これじゃあ輪入道だぜ…… こふっ

 爬虫類型テラスたちは逃げ惑っていた。

 本来ならエトナ山を迂回し後方から奇襲するところ、中途で襲撃されたのだ。


 二機はクリプトス。

 一機は鴉の羽に異様な頭部。鼻の長い仮面を被ったかのようなフェイス。

 もう一機は重装甲のシルエット型幻想兵器だった。


『貴様等は……』


 答える間もなく重装甲のシルエットは相手の背後に回り込む。

 異様な加速力を持っていた。


『なぜだ』


 理不尽な動作に声を上げるテルキネス型テラスだったが、そのまま両断された。


「まさに風のようだ。やるなガオ殿」

「そちらはもう片付けてしまっているではないか。カラステング」


 ガオ。北米先住民族に伝わる風の大霊。嵐に棲まうとされるスピリット由来の幻想兵器だった。

 カラステングは錫杖型のレーザー砲で、爬虫類型テラスたちを一掃していた。


「バハムートがモーガンに味方したか」

「うむ。我らも本来ならば合流するべきなのだろうが」

「保護している人間たちが嫌がっているからな」


 彼らもまた少人数ながら人類を保護している。

 しかしその人間たちがモーガンやアウラールたちが守る居住区との合流に難色を示しているのだ。


「リュビア様が戻れば、彼らも考えが変わるかもしれん」

「そうだな。我らはせいぜい、モーガンの領域レルムに察知されぬよう、裏方に徹するだけだ」

「そういうことだな」


 カラステングは残骸の上に立ち、考え込む。


「モーガンが信用できるクリプトスであれば良いんじゃが」


 人々を守るクリプトス。

 彼らもまたそれぞれ保護している人間がおり、その立場も異なる。

 テラスがリュビアの分体をそれぞれの盟主として君臨しているとは別の、繊細な問題だ。


「アシアの騎士次第だが、どう転んでも人間に害はない。お前のルーツたる国の人間だろう?」

「そうだな。一度あってみたいものよ。スネコスリも喜ぶ」


 彼は相棒のクリプトスの名を呟いた。猫型とも犬型とも狸型とも判断しづらい、小型のクリプトスだ。


「人工クリプトスとは。モーガンめ。思いきったことをする」

「輪入道殿に良く似た姿をしていたクリプトスもいたな。あの出で立ちはおそらく火車であろう。クリプトスである以上、人間の害悪になる存在ではなかろうよ」

「それもそうだな。カプーニスたちが待っている。いったん戻るか」

「承知」


 二機のクリプトスは己の役割を果たし、人知れず戦場を立ち去った。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


 エキドナが待ち受ける封印区画に潜入したコウたち。

構築技士しか入れない構造は惑星アシアと同じだが、コウとマットは問題がない。


 アーサーには超AIリュビアそのものといえるリュビアが搭乗しているので何の障害にもならなかった。


「例の道は封印されているな」

「仕方ないよ」

「例の道って?」


 コウとアシアの会話にマットが尋ねる。


「以前来た時は一本道だったんだよ。この道はいわば侵入者や、通常の業務用。一般用といったところか。封印区画はそういった作りが多い」

「一本道が良かったなあ」

「今回私たちは侵入者だからね。仕方ないよ」


 マットの嘆きにアシアがくすりと笑う。


「マット兄ちゃんも守るからさ」

『そうとも。任せたまえ』

「本当に頼むよ」


 自分が前線向きではないことを承知しているマットが年下のフラックに泣きついた。

 コウはもちろん、兵衛やクルトが別格なのだ。

 

「火車たちが先行していると聞いていたけど……」


 通路を行く三機。無人機たる火車やケット・シーは関係がない。

 中は異様な光景だった。


「火車とケット・シーたちが無双したようね」


 アシアが簡潔に結論を述べる。


「無双というよりティッシュ箱相手に猫が暴れたあとのようだな」


 爬虫類型テラスの残骸があちこちに転がっている。コウは見たままの感想を口にした。


「私たちを迎撃するため、迷宮型封印区画に、量産型爬虫類テラスを多数配置。弾薬等を消耗させたかったのだろう」


 リュビアがエキドナの作戦を分析する。


「それが大量のパンジャンと猫を投入されて物理的に破壊されたと。転がって破壊するだけだしね」


 マットが結論を察した。


「パンジャンドラムじゃない。火車だ」

 

