マインドトランスファー

「そろそろわらわの処遇を相談して欲しいのじゃが」


 おずおずとエキドナが切り出した。


「ごめん。素で忘れていた」


 己の分身に謝罪するリュビア。


「私も……」

「おのれら、まがりなりにも惑星管理AIじゃろう?」


 青筋を立てそうな勢いのエキドナである。

 呆れたように吐き捨てるエキドナに返す言葉がない二人。


「性能が落ちているリュビアは抜けておっても仕方ない。しょせん私の本体じゃ。しかしアシア殿。そなたぐらいしっかりせい」

「胸が痛い……!」

「私幻想兵器にお説教されている?! ほ、ほら。ビジョンによるサポートだから。今の私は処理能力はシルエットに依存してるの」


 凹むリュビアと動揺するアシア。


「言い訳なぞ聞きたくないぞ。そもそもわらわを倒すことがそなたたちの目標であろうに」

「耳が痛いな。しかし指摘の通り。そしてコントロールタワーのあなたを倒す必要もないだろう」


 指摘を受け続ける二人がいたたまれなくなり、コウが割って入った。


「まだおぬしらの勝利ではないぞ」

「どういうことだ」

「わらわをなんとかしてリュビアに戻さぬ限り、我が眷属がレルムを制圧するということじゃ」

「あなたの眷属オルトロス、英国の具現化にたこ殴りされているよ?」


 アシアが映像を確認する。

 ハベトロットのネットに封じられたオルトロスをアルビオンが背中に乗って右頭部に対しいわゆる駱駝固めキャメルクラッチを仕掛けていた。

 左頭部はハベトロットたちが、アルビオンからウィスの供給を受けたパンジャンドラムで攻撃している。

 オルトロスが必死に前脚でタップしているがアルビオンは意に介さない。

 

「……なんであんなところに巨大幻想兵器がいるのじゃ」

「あなたが知らないなら誰も知らないでしょうね。偶然じゃないかな」

「まあよい。それでどうするのじゃ。わらわたちリュビアの分体は二重封印状態。量子チェーンとミアズマによる新たな精神たるわらわ。そなたたちは解決する手段はあるのかえ?」


 オルトロスは即座に見捨てられた。平然と話を続けるエキドナ。


「量子チェーンによる暗号はリュビアとマットで復号できるはずだ。人間との絆だからな」

「そうだな」


 リュビアも頷く。


「俺達はさして苦労しなかったしな」

「ええ。想いゆえに復号は容易だったわ。参考になるかもしれないから聞く?」

「聞きません。アシアがのろけているだけ」

「聞いてよ……」


 とりつくしまもないリュビア。


「仮にも私はリュビア本人だからな。マットと共に二人三脚で数々のクアトロ・シルエットを構築した。アシアたちには引けを取るまい」

「仮だと困るよ。そうだといいなあ」


 マティーが不安そうに呟く。自信はない。


「ほれ。コントロールタワーはここじゃ。好きにするがいい」


 最後の封印が開かれた。

 封印区画の最深部、巨大なコンピューター施設に移動する一行。眼前にある建造物は要塞エリアでもお馴染みのAカーバンクルを格納しているコントロール・タワー。

 再びエキドナが眼前に現れた。


「いよいよじゃなあ」


 感慨深いエキドナ。彼女もまたリュビア解放の日を待ち望んでいたのだ。


「一番手っ取り早いのは、私がエキドナのミアズマに取り込まれることだが……」

「ミアズマを使って脳を連続切片化。細胞培養BCI――ブレインコンピューターインターフェイスシステムに転用するのね。グロいからダメ」


 エキドナの案をアシアが即座に却下する。


「グロい?」

「生きたままリュビアの肉体が分解して、その情報をBCIとしてコンピューターに取り込むのよ。一瞬で終わるとはいえ苦痛も発生すると思う。生物的に死にゆく過程を、私はともかくあなたたちに見せるわけにはいかないわ」

「それはダメだね。トラウマになりそう」


 マティーもそんな光景は見たくない。アシアに賛成した。


「とはいっても精神転送マインドアツプロード。いや精神移行マインドトランスファーだね。どうなるか……」

「マインドトランスファー?」

「コウのいた時代だと小説やコミックにあったわね。精神をコンピュータに接続して仮想空間で遊ぶゲームといえばわかるかな。これがマインドアップロード。今回は意識だけではなく魂になるからマインドトランスファー。機械に精神を移行させて現実に機械に精神を宿す作業よ」

