タルタロスの門番

 コウたちは以前エキドナと対峙した空間に辿り着いた。

 巨大な空間。本来はなんらかの宇宙艦を格納するであろう場所だと思われる。


「コウ。あの影……」

「マットは下がっていろ」

「わかった」


 コウの指示に従い、後ろに下がるマット。


『ここがかの魔獣の母エキドナの住処か』

「魔獣の母とはいってくれるのぅ。長らく魔女の庇護下にあったか弱き王よ」


 かつてコウとアシアが目撃した姿とまったく変わりない、エキドナのビジョンが現れた。


「だがお主達の勝ちじゃ。まさかあのような兵器を大量に流し込みわらわの居城を壊滅させるとは」

「自爆に近いよねエキドナ。諦めてリュビアと融合しなさい」

「まだ終わりではないぞよ。いでよ!」


 際奧にある管制室から一機のシルエットが歩いてきた。

 火車の映像にあった黒と青の幻想兵器。その背中には六枚の主翼が光輪のように広がっている。


「こやつは強いぞ?」

「ええ強いでしょうね。私でも理解できるわ」


 アシアが睨み付けるようにその機体を凝視する。


「アストライアが作った最高位七大天使シリーズのウリエル。そのテラスの個体名がウリエルならば、確実に性能はアップしているはず」

「アシア?」


 コウが後部座席のアシアに振り返り、問うた。


「ウリエル。確かにアストライアに聞いたことはあるが、個体名がそのまま?」

「おそらく、ね。何故ならばこのエトナ山一帯はテュポーンが封印されている場所。そしてウリエルはエノク書によればタルタロスの番人とも言われている天使」

「タルタロスの番人……」

「さすがアシア殿じゃ。その通り。このウリエルはわらわの眷属に非ず。本来はそこなアーサーと同じく、テュポーン様を監視するためのアンティーク・シルエットであった」


 嬉しそうに笑うエキドナ。


「何故天使がテラスに」

「堕天した逸話の由来を取り込んでいるのね。人間の身勝手さによって異端とされた天使。別の逸話では炎の剣を持った智天使ケルビムとも言われているけど、惑星間戦争時代のアストライアは天地創造に関した七大天使。熾天使セラフィムとして設定したわ」

「天使シリーズ、最高峰の機体が、堕天使になってしまうなんてな」

「そういう逸話もあるということね。本来は神の炎という意味を持つ名の天使なのだけれど。中世では天使信仰が過熱しすぎて聖書に名がなき天使は堕天使である、とされた。ウリエルもその時は堕天使として扱われたの。そしてその後、聖人として復帰した」

「聖人? なんでだ。天使だろう。理不尽だな」

「ケルトのブリターニュ地にいた聖ウリエルという人物と同一視されている。宗派によっては天使なんだけどね」


 アシアは言葉を選びながら解説する。宗派間の相違や時代による価値観で天使は様々な存在に変わるのだ。


「人間とは理不尽なものじゃ。多くの魔物とされる存在は、土着の神であった。このエキドナもな。ウーティス。そなたの国にも山ほど同様の存在はおろうぞ」


 エキドナが割って入る。この地の幻想兵器はすべて地球由来の伝承によるもの。その経緯もまた知識として受け継いでいる。


「……なんとなくわかる」


 ウリエルはゆっくりと近付いてくる。


「タルタロスの門番、か。真っ先にテラスにする必要があったというわけね」

「どういうことだアシア」

「七大天使でのウリエルは水曜日の守護者。これは北欧神話のオーディンが語原よ。そして後年、メルクリウスと同一視されるようになった」

「メルクリウス……ヘルメスか!」

「ええ。タルタロスを見張るなんて役割にはぴったいでしょ。プロメテウスもテュポーンもタルタロスに幽閉されているんだから」

「そうだな。倒しておきたい。幻想兵器であるテラスがヘルメスに与することはないだろうが、由来があるなら……」

「そういうこと。気を付けて。ウリエルが逸話を取り込んでいるなら超がつくインファイターよ。関節技を使いかねないわ」

「なんでだ!」


 コウが思わず叫ぶほどの衝撃。天使と関節技が結びつかない。


「かつて聖ヤコブの逸話よ。神とも天使とも言われる存在と戦った時、夜明けまで格闘戦を繰り広げたの。その天使の有力候補がウリエル。ウリエルはヤコブに勝てないとみるや、大腿部の関節を外して極めたんだけど、ヤコブは天使を話さず粘り勝ちしたわ」

「……」


 絶句した。天使の逸話から関節を外すなど思いもしらなかった。あまりそういう知識はないコウゆえに天使のイメージがガラガラと崩れ去る。


「つまり天使のなかでも相当な武闘派ってこと!」

「わかった。相手は天使そのものじゃない。テラスだ」


 五番機が一歩踏み出したとき、アーサーが前にでた。


『ここは私の出番だろう』

「任せてコウ兄ちゃん」


 アーサーとフラックがコウを制止し、一歩踏み出す。

 コウは躊躇したあと、頷いた。


「わかった。任せよう」

『任せたまえ!』


 アーサーがライフル型荷電粒子砲カリボールを構え、歩き出した。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



『我が名はアーサー。その姿。ウリエル殿とお見かけする。いざ尋常に勝負!』

『よかろう』


 合成音がアーサーに応ずる。低く不気味で、不自然な音声。


『我が名はウリエル。かの熾天使を由来とするテラス。アーサー王と名乗る者、そしてその乗り手よ。ゆくぞ』

「いくよ! アーサー!」


 二人が同時に移動を開始する。

 相手の背後を取り合おうとする、ドッグファイトに似た動きになっている。


「閉所だとそうなるか」


 ウリエルもまた荷電粒子砲を装備している。その砲は――


『ぬぅ』


 翼が水平に展開し、六門もの連装砲となっている。スラスター兼主砲という構造であろう。

 アーサーは卓越した機動力で回避したものの、一発直撃を受ける。


「びくともしないんだね」


 当の契約者であるフラックが驚いている。


『もちろんだとも。騎士の信念を穿つことなど不可能!』


 直撃を受けたはずのアーサーは傷一つ追っていない。

 新規に作られた部分ではなく、開拓時代に開発された装甲で受けたのだ。


『ならば接近戦だ』


 ウリエルは吐き捨て、青焔の剣を抜き放つ。

 六枚羽をスラスター機能に全振りして一気に間合いを詰めるのであった。

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