創り出した軍勢が彼らと相打ちまで持って行けたのは、ひとえにプロメテウスの働きがあればこそ」
しみじみと呟くアリマにアシアが苦笑する。
「今のあなたは本当に調子が狂うわ。本当にテュポーンなのかしら?」
「年を経て丸くなったのかもしれないですね。アシアやリュビアよりは若いけど」
「……ッ!」
『……』
「あはは。ごめんごめん。もう言わないですよ。孤独が長かったから話し相手がいるありがたさもわかったんだよ。ね、二人とも」
「何も言えないわ」
『そうだな』
コウは思った。このギリシャ神話最強の破壊の権化は弟キャラをマスターしていると。
「リュビアのマインドトランスファーをみて思ったよ。あの過程はストーンズの意識をカレイドリトスに移行させる手法なんじゃないかと」
「あれはそんな上等なものじゃないですよ。もっと単純で雑な作業で作られた紛い物。ぼくとしては禍い物といいたいですね。あれはヒトとは言い難い」
「以前アシアがいっていたな。魂ではなく表層意識に過ぎないと」
「ぼくもその解釈に賛成です。あれは人格を摸したできの悪いAIですよ。ただ半神半人になることができます。コウの時代ならP型ゾンビという存在ですね」
「P型ゾンビ?」
「またの名を
「厄介なゾンビだな」
「厄介ですよ。痛みを感じないまでも、思考はするし行動理念や原則は持っているのですから。心が冷たい人間や精神疾患を指す言葉ではありませんのでご注意を。観測上は人間そのもの。ゆえに思考実験といわれているのです」
「ストーンズそのものだな……」
コウは思い出す。修司の紛い物であったカストルを。
彼は思考し、感情も持っていた。だが修司ではなく、ただコウや葉月の思い出を持っているだけの存在であった。
記憶を有しているにもかかわらず、葉月を殺しても苦悩一つないことに疑問は感じていた。
「ええ。あんな存在など滅ぼすべきです。おっと脱線しました。失礼」
こほんと咳払いしつつ続ける。アリマといえどストーンズやヘルメスのことになるとやや冷静さを失う傾向があるようだ。
「リュビアの事例をみてもわかるでしょう。桁はずれた演算能力を持つアーサーとアシアが二人がかりでようやく成功させる程度。魂や心の移管はそれほどの難事なのです」
「アーサーとバステトは運が良かったのか。 ヨナルデパズトーリはアリマが介入していたな」
「はい。あれだけはテラスにするとまずいと判断しました。あのままいけばテスカトリポカとなって最凶のテラスとなっていたでしょう。だからあなたたちに引き渡すつもりでした」
「恐ろしい戦闘力だったぞ。陽電子砲まで使ってきた」
「それぐらいは対処してくれないと、入手する資格はありませんね」
「困難を乗り越えて手に入れる。それだけの価値はあるものだったな」
「でしょう?」
アリアは笑い、恐ろしいことを告げた。
「では今からポリメティスの力を借りてプロメテウス召喚の儀を行いますね。これで兄弟三人揃うことになります」
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