星の聖剣―WarmDenseMatter

『フラック。ウリエルと交渉してもいいか』

「いいよ」


 思わぬアーサーの言葉に、少年は頷く。


『接近戦で君に勝ち目はない。投降しろウリエル』

『幻想兵器に対して投降を呼びかけるとは正気か』


 ウリエルはまだ諦めていない。焔の剣を再び構えた。


『君をクリプトスにする手段はある』


 アーサーが告げる。それは同じ役割をもったものへの敬意がある。

 ともにテュポーンを見張るために安置されていたシルエットだ。


『断る。これでも問題ない』

『そうか――いくぞフラック』

「はい!」


 少年は応じ、柄を引き抜く。

 刀身が存在しなかった。


『堕ちた天使よ。見せてやろう。星の聖剣を』


 取り出したのは剣の柄。刀身は存在しない。


『ご大層な言い方だな』

『そうかもしれない』


 一瞬周囲が明るくなるほど発光し、白く輝く刀身が発生する。


 アーサーは確認するかのように刀身で床を軽く叩く、金属音とともに地面に触れた部分がえぐれている。

 場所は封印区画。施設全体がAカーバンクルで強化されている。

  

『伸縮式の剣だと。金属反応を感知。おそらくは高性能な高周波ブレードの一種か』

『金属。そうだな。かつてエクスカリバーと呼ばれた剣こそ本来の意味は鋼という言葉に影響を受けたという。そしてもう一つは身をもって知るだろう』

『虚仮威しを! かのアーサー王の聖剣を騙るか』

『これはエクスカリバーに非ず。名付けるならばカレドヴールフ』


 ウリエルも本来はアンティーク・シルエット最高峰の性能を持つ。

 アウラールすら凌駕する存在である。得体の知れないシルエットに敗北するわけにはいかなかった。


『ならばその剣を両断してやる。ギミック剣など構造的に脆いであろうに』

『できるかな?』


 動じないアーサー。ウリエルの持つ焔の剣は熾天使級が装備していた、惑星間戦争時代でも最強剣の一つ。


「星の聖剣ってなんだアシア」

「私が知るわけないでしょ。コウが構築したんじゃないの」

「するわけがないだろう!」


 小声で聞いたことがない単語を確認しあうコウとアシア。


『貴様を倒す!』

『来いウリエル!』


 焔の剣を振りかぶり、アーサーに襲いかかるウリエル。

 アーサーは中段から上段に構える。フラックは基本に忠実だ。


 踏み込むアーサー。ウリエルは焔の剣を弾いて斬撃する算段だ。

 刀身同士がぶつかり、金属音が響く。


『え』


 ウリエルが持つ焔の剣が砕け散り、甲高い金属音を立てながら唐竹割りさながら真っ二つとなるウリエル。


『カレドヴールフはエクスカリバーの数ある語原の一つ。それは裂け目という意味も持つ』

『なんだその斬れ味は……』

 

 ウリエルの最後に吐いた合成音声が空しく響く。両断された胴体はそれぞれ左右に転がり二度と動くことはなかった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「見事な斬撃だ。フラック」

「へへ」


 コウの掛け値無しの賞賛に照れるフラックだった。嬉しさを隠すことができない。


「ちょっと勿体ないかな?」


 マットがその威力に呆然としながらも呟く。

 ウリエルが熾天使級アンティーク・シルエットであったことを言っている。


「そんなことはない。ミアズマに汚染されているんだ。何が起きるかわからない」

「そうだったね。うん。しかし刀身はなんだ」

「同じくだ」


 コウが思わず絶句する。アシアが解析できないほどの代物とは思わなかった。


Caletuwlchカレドヴールフか。古いウェールズ語ね。語原は硬いと裂け目。そして切っ先や――違反も意味する言葉。おそらくは天の裂け目、稲妻を意味する。かの魔剣カラドボルグとも関連するとも。ならば貪欲な剣でもあるよね」

『その通りです』

「ねえアーサー。その剣は何。五番機と私が初見で解析できないレベルの物質。それ本当に金属なの?」

『さすがにアシア様の目は誤魔化せませんか。ウリエルにそう思わせるためのブラフです』

「そういうのは本当に得意よね。英国由来の幻想兵器」

『褒められている気がまったくしませんが。これはWarmウォーム Denseデンス Matterマター。極超高圧、超高温でのみ形成可能な、金属と同等の高密度を持つ凝縮プラズマをウィスでコントロールしたものです』

