『これはもしかして』『私たち』

『どうしてこうなった』


 コントロール・タワーから重々しく合成音声が流れる。


『どうしてこうなった』


 アーサーから合成音が漏れ、も呆然と呟いている。コウたちは違和感を覚え、眉をひそめる。


『これはもしかして』

『私たち』

『入れ替わってる?』

『どうして……』

『そのようだな…… 私が何故か巻き込まれてしまった』


 コントロール・タワーの中味はアーサーなのだろう。嘆いていた。


「これは愉快じゃなあ」


 フラックの背後でリュビアだったセリアンスロープが愉悦に浸っている。


「え?」


 アシアが問い返す。


『これどうすればいいんだ? この機能を使えばいいのか』


 先ほどまでエキドナがいた場所に、金髪碧眼、白銀の甲冑を着た金髪碧眼の美青年が現れた。


「あなた誰よ……」


察してはいるものの、理想すぎる騎士にアシアは胡散臭さを覚えたのだ。


「アーサーですよ」

「リュビアは?」


 その声に応じたのはアーサーだった。


『私はここだ。アシア』


 女性声の合成音になったアーサーが答えた。どうやら中味はリュビアらしいと全員察した。


「え? なんであなたがシルエットになってるのよ」

『わかるわけなかろう! 私はエキドナの魂と溶け合い融合した。私はリュビアであり、エキドナ――のはずだった』

「ふむ。シルエットであり惑星管理超AIたるリュビアは8:2でリュビア。今のわらわは残り物じゃな。2:8でエキドナということじゃなあ」


 リュビアだったエキドナがしみじみといった。


「これからは一人のセリアンスロープとしてマットやフラックと一緒に支え合い、生きていく所存じゃ。よろしく頼むぞえ」

「う、うん」

「わかった?」


 振られた話は理解できぬまま肯定した。エキドナは誰よりも満足そうだった。


『待つんだマット。フラック。釈然としないぞ、何故私が私に乗っ取られねばならないのだ』

「あなた超AIの機能取り戻したの?」

『取り戻している。それは確認したのだが。クリプトス体になったことでテラスとの命令権が消えた。眷属とはいったい……』

「まがりなりにもクリプトスであるアーサーの体じゃからのう。まあよい。わらわはテラスであった過去など忘れた。これからはリュビアの役割をともに継いで人類に貢献する所存じゃ。これでめでたしじゃな」

『そこ! 人の身を手に入れて話をまとめようとしていないか! エキドナ。お前この結果に満足しすぎだろう!』

「突如として施設のクリプトスにされた私の立場にもなってください。ビジョンは便利だな!」


 アーサーも心なしか嬉しそうだ。


「アーサー。すまないが……」

「ん? どうしたウーティス」

「アーサー王の時代は五、六世紀的と聞く。その時代にフルプレートは無理だ。リングメイルがせいぜいだと思うんだが」

「夢のない時代考証はやめたまえ。そこは今する話ではないだろう」


 元金属加工業にして近接戦闘マニアとしては捨て置けないコウの指摘を、アーサーは受け付けない。


「ストップ! とりあえずストップ! 状況を整理するわ。――私一人じゃ手に負えない。とりあえずここでみんな待機してね」


 混乱しているのはアシアも同じだった。


「どうするんだアシア」

「叡智とやらに頼るしかないじゃない?」


 げんなりした声でアシアがいった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



『レルム防衛軍に告ぐ。我々の勝利です』


 巨大幻想兵器が逃げ出していく。

 それを追うかのようにスフィンクスなどの小型幻想兵器やカコダイモーンの編隊も撤退を開始した。


『終わってしまったか。止めを刺したかったが』


 アルビオンは立ち上がり、オルトロスからネットを剥ぎ取った。

 全力疾走で逃走するオルトロス。


『にゃー』


 バステトの呼びかけに舞い降りるバハムート。


「ありがとうバステト! バハムート!」


 エメが二人に呼びかける。


「うにゃにゃ」


 バステトがもごもごと回答し、バハムートは威厳ある態度で頷いた。


「でもなんでバステトがなまずのバハムートを呼べたんだろう?」


 ふと疑問に思ったエメだった。


『おそらくですが』


 言いたくなさそうなアストライア。


「また強引な関連付け?」


 察したエメが問いかける。


『そうです。――なまずの英名はキャットフィッシュです』

「そのままだね……」

「なんでもネコに関連付けするのはやめよ?」


 にゃん汰が真顔で呟いた。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 アシアのビジョンがポリメティスの傍に現れた。

 そこにアリマのビジョンも出現した。


「君がぼくを呼び出すのは珍しいね。そしておめでとう。エキドナとの繋がりが絶たれた。リュビアを取り戻したということだね」

「それがね。アリマ」

「え?」


 アシアがかいつまんで状況を説明する。

 アリマの顔も険しくなっていった。


「まず誤解を正そうアシア。星の聖剣とやらの作成に協力したのはぼくじゃない。テュポーンたるぼくがみずからを封印した兵器の修復などするはずがない」

「そうよね。じゃあ誰なの?」

「わからない。この謎は非常に興味があるね。ぼくに偽装してポリメティスを出し抜くことができるなんて。心あたりはあるけれど。ヘルメスではないことは確かです」

「あなたがいるのにヘルメスが暗躍できるはずないものね」

「そういうことです。一番警戒している存在に暗躍されるほど道化なつもりはありません」

「うん。これはかなりの異常事態。ポリメティスも今の状態では解析できないって。しかもアーサーとリュビアが……」

「ああ。そっちは些細な問題だ。アーサーとリュビア入れ替えは見当がつきますよ」


 あっさりと言うアリマにアシアは驚いて聞き返した。


「教えてアリマ。みんな、あの場所で待っているの」

「簡単です。リュビアとエキドナのデータが混在したせいですよ。同一存在ながらテラスとしてのエキドナ、セリアンスロープとしてのリュビア。わずか数ヶ月でも個として独立した以上別個のデータ。個別であった期間の大小関わらず量子レベルでは別人そのものです」

「肥大化したプログラムみたいなもの?」

「そうですね。プログラムで例えるなら重複コード。クローンができて肥大化した状態。重複コードが増えていけばバグも増えていくし、肥大化したデータは無駄に容量を食います」

「コントロールタワーには二人分は入らなかったわけか。って、それが事実ならアナザーレベル・シルエットの処理能力がコントロールタワーでさえ上回るものということになる」

「アシアたち惑星管理超AIが知る必要はなかったことです。詳しい話はみんながいる場所でしようか。ちょうど良い日がありますよ。今から三日後かな。しかし、アシアは先に真実を知るべきかな」


 軽く嘆息しながらアリマは恐るべき真実を口にした。


「アナザーレベル・シルエット。ぼくにとっては開拓時代からの宿敵ともいえるでしょう。本来はオリンポス十二神の肉体となるべく設計された代物です」

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