なまずとバハムートと時々前田玄以

『カルキノスもほぼ壊滅しました』


 バハムートがにゅっと頭部を海面に出した。

 やはり愛嬌がある。頭部部分だけでもアストライアの甲板ぐらいはありそうだ。


「ありがとうバハムート!」


 エメが礼を言う。回線は通じているのか、にっこり笑うバハムート。


「バハムート可愛いにゃ」

「愛嬌がありますね」


 アキとにゃん汰も感想を呟く。

 照れている様にも見えるバハムート。


「でも……バハムートのイメージとは少し違いますね」


 エリがぽつりと呟いた。彼女が知っているバハムートはゲームでしかない。


「そうだな」


 知識は同じぐらいの黒瀬も同意した。


 え? という風にきょろきょろと周囲を見渡すバハムート。


「君たちのバハムートのイメージはどんなものなんだね」


 ゲームにはうとい衣川が尋ねる。


「ほら。世界を救ったり滅ぼしたりする巨大な龍神みたいな」

「神々しいイメージがあるよな」

「どんなバハムートなんだ……」


 項垂れるバハムートを叱咤する声が響いた。


「にゃあ! にゃあ!」


 バステトだ。バハムートに怒っているようにも聞こえる。


「バステトはなんといってるの?」

「本気を出さないからだと言っているにゃ。さっさと空戦をしろと。バハムートの本気……?」

「世界魚は空を飛べるの?」

『宇宙艦ですから可能ではあると想いますが、なまずでは……』


 なまず型幻想兵器が飛行できるか判断できないアストライア。

 バハムートはいったん海面に沈んでいってしまった。


「あ! 待ってバハムート!」


 エメが必死に呼び止めたが、バハムート深海へ潜っていってしまった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「エリ提督。黒瀬さん。バハムートちょっと可哀想」

「ごめんなさい」

「すまん」


 思ったままを口にしてしまった二人は謝罪する。まさかシルエット回線までバハムートに聞こえているとは思わなかったのだ。

 幻想兵器は元となる兵器の規模に応じてレーダーや電子戦能力が上がる傾向がある。ヴリトラの電子戦能力は高く、バハムートはそれ以上。彼らの声を拾うのは当然であった。


「にゃあ!」

「バハムートが本気を出すらしいにゃ」

「え?」


 再び盛大に水しぶきが上がった。


 空に浮いた巨大な影。より大きな影となりアストライアを覆う。


「あの姿は……」


 今やバハムートは巨大ななまずではなかった。

 大きな翼を持つ爬虫類の姿。神々しい龍神形態を取っていた。


「バハムートだ!」

「バハムートだな」

「バハムートですね」


 エリや黒瀬、零式のパイロットも一目でわかるその姿。龍形態のバハムートだった。

 全身を覆ることが可能なほどの巨大な翼を持ち、大柄な四肢を持つ。その頭部は威厳ある二本角のドラゴン。かろうじてチークガードによってなまずの面影を残すぐらいだった。


「エリさんたちの認識ではあの姿が普通のバハムートなの?」

『そのようですね。伝承は変質していくもの。転移者たちがいた時代の米国や日本ではあのバハムートの姿が主流のようです』


 バハムートは空高く飛び、空中戦に参戦する。

 口からバステトに劣らぬ高威力のフレアを発し、ラドンを攻撃する。ラドンは直撃を受けよろめき、フレアに巻き込まれた周囲のテラスが溶解して墜落していった。


「凄いなバハムート!」

「まさにバハムート!」


 口々にバハムートを讃えるトライレームのクルーたち。


「でもなまずが龍になるなんて」

『ありえませんね。どの伝承ならばそのようなことが可能なのか検索中です』

「いや。アウラールが言っていたではないか。日本の伝承だと」

 

 衣川がくすっと笑う。


『あるのですか……』


 ややげんなりした口調のアストライア。彼女は火車を知らないところからみても日本の伝承にはうといようだ。

 必要と思われるデータに入っていないということだろう。


「私たちの故郷には琵琶湖という大きな湖があってね。この場所にある竹生島は神域だ。鈴鹿御前の化身といわれる天女と共に巨大ななまず伝説がある。このなまずこそ、龍穴に棲むおおなまず。海龍がおおなまずに変身して大蛇を退治して人々を守ったという」

