不誠実なアルビオン
『散開!』
ハベトロットたちは散開し、それぞれ森のなかに入っていく。
対空砲を転用したであろうレーザーが発射されるが、ローラー代わりのパンジャンドラムの移動速度は速く、射線をずらすことに成功している。
巨大な四脚でゆっくり歩くオルトロス。
吹き飛んだケルベロスをみて慎重になっているようだ。
「ハベトロットたち、脚を攻撃するのかな」
『いえ。おそらく脚は胴体よりも強固なはずです。そもあの巨体でよく四脚など再現できたというべきか』
エメとアストライアが分析している間、ハベトロットの一機がオルトロスの眼前に躍り出た。
『くらえ!』
空中から背中のパンジャンドラムを投下する。
五メートルほどはあろうか。ワイヤー付きのパンジャンドラムがロケットを噴射しながらオルトロスの眼前に迫る。
『ふん!』
オルトロスの頭部は二つある。
右頭部が大きな口を開け、パンジャンドラムを引き千切り、かみ砕いた。
その瞬間、口であろう部分から大爆発が起きる。
『ぐわぁ!』
左の頭部が悲鳴を上げる。
『その程度では大したダメージにはなるまいよ。だが荷電粒子砲は封じさせてもらった』
幻想兵器は口と気管の構造を摸して荷電粒子砲を再現する。
その場所に金属水素の爆雷を放り込んだのだ。すぐには再生できない。
「あのパンジャン打撃武器じゃなかったんだ……」
『さっきからキメラを撲殺してましたからね』
ハベトロットは銃火器は所持しておらず、装備している七個のパンジャンドラムを駆使し敵に叩き付ける戦術を取っている。
近付かれたら糸巻き状のドリルで串刺しにするという戦術だ。
『うぉ!』
オルトロスがバランスを崩す。
いつのまにか掘られていたピットトラップ。
『削孔しておいたのさぁ! あたしたちは洞窟に住む妖精が由来だからね! この
そこに現れた五機のハドトロット。五機は一つの糸束を抱えている。
『くらえ!』
転倒したオルトロスに巨大なネットを被せたのだ。
『機織りならお手のもの。この人数ならアナンシ殿にだってひけは取るまい』
『オレでも無理だって』
名指しされたアナンシが呆れる。蜘蛛型幻想兵器の十八番を奪うハベトロットたち。
『しかしAアクシオンのネットじゃすぐ破れちまう!』
『心配ご無用! ほれ。そこにいるのは五機の私たち。もう一機は――』
最後の一機は猛然と滑走していた。両足のパンジャンドラムはP-MAX状態。
地面からシルエットサイズの人差し指を見つけ、そこにネットと繋がっているワイヤーをくくりつける。
『ちょうどよい巨大幻想兵器をみつけたさね! これでAアクシオンのウィスは通る。オルトロスも多少は動けまい』
人工クリプトスであるハベトロットたちは見事な連携を見せつけていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
ハベトロットの言葉に疑問を抱くアストライア。
『巨大幻想兵器をみつけた? 何があるのです。知っていますかモルガン』
『いえ。稼働している幻想兵器はすべて把握しています。あそこに巨大幻想兵器があるはずが』
『可能性は?』
『エトナ一帯は立ち入り禁止。一種の兵器の墓場といえましょう。いままで稼働さず、この機を図って動いたのなら、しかし―― あのサイズで老獪な幻想兵器など』
『そうですね。幻想兵器の傾向として戦闘力があるほど、強者たる存在。その性格もまた伝説に基づいたものになるはずです。今まで欺いて眠っているなど……』
「アストライアみたいだね」
エメの言葉に凍り付くアストライア。
「アストライアやエイレネはタイミングをみていたよね」
『それは必要性があってですね』
珍しく慌てるアストライア。
「あの幻想兵器もそうじゃない? オルトロスが眼前にまできて、目覚める守護神。みたいな」
『そん――』
アストライアが否定しかけたとき、人差し指がのっそり動いた。
巨大な腕が突き出し、慌ててハベトロットがその場を離れる。
地面から巨大な人影が動きだす。
そして周囲に宣言した。
『我が名は巨人アルビオン。我に属する巨人を守護する者なり。ハベトロットたち、そしてこの場にいるテラスから巨人たちを守ろう』
