それ堕天しているし倒しても問題ないよ

 ウリエルの突進。低姿勢のタックルだ。


『来い!』


 両手を広げ、受けて立つアーサー。


「カウンターで斬れ」


 コウが容赦なく言う。


『私とフラックならばウリエルなど怖れるに足らず!』

「それはそうだが…… プロレスじゃないんだから全部受ける必要もないだろう」

「不思議な悩みね。コウ」


 アシアには理解できない苦悶を感じているコウ。 


『なめるな!』


 ウリエルは低姿勢からのテイクダウンを試みた。アーサーの腕から逃れ、脇を取り――アーサーにがっしりつかまった。

 アーサーはびくともしない。


『なに?』


 不利とみるやいったん離れるウリエル。


『ならばこれでどうだ。DDテ……』


 次の狙いは上半身。アーサーの頭部とその頸だ。構造的にももっとも脆い部位である。


『ふん!』


 ウリエルはいったん身を引いて、踏み出そうとした瞬間。アーサーは流れるような動作でウリエルの体が浮かせ、そのまま機体は横向きにされ。ウリエルを放り投げたのだ。


浮落うきおとしか。狙ったな」

「ウリエル、何か技名を叫ぼうとしてなかった?」

「聞こえなかったな」


 聞こえかったふりをするコウ。ウリエルが何を狙おうとしたかは察している。言霊は恐ろしいとさえ思う。


「フラックは柔道技だが、ウリエルはレスリングにはない技だと思う。何かの格闘技だ」


 嘘はいっていない。


「もうシルエットの戦闘じゃないわね」


 呆れるているアシア。


「幻想兵器は好き勝手にやってくれるな」


 コウも同様に呆れている。プロレス技はないだろうと思うのだった。

 剣術をシルエット戦闘に導入している彼に人のことはいえないと思うアシアだが、口には出さない。


『これが私と契約者の力。貴様に勝ち目はないぞ。ウリエル』


 アーサーがウリエルに告げる。

 片膝をつき、睨み付けるように体勢を整えるウリエル。


「対戦ダイアグラムなら10:0だろう。フラックは強い」


 コウがふっと笑みを漏らした。


「俺から居合いを。ヤスユキさんたちから剣道と柔道を。フユキさんから戦闘工兵の技術を。ファミリアたちから兵站の基礎を叩き込まれている。戦闘に関してはプロフェッショナルだ」


 フラックはコウに憧れている。コウは人に教えるような身分ではないので、基礎練習だけは伝えた。

 その後アストライアに入り浸っている黒瀬や鷹羽兵衛などに相談し、艦内や要塞エリア各地に道場も設立。セリアンスロープたちがこぞって入門している。


 フラックは少年ながら最前線で兵站業務をこなしていることもあり、黒瀬のほかプレイアデス隊たちから剣道や柔道も学んでいる。フラックはそのひたむきさから女性隊員にも人気だ。


「英才教育のたまものね…… それでいいのかしら? おのれの無力を呪うわ」


 未成年が戦闘のプロになれる環境など誇れることではないと考えるアシアは我が身を恥じる。


「平和に過ごして欲しいんだが、アシアのせいじゃない。なにより本人の希望だからな。体幹さえ作用するMCS。シルフィウムOSも同様ならパイロット不在のウリエルに勝ち目はない」


 むしろ哀れむような視線をウリエルに送るコウ。


「アーサーは100トン近い。五番機でも30トンはないんだ。アンティーク・シルエットならばウリエルは現行機より軽いんじゃないか。格闘技においてこのウエイト差は致命的だろう。そこにパイロット技量も上乗せだ」


 幻想兵器は契約者の有無で性能差が異なるとアウラールの発言を思い出す。

 ならばフラックが搭乗しているアーサーのほうが圧倒的だろう。同ウェイトの格闘戦に限定するならば、多少の性能差でもフラックが有利と踏む。


「アーサー、重いね。開拓時代の超密度物質の装甲材だからか」

「複製できないからな。ヨナルデパズトーリの装甲部品は脚部装甲を中心に転用した」


 シルエットで脚部は重要な部位だ。アーサーもヨナルデパズトーリも脚を破壊されていることからいっても窺える。

 コックピット周りこそもっとも堅牢にする必要はあるのは当然だが、次に脚部だ。関節という可動部がある以上、どうしても強度は落ちる。


「フラックならカレドニア・クロウでも勝てるはず。あれは格闘戦には向いている」

「そのための装甲筋肉だもんね。極め技も可能なものはありそう」

「いやそれはダメだな。出力が違う。極め技は外されそうだ」

「それは今のアーサーとウリエルにも言えるね」

「ウリエルがテイクダウンを試みたとき、アーサーが殴ればよかったんだ。打撃技だけで終わったかもしれない」


 二人がシルエットによる文字通りの格闘戦を想定した話をしていると、フラックの様子がおかしいことに気付く。


「フラックなら簡単にカウンターが取れたはずだ。何かあるのか?」

「そうね。守勢に回っている様子」


 アーサー内の後部座席にいるリュビアもフラックの異変に気付いた。


「どうした少年。何を躊躇している」


 フラックはウリエルから視線を逸らさず、おずおずと答えた。


「うん。ウリエルってタルタロスの門番なんでしょ? テュポーンを見張っているような存在を倒していいのか、疑問に思ってしまって」

『……』

「……」


 アーサーとリュビアが絶句する。その可能性を考慮していなかったのだ。


「……」

「……」


 コウとアシアも顔を見合わせる。言葉もない。そこまで深く考えていなかったのだ。

 フラックはやはり真面目である。


『本来なら私と同じ役割を持つのだ。確かに…… さすが我が契約者。賢明だ!』

「少年の意見は正論だ。このまま倒してしまってよいのか。それこそエキドナの思うつぼではないのか」


 リュビアが歯噛みする。

 エキドナにとって一石二鳥なのかもしれないのだ。


「よくぞ気付いたな少年。そこなアーサーと同じくもともとウリエルはテュポーン様の封印する機構よ。倒してもらっても構わんぞ?」


 挑発するように笑うエキドナ。


「どうする……」


 ウリエルはじりじりと近付いてくる。

 どんな技が有効か考えているのだ。アーサーが格闘戦に付き合う前提だが、可動部なら破壊できると踏んだのだろう。


「それ堕天しているし倒しても問題無いよ。倒しちゃえ!」


 アシアが叫んだ。


「え? うん。わかった」


 頷いたフラックに応じ、再び戦闘態勢を取るアーサー。


「堕天とかそういう問題なのか?」


 それ扱いはひどいと内心思う。


「そういう問題。堕天しているなら悪魔みたいなもんだし。むしろ悪墜ちしている今の状態を解放してあげるほうが良いと思うの」

「そうか」


 釈然としないコウ。惑星間戦争時代にあった封印の一つをそんな理由で破壊してもいいのかと自問する。


「え……」

「そんな理由で?」


 絶句するエキドナとリュビア。


「それにほら。私たちテュポーンと敵対しているわけじゃないし」


 アシアはアリマとは良好な関係であることを確信しているのだ。


「そういえばそうだな。問題ない。やれフラック」

「うん!」


 封印を重大に受け止めすぎていたようだ。アリマと友人でいる以上、何の問題もないと判断するコウ。許可をもらったフラックは全力が出せると喜んだ。

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