 コウが訂正する。


「そこは不毛になるからそれまでにして。最深部に入らないよう伝達はしているはず」


 コウは火車とケット・シーの無鉄砲さを心配し事前に伝達していたのだ。


「エキドナは我らに消耗戦を強いるべく、大量の爬虫類型テラスを配置する作戦にでた。強力なテラスもいただろう。しかし逆に追い詰められたのだ。蟻の巣に水を流し込むように、火車とケット・シーを流し込んだからな」

「身から出た錆なのか、墓穴を掘ったというべきか」

「しいていうなら後者であろうな……」


 エキドナはリュビアの分身である。歯切れは悪い。


「あなたの分身は何を考えているのかしら……」

「アシアの分身がテラスになったらどうなるのか見てみたい気はする」

「美少女系クリプトスにしかならないと思う」


 アシアが胸を張り、コウとマットは無言を貫き通す。


「前回はアナザーレベル・シルエットがいたからな。もう一機あるかどうかわからないが……火車とケット・シーが束になっても無理だろう」

「当たり前! あんなものがそうころころ転がっていたら今のネメシス星系全域が崩壊しちゃうよ」

『はっはっは。アシアは大げさだなあ』


 アーサーが空笑いする。自覚はあるらしい。


「アーサーが凄いのはわかるけど、悪い奴じゃないよ」


 フラックが真顔で言う。


「フラック。紳士然たるヤツほど気を付けるんだ。英国由来に限らず、だ」

「う、うん。わかった」

『私は欧州全域の騎士道精神の具現化みたいなもの。安心したまえ』

「うん……まあ……中世文学の中心。理想の騎士たるアーサー王。そこは否定はできないよね」


 最初に異変が起きたことに気付いたのはアシアだった。


「火車とケット・シーから救難信号?!」

「この奧はあの広間しかないはずだ。行かないように伝えていたはずだが…… 急ぐぞ」


 コウたちは通路を急ぐ。一定以上の深度には潜入しないように火車とケット・シーたちには伝えていたはずだった。


「火車! ケット・シー!」


 フラックの悲鳴が上がる。

 ケットシーは後ろ脚部を無くし、火車は片方の車輪が破壊されていた。


「すまねえ大将。ケット・シーに怪我させちまった……」

「お前も破損しているだろ!」

「はは。これじゃあ輪入道だな。こふっ」


 燃え盛る炎を吐いて力尽きようとする火車。


「にゃあ……」

「なんていっている?」

「ごめんなさいって。とても面白そうな機体があって見に行ったようね。火車がすんでのところで助けに入ったみたい」

「みゃあ……」

「お前も怪我をしている。無理するな」

「怪我じゃなくて故障かと……」

「そんなことはどうでもいいよマット兄ちゃん。火車のリアクターが破損している。コウ兄ちゃん。アーサーはこういう応急修理に使えない。お願いできる?」

『うぅ。使えないとは辛いが、故障が少ないからな私は』

「任せろ。マット!」

「もちろんだコウ!」


 二機のラニウスが急いで火車の破損具合を確認し、リアクターの状況を確認する。


「構造がシンプルな分深手だね」

「いったん停止させて後ほど修理する。いいな火車」

「ちょっとまってくれ。その前に俺とキャットが見た映像をみてくれ」


 停止される寸前、火車はそれぞれのシルエットに映像を転送した。

 映像には青黒い装甲。巨大な翼を持つ細身のシルエットだった。 


「近寄らせてもらえなかった。キャットの機動力相手に正確無比な照射をしやがる。荷電粒子砲だと思う。気を付けてくれ」

「わかった。重要な情報をありがとう火車」

「アンティーク・シルエットの最上位系は間違いないわね。貴重な情報よ。ありがとう火車」


 ふっと笑って火車は停止した。マットがリアクターを停止させたのだ。


「あとで直してやるからな」

「にゃあ」

「ここで待つそうよ。火車を守りたいって」

「わかったケット・シー。火車を頼んだぞ」

「にゃ!」


 火車を安全な場所に転がしたところで、フラックが口を開いた。


「ところでコウ兄ちゃん。ワニュウドウってなに?」

「車輪の妖怪だ」

「そんな妖怪がまだいるの?!」


 コウの回答に背後のアシアが驚いた。

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