六百メートルはある巨大な人型戦艦。幻想兵器と化した巨人型クリプトスになったのだ。
『アルビオンとは』
さしものモーガンも絶句する。
「アルビオンってアストライアの地下工廠にあるBAS支社の名前だよね?」
『――あれは英国の概念そのもの。二つ名は不誠実な。裏切りの。二枚舌を意味する
「あれも英国なのかあ」
エメが感心とも呆れるともつかぬ言葉を呟く。
『アルビオン自体は英国の雅称ですよ。13世紀にはパーフィディアス・アルビオンと揶揄されていました。戦慄の英国外交は伝統ですね』
「そんなに古くから不誠実とか裏切りって言われてたんだ……」
歴史的な重みに絶句するエメ。
『かの中世欧州での薔薇戦争。下級貴族だった
「薔薇戦争は聞いたことあるよ」
『シェイクスピアの劇〔リチャード三世〕が有名ですね。その後も王位継承争いは続きましたが優れた内政を行い、フランスとの外交手腕を発揮したと言われます』
「やっぱり英国はよくわかんないや。あの巨人も不誠実なのかな」
『お待ちくださいエメ様。アルビオンは本来ギリシャの巨人です。アストライア様。意図的に説明をはぶきましたね?』
抗議するかのようにモーガンが割って入った。
「そうなの?!」
『ポセイドンとネレイスであるアムピトリテの息子であり、大いなる島を発展させた巨人の名。その島は多くの巨人がいたといわれます。あのヘラクレスによって倒されたのです』
アストライアは視線を逸らして無言だ。
「ギリシャ神話と英国かあ」
『地名一帯ではもともとはカレドニア――スコットランド地方一帯を意味する言葉でした』
何かに気付いたアストライアが、モーガンの顔を見る。
『ひょっとして名称からくる伝承連鎖を起こしていませんか』
『どういうことです? アストライア様』
『ハベトロットはもともとスコットランドの妖精由来。そしてもとになった機体名はカレドニア・クロウ。地球での地理ではオーストラリアの諸島であるニューカレドニアに棲むカラスであり英国ではありませんが、語原は同じです』
「語原が同じ?」
『カレドニアという言葉もまた雅称の一種。英国に馴染みが深い地名です。歴史上、各地にカレドニアという地名はありました。アルビオンは英国全体を指していましたが、のちにカレドニア地方に限定されたのです。つまりアルビオンとカレドニアは同じ地域を指す言葉でもあるのです』
『ハベトロットに呼応してアルビオンが目覚めたということですか』
立ち上がったアルビオンは巨大な拳でオルトロスに殴りかかる。
ネットで動けないオルトロスは悶え苦しんでいるようだ。
「数百メートル級の大型兵器が殴りあっている」
『一方的にですから、しかし』
アストライアが哀しげにアルビオンを眺めた。
『ますますこの地が英国に影響されたものになってしまいそうですね』
『アルビオンはギリシャ神話由来です』
モーガンがなおも主張し続けていた。
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いつもお読みいただきありがとうございます! 今回は豆知識としてこちらにもあとがき掲載。
戦艦サイズの巨大人型兵器、遂に登場。やはり名前はアルビオンしかないですね。核搭載シルエットはありません。
パーフェイディアスとプリテンダーはだいたいセットになっているので、流行に乗ってエピソードを紹介。
パーフィディアスとして一番有名な人物はユ○さんです。
最近だとEU離脱時にも使われていましたね……
ヘンリー七世は優れた政治を行い、ヘンリー三世はだいたい悪者です。
王位継承権がなかった人物が色々あって赤き龍の化身、予言の子は聖ゲオルギウスの旗を掲げ一大勢力に。
やがて五千の軍勢となり、ヘンリー三世の八千人の軍隊を打ち破ります。今の英国王室のご先祖様でもあるそうです。
読者の皆様も興味があれば調べてみてくださいませ。面白いですよ! 似たような名前が連続で出てくることを克服する必要はあります!
英国とフランスの関係! 仏語だと「ラ・ペルファイド・アルビオン」!
応援よろしくお願いします!
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