スキュラとカリュブディスの間

『リュビア様とウーティスはどうだ。持ちこたえるには限界があるぞ』


 黄金龍由来のアウラールも高性能アンティーク・シルエットが元の機体とはいえ、敵テラスの質と量には圧倒されている。

 幻想兵器同士の戦いには人間が率いる軍隊というよりは古代の戦争といった様相を見せる傾向にある。


『敵は強いねー。つらい』


 弱音を吐くフェアリー・レプラコーン。格上のキメラ相手に連戦を続けている。数機は撃墜されていた。

 クリプトスは圧倒的に数が足りない。人類側の勢力もトライレーム艦隊が主力だ。現地の人間は戦闘に慣れていない。

 アイドロンの援軍であるクー・シーやケット・シーがいなければ戦線は崩壊していただろう。


 何より敵は大型艦から変成したテラスが多い。対応するガルーダとセト、応援に駆けつけた深紅のドラゴン型クリプトスのズライグだけでは限界があった。

 他の小型艦を元にしたクリプトスであるセキリュウ、クリカラは遺された人類居住区の警戒にあたっている。


「コウたちがエキドナがいる封印区画への侵入を開始しました」


 エメが応じる。

 もとより先にエキドナとリュビアを融合させることが勝利目標。


『そこまではいったか。しかしモーガン殿。いよいよ敵が』

『そのようです。敵テラス主力は海より来ます。ヒュドラ以外の敵影も確認。大型はカリュブディスとスキュラです』

「まさに故事だな」


 衣川がテラスの名を聞いて眉を顰める。


「故事とは?」


 エメが尋ねた。地球由来の伝承は知っておきたい。


「前門の虎後門の狼。敵に挟み撃ちにされることわざだが、欧州ではこのスキュラとカリュブディスの間、と言われている」

「危機的状況ということですね」

「そうだ」


 エメは気を引き締め直し、アストライアに指示する。


「アストライア。浮上準備」

『了解いたしました』


 エメの緊迫した声が艦内に響き渡る。


「アキ。甲板にいるシルエット隊を艦内へ。にゃん汰。対潜攻撃、できる限り備え」

「了解しました!」

「対潜兵装を指示するにゃ。あのゲテモノだけじゃ辛いにゃ」


 エメはじっと画面を見つめている。


「エキドナの海洋戦力が予想以上だった。大型艦スキュラ。そしてヒヨウとペリクレスの後方にカリュブディスまで登場。海は比較的安全と聞いていたのだけれど」

『封印区画に侵攻されたエキドナが、レルム制圧のため戦力を投入したようです。スキュラは私の由来的にも天敵です』


 モーガンが苦しげに言う。

 イタリア半島とシチリア島を結ぶメッシーナ海峡に現れる魔物。かのオデュッセウスたちも被害を出した。

 メッシーナ海峡の蜃気楼を由来とするモーガンが天敵というのも当然だ。


『貴女はブリテンを破滅に追いやった湖の乙女としか思えません』


 アストライアは容赦ない。妹とは違う意味で悪ノリするタイプだと断じている。

 

「そこはどうでもいいよ。まずはあいつの対策。あと蟹型テラスが厄介だよ」


 二人のアイデンティティなど今はどうでもよいエメであった。

 海底を進むシルエットサイズのカニ型テラスが点在していることが確認された。

 

『あれはカルキノス。ヒュドラの親友にしてヘラクレスとヒュドラの戦い。これに乱入しヒュドラを助けるために戦った、蟹座の由来となったものです』

「強そう」

『ヘラクレスが無意識に踏み潰してしまい哀れに思ったヘラが、この捨て身の攻撃を讃え星座に上げたのです』

「……ノーコメント」


 無意識に踏み潰されるのは可哀想だと思うエメだった。


「ん?」


 エメが直後の異変を察知する。


「鳴き声?」


 にゃー! にゃー! とひときわ大きな声で鳴くバステトの姿。

 それは艦内にも通じる、特殊通信でもあった。


「バステトが鳴いているにゃ。早く来い? 誰に?」


 にゃー! にゃー!


