幻影都市

 エキドナが予告した日がやってきた。

 エトナ山麓の森林地帯には襲撃に備え、森を拓き即席の野営地に近い簡易基地が建築されていた。

 クリプトスやシルエットが慌ただしそうに働いている。


『巨大テラス確認しました。当区画に接近します』


 モーガンの声が響く。警戒網が感知したようだ。

 基地には迎撃するべく整列するシルエットとクー・シーたち。


『観測映像を投影します』


 巨大テラスの映像が映し出された。


『四脚型歩行母艦といったところですね。しかし形状が……』

「わかりやすい形状ね」


 コウの背後にいるアシア。ビジョン状態でいるのは、何らかを警戒してのことだろう。


「俺でも知っているぞ。ケルベロスだろう」


 映し出された四脚型歩行移動母艦。

 それは巨大な三つの頭を持つ犬型テラスだった。


「問題はそこじゃないよコウ」

「わかっている。見覚えはよーくあるさ。元になった宇宙艦はキモン級だな」


 三胴艦であるキモン級に酷似しているテラスだった。


『キモン級を相手にすることになるとは。可変機構が仇になり、あの形状に適してしまったようですね』


 アストライアがケルベロスを冷静に分析する。


「リュビアにあったキモン級というと……古代ギリシャの将軍から名前を取ったミルティアデスかな」

『その可能性が高いですね』


 惑星間戦争時代の宇宙艦は古代ギリシャの偉人から名前を採用したものが多い。このミルディアデスもその一つ。

 コウにとっては今やケルベロスに他ならない。


「キモン級が敵に回るとはな」

『幻想兵器化ですからね。戦闘力は相当なものでしょう。巨大テラスを確認。映し出します』


 別の方角から迫り来る巨大な四脚型歩行移動母艦。双頭の犬型であった。

 そして上空を飛ぶ巨影。金色に輝く巨大竜型のテラスだった。


『エキドナの眷属。わかりやすいですね。双頭の番犬オルトロスと黄金の林檎を守る龍ラドンですか』

『オルトロスは双胴の宇宙艦が元でしょうね。ラドンはおそらく巡洋艦の一種かと』

「かなりやっかいだよ!」

『わかっています。容赦ないですね』


 モーガンが告げる。


『敵砲撃を開始』

「簡易基地はどうなっている!」


 地表には大型クリプトスたるセトやガルーダ、そして陸上支援のケット・シーたちを収容する簡易施設が建造されていた。

 もちろん作業用シルエットも多くいる。


『敵攻撃着弾を確認。絨毯爆撃といった様相です』


 冷静に伝えるモーガン。

 画面には次々に爆発をあげる地表基地が映し出されていた。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「被害状況尾を確認してくれ」


 コウの緊迫した声にモーガンが微笑む。


『被害はゼロです。問題ありません』

「そうか」


 基地の指示はすべてモーガンに任せているコウは納得した。

 基地など昨日までなかったのだから。


『我が名はモーガン・ル・ファイ。またの名を蜃気楼(ファタ・モルガーナ)。これぐらいのことはやってのけます』


 確かに爆発する。

 吹き飛ぶシルエットや犬型や猫型のアイドロン。転がっていく火車。


 屋外にいた人々も地に伏せて倒れていく。


 それらは吹き飛ばされ地面に叩き付けられると消えていった。


「リアリティありすぎないかな!」


 アシアも呆れる再現度だ。


『恐るべきは地球の方々ですよ。このアイデアを提供した人物はマルジン様でございます』

『――解析しました。かのWWⅡ。敵を欺くために英国の奇術師が行った巨大なイリュージョンを行い架空の軍隊や街を創り出した伝説ですね。偽の艦隊や線路、通信記録まで作り出したといわれています。その最大の戦果はアレキサンドリア港の幻影で、空爆から守り切ったともいわれています。奇術師の成したことということで実際の真偽は疑われておりますが』

『真実を見抜かれる奇術師など二流です。かの者の発想は有視界戦闘が中心の幻想兵器には有効でございます』

「ひたすら欺し抜く戦術か。英国らしい逸話だな。やはりモーガンと相性がいい」

『ウーティス。何かいいましたか?』

「いいや?」


 失言に気づいてきまずいコウ。

 アシアが笑いをこらえきれず後ろでくすくすと笑っている。


『基地の皆様は小型の野営地に潜んでおります。迎撃を開始します』


 モーガンの言葉を聞いたエリが立ち上がる。


「わかりました。トライレーム艦隊、浮上!」


 海底に潜んでいたトライレーム艦隊が浮上する。

 レルムには地下工廠同様、地下から入出港していたのだ。


「生物のようになった幻想兵器相手に、どうしても宇宙艦は相性が悪いからな。我らは通常の軍隊としてノウハウを確立せねば」


 エリの隣にいる衣川が艦隊を見回して告げる。


「艦の指揮は私に任せて。アシア。お願いね」


 エメがアシアにいうと、アシアも微笑んで応じた。


「エメがいないと不安ね。でも任せて!」

「ありがとう、アシア」


 いまやエメもアシアの巫女として深い絆が結ばれている。

 隔絶したエリアでもアシアの意識を残せるほどに。


『基地防衛部隊。布陣を』

「任せろ」


 ハヤタロウに乗ったドラゴンスレイヤー。黒瀬が応じる。

 彼は守りを任された防衛隊長だ。


 森林のあちこちからカコダイモーンが飛び立ち周囲を警戒する。

 影に潜む巨大な糸車はきたるべき時を待っていた。その背後には爛々と輝く黄金の瞳が無数。瞳孔の細さから猫科を思わせる。


「うぅ。シルエット戦闘は苦手だぁ」


 ラニウスのC型に乗ったマットがぼやく。


「大丈夫だよ。マットさん。ぼくとアーサーがフォローするから」

『そうだ。この戦がリュビアを取り戻す、最初に一歩となるのだ』


 フラックとアーサーも潜入部隊だ。


「みんな…… ありがとう」


 フラックの後部座席にいるリュビアは恐縮している。


「ニャア!」


 バステトが励ますように鳴いた。


「そろそろだな。おう。俺らもついているぜ。任せな!」


 物陰から火車が颯爽と現れる。その背後にはケット・シーたちがいた。


「先陣を切るのは俺たちだ! いくぜ兄弟!」

「おう!」


 大量の火車が転がってエキドナのもとへ向かう。

 優に百は超えている数だ。


『アレがあれだけ来るのかえ……』


 その様子を映像で確認したエキドナが若干引いていた。

 

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