「VRMMOか! その発展になるんだな」

「問題は精神。魂ね。すでにエキドナがあるから……」

「私とエキドナの人格とも競合する」


 悩んでいるリュビア。


「そして表層人格はあなたとリュビアの問題。私たちは介入できないわ」

「エキドナはリュビアの一部という自覚があるからな」

「確かに。あとは私の魂をデータ化か。これはアシアのときとは違い通常のシルエットでは不可能。処理できるかどうかだが、これはアナザーレベルシルエットであるアーサーに期待しよう」

『そこは任せたまえ。惑星管理AIたるリュビア。尽力を約束する』

「頼んだ」


 コウがふと気になる質問をする。


「今のセリアンスロープ体はどうなるんだ」

「予測不能ね。これは地球時代の古来より言われている問題。魂の複写か転移かの倫理的問題にもなる。魂と呼ばれるものは解析されているからそのデータを転移できるかどうかにかかっている。魂の管理は非常に難しい」

「そうだろうな……」

「私たち超AIは魂の解析を試みる、観測したので応用する、ぐらいの領域。まだこたえには辿り着いていないわ」


 魂を管理できるとしたら神と呼ばれる存在ぐらいだろう。


「やってみるしかあるまい」


 リュビアも決意したようだ。

 フラックは難しそうな話題なので沈黙をたもっている。アーサーにかかっているということだけはわかった。


「まずは復号だ。いくぞマット」

「了解だ」


 接触を試みるリュビアとマット。


 コントロールタワー中枢のコンピューターに巨大な人影がかかっている。アシアの時と違い、黒い影にしかみえない。


「ふむ。確かに拘束されたものは解けたようじゃ。あとはおぬしら次第。期待しておるぞ」


 エキドナが己の手足を見つめながら告げる。感覚として枷が外れたようなものなのだろう。


「封印された暗号化データの復号成功。遂にここまで来ることができた。私が私であるために。アーサー、アシア。力を貸してくれ!」

『承知!』

「わかったわ。アシアから距離はあるけど、レルム経由の同期通信が可能。いけるはず」


 いよいよマインドトランスファーが始まろうとしていた。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 アーサーの後部座席で目を瞑るリュビア。瞑想しているようだ。

 こうしてみると神々しいとさえ思うフラック。


「魂のトランスファー。それは過去から現在にいたるまでのリュビアの観測、過去のリュビアを通じて存在の連続性を証明すること」

『そのためにもリュビア殿の脳を完全に解析しなければならないのだ』


 アシアとアーサーの共同作業が開始される。


「どういう仕組みなんだろう」

「人間の精神は神経回路網と情報処理の創発的な特性を持つの。その機能は学習、記憶、意識、感情、経験などに分類されるわ。脳のニューロン――凝縮された脳神経網。約100mVの電気科学的なプロセスによるもの。あなたが尊厳戦争でいった通りのものよ」

「あれか」


 ウーティスを名乗ったとき、テレマAIと人間に差異はないものとしてコウが述べたものだ。


「脳を解析し、いくつかの段階を踏みながら精神のデータ化を試みることになるね」

「話し掛けて邪魔してはだめだな」

「並列処理できるからいいよ。愚者ほどの負荷はないから」


 アシアがにっこり笑った。逆説的に言えば愚者の制御はそれほどに困難だったということであろう。


「でも今からは山場を迎えるから、専念するね」

「頼んだ」


 アシアとアーサーがやりとりを開始する。


『セリアンスロープ〔リュビア〕の脳スキャン開始。短期記憶領域、作業記録領域に接触。シナプスおよびニューロンの反復アルゴリズムを解析』

「オーケー、アーサー。次の作業に移行して」

『脳神経回路網の積層解析に移行。層ごとのスキャニングおよびバックアップを開始。断片化された脳のシリアルセクショニングを開始――終了』

「そのデータをもとにリュビアの意識を復号デコード。デコードアルゴリズムを解析開始」

『解析開始――終了』


「リュビアのデータ処理を惑星アシアにおいて作業終了。――リュビアのニューロイメージング完成。レルム経由でアーサーに転送」


 緊迫した空気。作業が続いているようだ。

 コウたちには何が起きているか理解できない。


 いつの間にかエキドナの姿は消えていた。それだけでも作業が進行していることは窺える。


『データだけは転送した。問題は次だ』

「ええ。魂。心。その在処。それはリュビア自身にしかわからない」


 アシアとアーサーはなおも作業続行中。


「ねえ。コウ。これってストーンズの」

「似ているだろうな」

 

 コウとマティーも気がかりになったことがあった。精神を機械へ移行させるこの行為こそ、ストーンズのカレイドリトスに近いのではないかと。


 沈黙が続く。

 やがてコントロールタワーが鳴動し始めた。

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