ジャイロダイン

 四脚の獣型シルエットが五番機たちの上空を飛行している。

 獅子のような姿だが大きな翼が特徴的だ。尻尾であろう部位ではなく蛇を摸したアームになっている。


 先頭に立つのはひときわ輝く黄金の獅子だった。


「エキドナの主力はキメラか。先頭にいる黄金色の獅子系機体はスフィンクスね」

「強そうだな」

「アンティーク・シルエットの残骸から製造されたに違いないわね」


 険しい顔をするアシア。それほどの強敵なのだ


 ぞっとするような大量の虫型幻想兵器が現れた。


「なんだ、あれは……」

『マーダーから転用した人工テラスですね。ニンフ――そのままトンボ型ケーレスを改良したのでしょう』

『ドラゴンフライ型ですね。アシアでも戦った航空用のケーレスを改良したものですね』

『アストライア様にとってはさぞ不快な代物でしょうね』


 心なしか悔しそうな表情のアストライアに対し同情の言葉を寄せるモーガン。


「どうしてだろう?」


 意味がわからずコウが疑問を呟く。


『ドラゴンフライ――トンボの語原はギリシャ神話のオドンからきています。フランス語やドイツ語ではその羽の形状からライブラが語原なのです』

「ライブラか。それは嫌だろうな。しかも量産型とはいえテラス。厄介だ」


 コウもまたアストライアに同情する。


「しかしこちらにも零式やカコダイモーンがいる。彼らを信じて先に行こう」


 コウが頷いた。複葉機のカコダイモーンは見た目以上の戦闘力を持つ。

 ケーレスのドラゴンフライ型と拮抗できる同等の戦闘力を持っているだろう。


『ウーティス様。アレを出撃させます』

「わかった。マルジンとモーガンの力作だな」


 コウも知っている新たな戦力。


『空飛ぶパンジャンドラムですか?』

『アストライア様。それは酷い』


 アストライアの指摘にモーガンが軽く抗議をした。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 空で編隊を組むテラスたち。

 対空砲火などない。ここは長らく棄てられた地であったのだ。


「アウラール様。どうしましょうか」


 不安そうな人間が呟く。


『せっかくここにも新たな畑や牧場ができたのだ。護り切らねばならない』


 アウラールも苦々しく答える。新たに開墾した土地は守りたい。

 だが何より優先するべきは人命だ。


『みなのものは火車の誘導に従いレルムへ避難せよ。ここは私たちが守ろう』

「任せて! みんなで作った畑は私が守ってみせる!」


 アウラールの契約者サラが請け負う。彼女がいることでアウラールは本領を発揮できるのだ。

 

『ふふふ。ぼくたちも手伝うよ』

『そうだね。ぼくたちも手伝うよ』


 聞き慣れない声があちこちから聞こえる。

 

『何者だ!』

『はじめましてアウラール! ぼくたちはフェアリー・パック。ウェールズ生まれの陽気な妖精をモチーフにした人工クリプトスだよ!』

『はじめましてアウラール! ぼくたちはフェアリー・レプラコーン。アイルランドの愉快な妖精をモチーフにした人工クリプトスだよ!』


 アウラールに応じるフェアリーを名乗る合成音声の幻想兵器たち。


「妖精! 何か素敵な響きね!」


 サラが感激する。とても美しいシルエットを想像していた。


『ウーティス。嫌な予感がするのだが…… 本当に大丈夫か?』


 頼もしさより不安を感じるアウラールだった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 空を往くキメラ編隊が突然被弾した。

 森の陰から急上昇する機影を確認したのだ。


 垂直上昇する機体に背後を取られ、ロケットランチャーの猛打を浴びるキメラは地面に落下した。

 別の機体もニンフに奇襲を加えている。


 機影の形状から窺うかがうとガンシップ型の武装ヘリのようであった。

 パックは小型。レプラコーンは大型機である。レプラコーンは地面に落下したテラスに対し、プラズマレールガンを発射し完全に破壊した。


「え」


 サラが落胆の声を漏らす。勝手に期待したとはいえ、予想外の姿だった。


「あれが新型の人工クリプトスですね。見たところ普通の武装ヘリコプターのようです」


 ヒヨウのエリが感想を呟くと、正体を見抜いた衣川が顔を覆う。


「フェアリーはフェアリーでもキワモノのフェアリーではないかマルジン……」


 誰が開発したか一目で見抜いた衣川。この機体にコウが関わっていないことは明白であろう。


「どういうことです?」

「あれはヘリコプターではないよ。航空機の種別はジャイロダイン。よく見たまえ」


 エリがフェアリーを名乗るクリプトスへ目を凝らして注視する。

 違和感の正体に気付いた。


「ローターのブレード部分から火が……?」

「そうだ。あれはチップジェット式といってね。上昇はヘリコプターのようにローターだが、推進はあのチップジェットでローターを高速回転させることで行う。今や見ることはない複合ジャイロダインだ」

「ローターをジェット推進で回転? それってまさか……」

「そうだ。動力にロケットを取り付けて回転させるという原理ではパンジャンドラムとさほど変わらないだろうね」

「空飛ぶパンジャンドラム?!」

「そういわれても否定はできまい。回転翼機のような複雑な機構は不要。テールローラーの効果喪失問題をロシア系兵器が好んだ二重反転式ローターなどを使わずに飛行できる」

「それでもあの方式が一般的ではないということは、欠点もたくさんあるような?」

「良いところに気付いたね。欠点は燃費が悪く、ジェットを使うのでヘリ以上の騒音。翼端のジェットが停止状態の制御が困難だということだろうが…… 金属水素、ウィス、MCSが全てを解決しているのだろう」

「なんでそんなものが幻想兵器に……」

「かつての英国に存在したフェアリー社が開発したものだ。当時の英国は異常なまでの情熱でVTOL方式の航空機を模索していた。キャンセルされたとはいえ大型輸送機としてテスト飛行にも成功はしていたのだよ。妖精伝承とは相性は良かっただろう」


 衣川もフェアリー・パックとフェアリー・レプラコーンの戦闘を観察する。


「モーガンからデータも送られてきたな。武装型ジャイロダイン。パックは最高速度四百キロ程度だが、運動性能はなかなかだ」

「言うほど悪い兵器に思えないですね」

「パックはチップジェット駆動ローター。レプラコーンは同様の構造でオーグメンターを搭載している。P-MAXの応用か……」


 オーグメンターはアフターバーナーの名でも知られる推力増強装置。

 レプラコーンはその能力で急加速を可能にしていると衣川は判断した。


『いくよ。ぼくたちの力を見せつけよう』

『そうだね。あんなトンボもどきに負けないよ!』


 お互い声を掛け合いながら、敵編隊と交戦を開始するフェアリーたち。

 意思を宿したジャイロダインがどのような戦闘を行うか。衣川は好奇心を抑えきれずデータ取得を開始した。

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