「WDMか。その刀身そのものがプラズマなのね……」


 焔の剣など生やさしいレベル。アシアからみても別次元アナザーレベルの兵装である。


 コウも興味を惹かれる武器。このような兵装はアーサーを修復したときはなかったはずだ。


「プラズマとは……」

「物質は三相あるのはわかるよね。固体、液体、気体。これらは相として変換されるわ。氷と水、そして水蒸気の関係ね。そして別種の第四相ともいわれているものがプラズマ。物質が電離によって電子が活発化している状態。太陽の炎やフレアや雷。火はプラズマ。とても身近な存在ね。ここまではいい?」

「ああ」

「WDMは固体からプラズマへ遷移する過程で見られる物質だよ」

「WDMはプラズマと金属の中間? 日本語で書くとどんなふうになる?」

「コウのいた時代は広まっている訳語は日本語にはないね。高温凝縮物質とでも書くかな。hotが数千万、数億度の極超高温に対してWarmが暖という意味だね。宇宙空間では高温になるからWarmでも超高温よ。手に触れられる固体は低温ということね」

「プラズマを固体になるまで凝縮させたということかな?」

「プラズマ状態になるまで固体を維持している、といったほうが正しいかな。水は百度で沸騰して気化するけど、気圧が下がれば沸点も下がる。これは水の密度を維持しにくくなったということ。金属だって沸点に達すれば気化するでしょ。気化を許さない超圧力で凝縮されたままプラズマ状態になる高温に達した物質がWDM」

「固体プラズマではないのか?」

「固体プラズマはまた別。一般的に気体状の熱プラズマが私たちがいう一般的なプラズマ。固体プラズマは固体、いわゆる金属内における荷電粒子状のプラズマのことを指すからまた別の話になる。あとでアストライアに振っておくね。喜んで教えてくれると思うわ。兵装開発に役立つと思うよ」

「え」


 アシアがさりげなくコウに対して恐ろしい宿題を出した。やぶ蛇だった。


「本来プラズマは密度が極めて小さく稀薄だけど、先ほども説明した通り固体をプラズマ状態に遷移するレベルにまで凝縮したもの。一種の強結合プラズマだね。常温固体の金属よりも金属特性は上になっているよ。その斬れ味は凄まじいわ」

「そんなことが可能なのか」

「地球でも理論値では確認されていたよ。ピコ秒レベルで存在も確認はされていた。相転移ですぐに液体化、ガス化するからね。金属水素の比じゃないぐらいに研究は進んでなかったの。アナザーレベル・シルエットぐらいじゃないかな。そんな莫大なエネルギーを生み出せるのは」

『その通りです。エネルギー消費量が激しく、長時間は使えませんが。巨大惑星の核にあるほどの超圧力。金属水素の延長ですよ。この武器はアナザーレベル・シルエットでもいわば奥の手です』


 すでにアーサーが展開した刀身は消えていた。


「また超高圧による物理バグみたいな物質が……」

「先でもいったようにプラズマも密度は圧力によって変わってくる。コウのいた時代の蛍光灯ってやつだって5000ケルビンだけど摂氏に直すと70度。WDMは巨大惑星や矮星クラスの内核に等しい圧力が必要といわれていた。高度な核融合技術もいる。だから星の聖剣なのね」

「金属水素以上に超高圧力が必要と」

「そういうこと。ガス惑星である木星の表面に金属水素の川は流れているけど、木星の中心部にある岩石や金属は地球のものよりも高密度でアナザーレベルシルエットの装甲もこの系統、そして木星のコアにあたる物質の状態はこのWDMともいわれている」

「そんな兵装をアルゲースたちはよく修復できたな」


 アナザーレベル・シルエットの修復になるとコウの権限は役に立たない。

 EX級構築技士としてはアシアによる制限解除された範囲内で地球技術の延長と応用に限られる。開拓時代に存在したという、地球にない未来技術には手が出せない。


『本来なら修復など不可能なはずだった。しかし叡智が揃ったのだよ。ウーティス』

「叡智?」

『かの機動工廠プラットフォームアストライア殿とその妹エイレネ。領域レルムを支配する湖の乙女モーガン。アルゲース殿にステロペス殿。ポリメティス殿。そして正体不明の協力者がいた。この者の名は不明らしい』