 なおも叫び続けるバステト。

 察知したキメラが数機、バステトへの攻撃を開始するが零式とフェアリーたちが邪魔に入る。


「おっと。俺の目の前で猫を攻撃はさせないぜ!」

『バステトを守るよー!』


 フェアリー・レプラコーンとフェアリー・パックもキメラ迎撃のため攻勢に出る。

 零式は速度で、フェアリーたちは小回りでキメラの背後を取り攻撃を仕掛けていた。


「にゃあ!」


 絶叫するようなバステトの叫び。

 その声に応じるが如く、海が割れた。


 それは声に応じてやってきたのだ。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 水平線の向こうで大きな水しぶきが上がった。


「アストライア! 最大戦速! 各艦も急いで離れて!」

「了解です。ペリクレス転進。最大戦速。取り舵一杯。ヒヨウ転進。最大戦速。面舵一杯!」


 エリがそれぞれの艦に指示し、ペリクレスとヒヨウは左右Vの字を描きながら航行を開始する。


 エメは目で追っている。


「着水したら…… 陸地がまずい。何か手は」

『あの高度、あの距離、あの速度。計算され尽くしています。空中で制御していますね。陸地には津波が届きません』

「本当? バステトが呼んだなら味方なのかな」

『おそらく』


 今起きていることを確認するべく、舞い上がったアウラールが通信を行った。


 映し出された巨大な頭部。髭らしきチークガードが特徴的だ。

 エメは目をまんまるにした。


「なまず?」


 愛嬌がある、ぬぼーとしたフェイスが特徴的な幻想兵器だった。


『不明です』

『エメ殿。アストライア殿。かの者の名はバハムート。現惑星リュビアにおける、海の守護神です』


 空を浮いている巨大な影。とてつもなく大きい。


「どれほど……巨大なの」

『世界魚バハムートの伝承ならば、クジラであるべきでしょう』


 なまずであることに苛立ちを覚えるアストライア。幻想兵器の伝承継承は節操がないと断じていた。


「世界魚? 龍じゃないの?」

『中世ペルシャの宇宙研究誌によるもの。陸のベヒモスと海のリヴァイアサンを海のバハムートと陸のクユーターとして翻訳、混同した説が有力です。かの聖獣の真名はルテーヤーといいます』

「おおきすぎてアストライアのカメラでも撮影は無理だね」

『人間の視覚に入らないほど巨大な生物とされています。海から飛び出る瞬間は捉えていますよ。映します』

「なんでバハムートがなまずなんだろう』

『それは聞いたことがある。ウーティスがいた地ではなまずは地震を起こすだろ? それはバハムートの伝説と影響との説があり、逆にあのバハムートは日本の影響を受けたそうだ』

「誰に聞いたんです?」

 

 エメが尋ねずにはいられなかった。


『日本由来のクリプトスに』

「火車以外にもいるんだ。貴重な情報。名前を是非教えて欲しい」

『当然だ。幻想兵器は多様だからな。名前は……』

『それどころではありません。バハムートが着水します』


 バハムートが海面に衝突する。

 海が割れた。地殻津波を引き起こした星ほどではないが大量の水しぶきが上がり、その波は壁のようだ。

 

 バハムートが着水した地点の海中にはスキュラがいた。

 海中に沈むバハムートは緩慢とした動きにみえたが、それは巨体ゆえ。実際はかなりの速度でスキュラに衝突したのだ。


 海底に衝突し、そのまま押しつぶされるスキュラ。頑丈な宇宙艦とはいえ、圧倒的な質量の差があった。


『スキュラ破壊を確認。どれほど大きいのです』

『バハムートは宇宙要塞空母ソフォイ級キロンがアイドロンになったものです』


 モーガンが告げる。


「え? エンタープライズの同型艦が元ということですか。直径でも4キロ近くあるのでは」

『その通りです。味方ではあるでしょう。ですが我らを守るために参戦してくれるとは』

『認識が甘いぞモーガン殿。今や我らにはリュビア様が御座すのだ』

『確かに。我らは今やリュビア様の配下。そのリュビア様はアーサーに搭乗している! これぞ新しいブリテン……!』


 最後は小声だが、はっきりとアストライア艦内には響き渡る。


「惑星リュビアやエトナ山をブリテンにしちゃっていいのかな。どうしたのアストライア?」


 じっと考え込むアストライアに気付いたエメ。AIであるアストライアが長考するということは、それなりの懸念が生じているということだ。


『海の女王モーガンという伝承。彼女の目的はモンギベル――エトナ山にアヴァロンが存在したという伝承からの周辺一角のグレートブリテン創造? いえ、まさかそんなことはないですよね』


 エメにというよりは自分に言い聞かせるように回答するアストライアだった。

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