口に出してはいけないアレ

『これはウーティス様。ようこそお越しくださいました』


 レルムの工廠を確認したコウは、モーガンがいる場所にまで移動する。


「ヨナルデパズトーリの機体が修復に役立って良かった。エキドナの侵攻にも間に合った」

『これもすべてウーティス様のおかげです。ヒュレースコリアと組み合わせ、重要部位の主要装甲および駆動部の修復は成りました』

「それでも本来の五分の一ぐらいの性能しかないんだろう?」


 アルゲースとステロベスが少々残念がっていた。


『何をおっしゃいます。この技術制限下において五分の一の性能まで引き出せたということは偉業に近いことです』

「そういわれたらそうか……」

『ポリメティスが解析しモーガンのような兵器統合超AIの最大端末であるアストライア様が設計。実部品は開拓時代の高性能作業機械アルゲースとステロベス自ら創り出したもの。このような環境が揃うなど二度とないでしょう』

「大げさだな」

『それほどの偉業です』


 モーガンは蠱惑的な瞳でコウを見つめる。

 悪い気はしなかったが、恐ろしさもある。


「知らないうちに変な偉業だけ増えていくんだよな。セトの件もしかりだ」

『それもまたあなたが成したことですよウーティス様。少なくとも超AIや工廠AIではテュポーン様と友人になることはできません』

「そうか? ――モーガンはエキドナと仲が良いんだろ?』

『はい。もとはリュビア様ですし、マーダーの殺人欲求などに負ける方ではございません。こたびはエキドナ様と話し合いました。ご安心ください。配下のテラスは私たちの関係を知りません』

「モーガンはアーサーを盟主に。エキドナは最初の解放されたリュビアになりたい、か。確かに対立軸はないよな」

『エキドナ様もテラス。ですがそれ以前にテュポーン様の伴侶という役割を強く意識し顕界された方です。私もそうですね。魔女モーガン。アーサー王を見守るもの。イタリアのエトナ火山に隠れ住まう癒やし手』

「北アイルランド由来の妖精ではないんだ?」


 イタリア由来を意識しているとは本当だったらしい。

 コウも興味がわいてきた。


『北アイルランドの伝承も、アーサー王に敵対しランスロットを籠絡した魔女の伝承も確かに引き継いではおりますよ。ただし、私のあり方はあくまで癒やし手としてのモーガン。人類を守るものにございます』