 アシアとコウは無言。アリマしかいない。モーガンは把握しているのだろう。

 

『そして幸いにも我々には智慧者マーリンたるアベル氏がいた。彼は故郷の技術資料を調べてくれてね。核融合に関するプラズマ技術の引き出しに成功した』

「英国と核融合に何の関係が?」

「世界で最初に核融合の特許を取ったのは英国だよコウ」

「……英国か」

「ため息をつくように言わないでくれる? 核融合理論は偉業よ」

「てっきり米国だと思っていた」

「初期理論は1920年には完成していたわ。イギリスの物理学者フランシス・アストンが太陽の原理として提唱したの。その後米英は相互に協力して核融合理論を重ねていった。研究過程に見つかった物質がヘリウム3とトリチウム」

「英国と核融合か。そんなイメージはなかった」


 コウのいた時代での英国は金融国家だった。


「アシア、教えてくれ。アナザーレベル・シルエットの動力はAカーバンクルか?」

「おそらくそうだけど、正確なところはわからない。あんな小型化は開拓時代の私にだって無理だよ。あれは私たちにとっても管轄外の兵器」

「そうか。アストライアも詳細不明だったからな。ヨナルデパズトーリのパワーパックも分解はしていない」

「賢明ね。下手にいじらないほうがいいわ」


 ふと気付いたコウがアーサーに言った。


「もうその武器がエクスカリバーでいいんじゃないか」


 エクスカリバーという名称を陽電子砲に名付けることにアーサーがこだわったのだ。


『え? しかしだな…… やはり陽電子砲のほうが派手というか美しいというか。極光の軌跡は捨てがたいのだ』

「見栄えか!」


 アーサーがWDMを用いたプラズマ剣をエクスカリバーと命名しない理由を知ったコウは、思わず叫んでしまったのだった。




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いつもお読みいただきありがとうございます! 


神話や謎の格闘技回が続いたので原点回帰でサイエンス回です!

今回も解説のため後書きを記載しています。


WDMについて。現象と物質の間のような存在ですが訳語を見つけることができなかったです…… 高温凝縮物質はネメシス戦域用語ということでよろしくお願いします。

最初は恒温にしようと思ったのですが温度が一定という意味なので違うのかなと。恒星とかもありますし。恒温動物の温血がWarm-bloodedらしいのですが……

固体プラズマ(WDM)と記載している文献は見つけたのですが、原文にプラズマという単語はないし違う意味になってしまう可能性が高いので採用せず。

補足として固体プラズマの固体、金属と書いてますが、この金属は半金属も含みます。天文学では元素記号3以上は金属とする解釈をみたことがあります。


地表に金属水素を創り出しているといわれるガス惑星の木星、そのコア部分がWDM状態。超圧力で物質がそのまま凝縮プラズマになっているということだそうです。

星にもっと質量があると純褐色矮星、褐色矮星へと進化するのですが、この程度の圧力だと水素が核融合を起こす温度には至らないので恒星には至らないそうです。この意味でもhotではなくWarm(暖かい)という単語を使っているのでしょうね。

準褐色矮星は内核で核融合が行えず、褐色矮星は重水素での核融合が発生。ネメシス星系のネメシス星の設定でもある赤色矮星は軽水素でも核融合が発生していることが違いです。

木星の15倍から75倍ほどの質量で準褐色矮星にいたるようです。矮星はその分低燃費?なので星の寿命は長くなります。


その人工太陽研究である核融合。その最初の特許は英国です! 

英国は日本にとって身近な国。一昨日もアフガニスタンから日本の在日本大使館職員を移送してくれた友好国の軍用機とはイギリス軍の軍用機だったようです。

イギリスは明治から日本に投資したり技術供与したり、もちろん打算や目論みは国家としてあったとは思いますが、日本に優しい面があると個人的には思います。


ちょうど清書している間に米国でも核融合実験に成功したとか。核融合は比較的安全で有力なクリーンエネルギーとして期待しています。

ようやく100兆分の1秒時間、核融合点火。エネルギーの生成量が使用量を上回る瞬間に達成したとのことです。まだまだこれからですね。




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