青いニワトリはいつも裸足

 五番機はバステトに乗って移動している。

 バステトも気を遣ってか、周囲のシルエットと同様の速度に合わせていた。


バステトが足を止め、後ろを向いて大きな瞳を五番機に向けた。


「ん。わかった」


 バステトから降りる五番機。


「鳴いてもないのに何がわかったんだよコウ!」

「降りろっていったと思うんだけど」


バステトと通訳を通さず普通に意思疎通できるコウが、何事もなかったかのようにマットに答えた。


「にゃー?」


 アシアがバステトに猫語で語りかける。


「ニャ! ニャオー」

「みゃあ!」


 アシアは頷いて納得したようだ。


「ニャア!」


 ひときわ甲高く鳴いたあと、バステトは踵を返し、レルムの方面に戻っていった。


「おう。任せろ! 姐さん!」


 火車たちへのメッセージだった。


「わからない…… 何が起きているんだ。アシアも猫語で喋ることができるの?」


 マットが軽く混乱している。


「私はファミリアやセリアンスロープを創造しているしねー」


 猫型アンドロイドや生体ロボットを創造しているアシアは、もちろん会話可能だ。


「そういえばそうか。火車たちはバステトの言葉がわかるの?!」

「俺達は猫由来の伝承だからな!」

「そうだった…… って。やっぱりコウがおかしいよ!」

「俺か。猫を飼っていたからな。なんとなく」


 バステトはまんまる顔なので表情豊かだ。

 黒瀬や衣川は今やハヤタロウと意思疎通が可能だ。動物を飼った経験があれば何を要求しているか理解する飼い主は多かれ少なかれいるだろう。

 アイドロン相手では飼っていた動物の種別で、言語翻訳マシンが作用している可能性があるという推測がなされていた。


「ついて行けない……」


 呆然と呟くマットは放置し、コウは背後にいるアシアに語りかける。


「バステトはなんて言っているの?」

「向こうのほうが危機が迫っているから、助けてくるって」

「助かる。しかし頼れる強力な幻想兵器がいなくなるとは戦力ダウンだ」


 たとえ人語が話せないとはいえ、今やバステトに絶大な信頼を寄せているコウが不安視するのも仕方がないことであった。

 コウの呟きを聞いたアーサーが、前に進みでる。


『あー。ゴホン。とても頼りになる伝説の騎士がいると思うけどな!』

「コウ兄ちゃん…… 素で忘れてたよね」

「それは酷いな。ウーティス。いくらアーサーが英国面の象徴だからといって」


 リュビアにまで攻められるコウ。


『英国面ではなく英国といってほしいかな!』


 気まずいコウは、一言言った。


「いくぞ!」

「おうさ!」


 コウのかけ声に応える火車。フラックの指摘が正しかったことが判明した瞬間だった。 



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 三つ首の巨獣、ケルベロスの進撃は止まらない。

 複葉機型のカコダイモーンたちは蹴散らされ、豆戦車では歯が立たない。


『宇宙艦級が多すぎだ。さすがは魔獣の母エキドナといったところか』


 アウラールが苦々しく呟く。トライレーム艦隊の支援は強力だが、宇宙艦をもとに幻想兵器となったテラス相手には分が悪い。


「大丈夫です。アウラール。彼らはポイントAに到達しました」


 サラがレーダーを見ながらアルラールに話し掛けた。


『予想通りポイントAか…… あの場所はニワトリのハリボテしかないぞ。大丈夫なのか』

「不安ですよね。ハリボテのニワトリで何が起きるのか。絶対近寄るなとは言われています。みなに退避を命じましょう」


 アウラールからだされた指令に、戦線を後退させるレルム所属の幻想兵器とトライレームの部隊。


 ケルベロスが侵入した原野は無人だった。

 大量の青い鳥。それは孔雀ともニワトリもつかぬ奇怪な形状をしていた。

 大きな羽を広げ、レーザーガンを発射する。


「ニワトリ? 孔雀? のお化け?」

『かろうじてニワトリでしょうね。エメの言うとおり、はりぼてのお化け。コウの故郷で言う案山子スケアクロウです』


 エメの疑問にアストライアが答える。


 ケルベロスは被弾し続けるが、傷一つ付かない些細な攻撃に過ぎなかった。一発あたりの熱量は500キロジュール程度だろう。

 それでも大量の砲台が発射するレーザーは、幻想兵器にしても鬱陶しさがある。

 何よりカコダイモーンたちはこの程度のレーザーでも致命傷だ。


 主砲を使うまでもないと判断し、大きく跳ね飛んだケルベロス。ニワトリ型砲台一帯を踏み潰し、蹴散らすつもりだった。


 四つ足で着地するケルベロス――