「ナマズが人々を守ったの?」

「龍神様だからね。実際に固有のおおなまずがいた島だよ。そして仏教には大地の最下底を示す場所という意味で金輪際という言葉があり、竹生島は日本の金輪際から生えた金剛宝石といわれている。確かに世界を支える世界魚と性質は似ているね」

『データベースを照合、確認。該当する伝説は確かにありました。戦国時代、マエダゲンイと呼ばれるプリースト兼武将に送付された記録が残っていますね』

「プリースト? 僧侶か。そうだ。前田玄以は僧侶であり武将だった。久しぶりに聞いた名前だよ。バハムートから繋がるとはとても思えない人物だ」


 あまりの飛躍ぶりに衣川も苦笑いを隠せない。


 バハムートはその巨体からは創造できない速度でラドンに襲いかかる。

 さしものラドンが放つ荷電粒子砲も、捉えきれないほどだ。


 地上ではオルトロスがバハムートを警戒し、侵攻が止まっているほどだ。


「一気に形成逆転だ。でも……」


 戦うバハムートを見据え、エメがぽつりと呟く。


「私、なまずのバハムートが好きだよ」


 エメの声が届いたのか、アストライアのほうをみてカメラ超しにバハムートと目が合う。

 バハムートは目を細め、口を吊り上げた。笑っているようにも見え、嬉しそうだ。


 そして再び、ラドンを睨み付けるように凝視し、戦いに戻っていくバハムート。


「ありがとう。バハムート」


 聞こえているよ、といわんばかりにバハムートは尻尾を大きく振り上げるのだった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 封印区画に潜入中のコウにエメから通信が入る。


「コウ。アイドロンのバハムートに助けてもらった!」


 珍しく興奮気味のエメからの通信に、コウも応じる。


「バハムートだって! どんな姿なんだ?」

「巨大ななまず。お魚の。可愛いの」

「なまず?]


なまずとバハムートが結びつかないコウ。


「それでね。神様みたいなドラゴン形態になった。日本由来の伝承なんだって!」

「日本由来でなまずがドラゴンに?」

「うん。キヌカワさんが教えてくれたよ。マエダゲンイという人の記録にあるって」

「ちょっと待てエメ。なんでバハムートから前田玄以が出てくるんだ! 戦国時代だろ?」


 戦国時代の知識はある程度あるコウがさらに混乱する。

 戦国SLGのパラメータではさほど内政キャラであったことは覚えている。政治外交型の武将だった覚えがあった。


 連想ゲームにしても飛躍しすぎにも程があるととさえ思うコウだった。


「うん。センゴクジダイのマエダゲンイに対する記録になまずが起こす大地震に備えろという記録があるって」

「エメ。その報告はあとで聞くわ。コウはなまじ基礎知識があるから前田玄以とバハムートが結びつかないのよ」


 見かねたアシアが苦笑しながら助け船を出した。


「あ。ごめんなさいコウ」

「いや。面白そうだ。戻ったらゆっくり聞かせてくれ」

「うん!」


 通信を切って、ため息をつくコウ。


「何をどうやったらなまずとバハムートと前田玄以が関わってくるんだ」


 実はかなり気になっているコウだった。


「幻想兵器は無節操に色んな伝承を引っ張っているからね…… 経緯はわからないけど。ねえリュビア」

「無作為に選ばないと偏るだろうアシア」

「むしろ善性に偏るべきではなかったのかしら……」

「それだとストーンズには対抗できなかったの」

「そうか。そうよね……」


 マーダーとの戦いは殲滅戦だ。さらに宇宙艦さえも保有するストーンズに対抗するには、相手を圧倒する暴力装置が必要であっただろう。

 そんなものを制圧されたリュビアが用意するのは通常の手段では不可能だったのだ。


「エメも喜んでいる。バハムートは善性の存在だろう」

「ええ。アストライアと情報を共有している。間違いなく善性よ」

「バハムートは気になる。気になるが今はそのときじゃない。あとでゆっくり聞くとしよう」


 コウは気持ちを切り替えた。

 珍しかったのかアーサーが笑うようにコウへ声をかける。


『ウーティスの故郷は奇想天外な発想の存在ばかりだな!』


 それを聞いたコウが無言でフェアリー二種とナックラヴィーの映像をアーサーに送付すると、アーサーもまた沈黙した。

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