タンケッテ
火車を先頭に、バステトに乗った五番機とアーサー、そして少数のシルエット部隊が続く。
「敵影発見。気をつけろ」
森の陰から巨大な四脚型のテラスが現れた。漆黒に赤い瞳。見るからに禍々しさがある。犬というより悪魔のような風貌だった。
プラズマをまとっており、空を飛んでいる個体もいる。
「あれはなんだろう。ケルベロスかオルトロスの眷属に類するものか」
「ケルベロスの伝承から生まれた存在だとすると、ブラックドックかヘルハウンドの亜種……雷をまとい悪魔みたいな。そうか。ブラックジャックね!」
「プラズマを直接発生させ、放つということはアンティークか」
「間違いない。油断はしちゃだめよ」
「わかった!」
まだ前哨戦ともいえない状態だ。ブラックジャックのほかに通常のシルエット型の敵もいる。
斥候型テラスのようだ。
「スカウト型の敵もいるな」
シルエットと同様、体は人間型の形状をしているが頭部がイノシシにも見える巨大なチーク型がある。
『あれもエキドナ眷属。パイアと呼ばれる猪。その正体こそ凶悪な女盗賊といわれていました。かのカリュドーンの猪の母親ともいわれた存在です』
「カリュドーンの猪?」
「ギリシャ神話にでてくる凶悪な猪ね。アルゴナウタイに退治されたわ。ストーンズに向けて放ちたいぐらいよ」
アシアがくすっと笑う。幻想兵器を惑星アシアに持ち込むことはまずないだろう。危険過ぎるのだ。
「さきほどの砲撃はパイアの誘導みたいね」
「パイアは数が多くないとして、見える範囲で排除したほうがいいな。しかしブラックジャックはどうするか」
そう思っていると、火車たちがブラックジャックに突進していく。
「いくぜ! 解除モード〔Pオリジナル〕を!」
「なんだそれは!」
火車たちの叫びに驚愕するコウ。
「なんでコウが知らないのよ!」
火車の設計はコウとマルジンとモーガンによるものだ。
「そんなものはつけていない。リミッターを解除するならすでにP-MAXがある。いったい何を解除するんだ」
火車は何を解除したか。
すぐに判明した。
敵の群れに突っ込んだ火車はでたらめに飛び跳ね始めた。
無軌道な動きに恐怖で逃げ出すブラックジャックたち。
逃げ損ねたブラックジャックが跳ね飛ばされた。
「Pオリジナル……。ジャイロセンサーを切ったのね。オリジナルのパンジャンドラムはそもそも装備していなかったから、そういう意味のオリジナル」
アシアはすぐに何が起きたのか分析したようだ。
「アベルさんだな……」
ブラックジャックたちはプラズマで攻撃しようにも、火車もまたプラズマをまとっている。
無駄なあがきだった。
安定性の高い四脚とはいえ、巨大な車輪にはひとたまりもない。
跳ね飛ばされたブラックジャックはそのまま別の火車に轢かれて脚部が千切れとんだ。
四脚と車輪の体当たり勝負ではあまりに相性が悪すぎたのだ。しかも両者武装はプラズマである。
「幻想兵器としての火車は優秀かもしれない」
フラックがつぶやく。射撃も不可能であれば、対空でも対処出来ない。転がるだけの兵器。
レーザーや光学兵器主体の幻想兵器同士の戦いでは、効率が良いともいえる形状であった。
「すごいよ火車。もっと惑星リュビアに増やさないと」
『Pの惑星か。悪くない』
感嘆の声をあげるフラックと応じるアーサー。
「それだけは勘弁して……」
後部座席にいるリュビアがうつろな声で抗議した。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『敵軍勢を確認。形状不統一。低出力機という観測によりカコダイモーンだと思われます』
「陸に上がった顕生代の生物か。やっかいだな」
黒瀬が呟く。ハヤタロウやクー・シーの戦闘力は高いが、物量攻撃には弱い。
前回の要塞エリア跡地による戦闘も相当気を遣ったのだ。
森のなかから侵攻してくる大軍に対し、複葉機のアガトダイモーンでは心許ない。
『今回の防衛戦はレルムです。それなりの手は打っております』
モーガンは守り切ると決意し、号令を下す。
『目覚めよ。新たなアガトダイモーンたちよ』
避難者たちが作っていた農耕区画の物置から、物音がする。
ゆっくりと動き出したその機械は不思議な履帯のついた機械。
戦車というにはあまりにも平たく、一種のトラクターを連想させた。
「トラクター……? いや、違うな」
黒瀬が怪訝そうな表情で観察する。
動き出した車両の数は無数に多い。住人の数よりも多いほどだ。
『普段は耕運機としての機能を重視しておりますが、戦闘にも対応できます。これはマルジン様よりご提案いただいた豆戦車というものにございます』
「豆戦車だって!」
通信を聞いていた衣川が驚きの声を上げる。
「これはまた懐かしいものを引っ張りだしたな。アベ……ミスターマルジンは」
「アベルでいいと思いますよ。豆戦車というと。かつて存在したという、小型戦車ですかい」
いちいちマルジンと言い直すのも面倒な黒瀬。豆戦車自体には聞き覚えがあった。
「そうだよ。みての通り、MCSに履帯をくっつけたようなものだ。
「ん? 自走砲を引っ張っているな」
履帯車両が牽引しているものに眼を向ける。
『あれは小口径のプラズマレールガンの一種です。補給が楽なのですよ。MCSとウィスのリアクターは搭載していますから。いざとなったら住人の避難車両としても活躍します』
「ファミリアが担っていた役割を、この惑星ではアガトダイモーンが担うわけか。合理的だ。MCSは惑星アシアでもリュビアでも有り余っている」
『合理性と伝統を追求することはお国柄だとマルジン殿は笑っていましたね』
耕運機の管理機としても需要が高くなるであろうこの豆戦車を、マルジンは量産していたのであった。
「平時は、いいや。ほとんどの目的が耕地用だ。万が一のときは民間人防衛用に使うとはな」
「寸法はほぼMCSと同じだな…… 兵器としては脆いだろ」
「日本軍も東南アジアの密林地帯で運用していたと聞く。問題は小銃で貫通されるほどの薄い装甲だった」
『ご指摘の通り、電磁装甲などは一切ありません。MCSに貼り付けたナノセラミック装甲がせいぜいです。カコダイモーンの露払いにしかなりません』
「しかし今はそれで十分だ。少しでも数を減らしてくれることに期待しよう」
豆戦車たちはカコダイモーンに対抗するべく、同じく森林に突入する。
「見ればわかるが小さな車体だ。機動性は群を抜いている。なかなかのものだ」
「ありがたい。これでクー・シーたちの負担も減る」
豆戦車たちが砲撃を開始する。迫撃砲は水平射撃も可能なように設計されていた。
森を駆けるは虫類のように、進撃していたカコダイモーンたちは砲撃を受け、あっけなく飛び散っていく。
普段は耕地用として動いているはずの機械が、今まさに反撃の狼煙を上げたのであった。
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