「そうだよな。今やレルムにも多くの人類が移住しつつある」


 モーガンもエキドナも人類を裏切っているわけではない。テラスもなんらかの方法で人類を取り込む。だがそれはクリプトスよりもゆがんだ形となることには違いない。

 ヴリトラは自機との融合化。エキドナは男性のみ冷凍保存してコレクションとするものだった。


「エキドナから返還された人々は?」

『アーサーが保護したという名目でお連れいたしました。虐待など受けていた形跡もございません』

「そうか。良かった」


 ヴリトラの配下にされていた人間の末路は悲惨だった。報告を受け安心したコウ。


『エキドナ様――これよりエキドナ対策の提案を行います』

「わかった」


 モーガンもエキドナを敵と見据え、本格的に対策するようだ。本題ともいえる。


『エキドナ様の配下はそれぞれユニークともいうべき強力な個体のテラスです。このレルムを制圧することでテラス全体の優位性を絶対的にするつもりでしょう』

「そうだな。エキドナはリュビアであれ、ほかのテラスはミアズマによって生み出されたもの。その由来からエキドナの配下になっているとみたほうが良いだろう」

『彼女は私と同様施設のAI。テラス化したテルキネスやエニュオもいます』

「テルキネスやエニュオか。マーダーの多くはリュビアで生産されていたから当然生産するよな」

『自己判断能力も上昇しております。ただし電磁装甲などの技術は使われていないことが幸いです。トライレーム艦隊に配備されたシルエットの敵ではないでしょう』

「技術制限がもっともきつい時代のマーダーだ。そのまま生産すればそうなる。しかし問題はその数だろう?」

『テルキネスは思考能力が上がっている分、歩兵としての役割は強化されています』

「最初は苦戦させられたな」


 転移したてのことを思い出すコウ。五番機は射撃武器さえ持っていなかった。


「感傷はあとにしよう。そいつらが攻めてくるところを撃退して防衛すれば勝利か?」

『いいえ。本命はエキドナ撃破です。我々は敵中枢の場所を把握しています。少数精鋭によるリュビア本体の確保。これが本命です』

「少数精鋭の潜入部隊か……」

『エキドナを倒す必要はありません。シルエット経由でセリアンスロープのリュビア様が接触すれば、その機能を取り戻すはずです』

「俺がアシアを解放したときのようにか」

『はい。ですが今回は五番機を用いない方がよろしいでしょう。できればアーサーかマット様のシルエットで』

「ん? どうしてだ」

『五番機は幾度かのアシア様救出によるデータ中継地点として強い因子がすでにあります。リュビア様の因子まで取り込むといったん削除する必要があるでしょう。推奨いたしかねます』

「わかった。目に見える地雷を踏むつもりはない」


 アシアと五番機の因子をいったん削除など、あり得ないことだった。いろいろな意味で危険である。


「俺たちは惑星アシアに戻ることになる。そういう意味でもアーサーがいいな。惑星リュビアのクリプトス――可能なら幻想兵器の盟主になってもらいたい」

『承知いたしました。我が意を尊重していただき、感謝いたします』


 モーガンが恭しくコウに頭を下げる。もちろんモーガンの意思を尊重したことでもある。


「では先ほどの話は二人だけの秘密にして、アシアとアストライアをつないでもらいたい」

『承知いたしました。ありがとうございます』


 モーガンはアシアとアストライアを呼び出し、四者による通信を開始した。アシアはコウの背後でビジョンとして現れた。

 防衛体制の強化とエキドナとリュビアの接触を図る作戦はすでに伝達はしたようだ。


『セリアンスロープのリュビア様にはアーサーに搭乗していただくことになります。ウーティス様の五番機とはアシア様との強固な絆が存在するので影響があってはいけません』

「そうね。こうやってビジョンが簡単に投影できるもんね……」

「それは大変なことなのか?」

『大規模施設でようやく可能なものですね。三回ものデータ救出している五番機以外は無理ですよ』

「そういうものだったのか……」

「テュポーンやポリメティスのような存在が妨害したら無理だけどね。今は何の障害もないから」

 

 胸を張るアシア。実はすごいことだったらしい。


『それはさておき防衛作戦ですか。今やこちらにはガルーダとセトがいます。それでも油断ならぬ大敵ばかり。どうするつもりです。モーガン』

『マルジン様とエイレネ様の助力により、新たなカコダイモーンとクリプトスも生産しております』


 心なしか疲れたようなモーガンだった。


『では問題は潜入作戦になりますね。少数精鋭とはいえ閉所に強い護衛が欲しいところです』

『何を言っておられます。いるではありませんか。――アストライア様もよくご存じのアレが』


 目を反らし、いい辛そうにしているモーガン。


『いましたね……』


 遠征に用いる機体候補とは想定していなかったアストライアも思い出す。


「閉所に強いことは私が保証するよ! いまだにP336要塞エリアの地下通路を守ってくれているもの……」

「まだあの場所に残っているのか!」


 ほかの作戦に投入されたものばかりと思っていたコウが驚く。


「うん。転がっている。たまに金属水素を与えて。元気にやっているよ。人畜無害だし、悪くはないよ。うん」


 地域に棲息している希少動物みたいないわれようだ。


『さすがはモーガンの故郷が生み出した兵器ですね』

『そういう言い方はやめてくださいな、それをいうならネメシス戦域に復元させたのはあなたたちですよ?』


 AI同士がじゃれているのかと思うコウ。


「閉所対策は問題ないよね」


 口に出してはいけない罰ゲームのように、あえて名称をいわず会話を進める一同だった。


 

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