 閃光に遅れて火柱。ほんの僅かな時間差で轟音が鳴り響く。

 ケルベロスの上半身は吹き飛び、下半身は天高く舞い上がった。


『作戦は成功しました。さすがはマルジン殿』


 感嘆するモーガンがマルジンを讃える。


「見覚えあるよ、あの爆発。ホイール・オブ・フォーチュンマークⅡのときと同じだね……」


 エメが呟いた。

 周囲が絶句するなか、アストライア艦内の人間たちだけは冷静だ。二回目である。その時は約50キロトンの威力。アーテーさえ一撃で溶解する高温と爆発が生じた。

 今回はそれよりも遙かに上回る威力であることは容易に推測がついた。


「パンジャンドラムではないなモーガン。何をした?」


 衣川がモーガンに説明を求めた。巨大爆発現象をパンジャンドラムの仕業と判断しつつある自分を戒める気持ちはある。


『シンプルなトラップですよ。それゆえにケルベロスさえも欺きました。あのニワトリ型スケアクロウの用途はレーザー砲ではなく、その地下にある電子励起爆薬を維持するためのパワーパックを転用。いわば維持装置だったのです』

「また英国か…… 確かにシンプルで、探査しようもないな。あのかかしには凝固された爆薬があるだけだ」


 モーガンの説明に衣川は察し、深いため息をついた。


「どういうことです?」


 何も判らないエリが聞いた。


「かつて実際に似たような核爆弾構想があったのだよ。核爆弾と電子機器を作動させるため地面に埋めるのだが、季節と地形によって電子機器は低音のため作動しない恐れがあった。そのため英国は生きたニワトリと一週間分の餌を与え、その体温で電子機器を暖めて核爆弾を埋設する計画を立案した」

「えぇ」


 あまりのアレな計画にエリの顔が引き攣った。


「当時の西側諸国とロシアとの国境沿い、西ドイツのライン川でだ。当然だが中止になったあと、実在した計画として四月一日に発表されたため、エイプリルフールのジョークと間違えられた話は有名だ」

「どうコメントすればいいのですか? ところであの大爆発は核爆発?」

「あの爆発は金属水素を用いた電子励起爆薬。ハリボテは生きたニワトリではなく鳥に摸した砲台に偽装した、ウィスを供給するためのスケアクロウということだね。ニワトリの体温で温めるかわりにあのスケアクロウによってウィスを供給して励起状態の水素を金属水素に変換。一種のリュードベリ物質として維持していたのだよ」

「誘爆したら大惨事では」

「一定数同時に破壊することで爆発する予定だったのだろう。これなら誘爆もない。青くて目立つだろう? そんなものが低出力のレーザーを定期的に発するのだ。ケルベロスにとっても蛾やゴキブリのように目障りだったろうね」


 大量のニワトリ型スケアクロウを同時に破壊するのは大型テラスぐらいであろう。シルエットや小型の幻想兵器では発動しない仕組みだ。

 エリはそれよりも気になることを質問した。


「ところでそのオリジナルとなった生きたニワトリを地面に埋める作戦は中止になったのでしょう? 一週間の餌が切れてニワトリが亡くなったあとの電子機器はどうするつもりだったのでしょう?」

「当時の技術では低温で使い物にならなくなるだろうね」

「……核は?」

「とても危険だったろう。起爆の怖れは高かったはずだ」

「その時、埋設される該当国はその存在を知っていた?」

「当然極秘だった。同盟国の地下に内緒で核兵器を埋める事態が非常識だからね。しかも機器の温度調節が生きたニワトリなのだから。中止になるのは当然だ」

「ですよねー」

「英国陸軍は実際にこのニワトリを用いた核地雷を10個発注済みだったが、後に取り消された」

「発注まで行ったと…… あのケルベロスは高性能宇宙艦。本当にトラップを察知できなかったのでしょうか?」



 呆れるエリにモーガンから通信が入る。


『ニワトリ型スケアクロウはレーザー砲台にしか映らなかったでしょう。地面に大量の金属が埋設されているにしても、どの金属かは解析できなかったはず。大量の電子励起爆薬が埋蔵されているなど想像しなかったはずです』

「それもそうですね」

「まさに大型巨獣を狩るための罠だ。ニワトリではなく孔雀にして欲しかったがね」

 

 ため息しかでない衣川。今回の発想は冷戦時に計画されたものが由来であることは間違いない。


『やってみる、作ってみる。チャレンジ精神は大事ですよね』


 フォローになっていないフォローを入れるモーガン。


『やはり貴女はイタリアの蜃気楼はなく英国の妖精女王が由来で間違いありません』


 アストライアは有無を言わさぬ迫力で断言した。

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