妖精モーガン

 セトの稼働試験が始まろうとしている。


 正面にはアーサー。パイロットはフラックだ。

 五番機はバステトに乗っている。猫武者形態という呼称が定着していた。


「そろそろヒュレースコリアが溶解してセトの修復が終わる。フラック、頼んだぞ」

「わかりました」


 フラックと一度通信を切る。

 五番機も今回は秘蔵の武装を取り出している。アンチフォートレスライフルを装備していた。


「ところで――なんでアリマが五番機に搭乗しているんだ」


 コウの背後にはちゃっかりとアリマが座っている。


「ぼくが搭乗することをアーサーがとにかく嫌がりまして。ぼくの正体には気付いていないはずなのですが……勘が鋭い幻想兵器とは厄介です」

「勘の概念が問われるよな」


 幻想兵器が勘で行動するというのか。変なところで感心するコウ。


「ぼくたちはあれだけ殺し合ったのですから、それなりに相互理解を深めたと思ったのですけどね」

「アーサーといえど殺し合った相手を胴体に格納したくはないだろうさ……」


 コウが唖然とする。今回ばかりはアーサーに同情気味だ。


「しかし殺し合ったとはただごとではないな」

「惑星間戦争時代、惑星リュビアとタルタロスにテュポーンを封印したアナザーレベルシルエットが彼の元ですよ。バステトは開拓時代の残骸ですから違います」

「テュポーンを封印し、再びこの場所に安置されていたとかいっていたな。アーサーの反応も当然だろう」

「うーむ。宿敵のなかに入るという経験もしてみたかったのですけどね」

「こんな会話アストライアに聞かれたら卒倒される」

『そこは私が介入していることにしてるから。でもMCSのなかでする会話じゃないわね』


 アシアが割って入った。


「そうだな」

「セトがそろそろ目覚めますよ。どうなることやら」

「アリマが言う台詞じゃないよな」


 調子が狂う破壊の魔物である。


セトが動いた。


 頭部を上げ、周囲を見下ろす。

 アーサーは荷電粒子砲を構えたままだ。

 アストライアもまた離れた場所でセトに狙いをつけている。失敗した場合は


『我が名はセト。それに変わりはない。が……』


 周囲を見下ろし、思案する。すぐさま襲いかかる気配がない。


 五番機が一歩前に出る。


「問おう。セト。君は敵か味方か」


 テラスかクリプトスか。周囲に緊張が走る。


『ただのシルエット…… 人間如きが……』


 どよめく周囲を五番機が手を挙げて制す。クリプトスも口が悪い。彼らはそうして人間への敵意を軽減しているのだ。


 コウの背後でアリマの瞳が妖しく輝く。


『テ……ウーティス。我が名はクリプトスであるセト。あなたに忠誠を誓います』


 五番機の足下に、自ら頭を垂れ忠誠を誓うセト。五番機にアリマを見たのは明らかだった。

 その姿に偽りはないように思われた。


「ち、忠誠?!」

『何をしたウーティス!』


 フラックとアーサーが驚きの声を上げる。


『やはりあの男は何かあるぞ。オケアノスの執行人か』

『さすが俺っちを創った男の一人だぜ』

『にゃあ!』


 アウラールと火車は感嘆し、バステトは喜びの声で鳴く。


 周囲の様子がおかしいことに気付いたコウが思い当たって慌てて後ろに振り向く。


「アリマ! 何をした!」

「やだなあ。ぼくがここにいるんです。あなたはぼくの同盟者扱いということですよ」

「そうなるよね…… セトってアリマの分体の一つだもんね』

「ちょっと待て。何もしてないのにひれ伏されても困るぞ!」


 今回ばかりは何もしていないコウが慌てる。

 またよからぬ威光が生まれそうで危機感を覚えたのだ。


「良いではありませんか。大型幻想兵器が一機味方になった。それだけですよ」

「これ。俺の仕業になってるんだよな」

『私はフォローできないからよろしくね!』

「アシア?」

「当然ですよね。頑張ってくださいコウ。もちろんぼくのことは秘密でしょうけど」


 思いのほか重大な案件になり頭を抱えるコウだった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



『コウに質問があります。何故セトがあなたに忠誠を?』

「わからない」


 アストライアの質問に正直に答えるコウ。いまだ五番機のMCSにいる。アリマは先に降りて、居住地へ向かった。

 何故こんなことになったかわからない、という意味だ。


「破壊せず、あまつさえ修理したことでは」

『テュポーンと何があったというのです。アシアから報告はありましたが、あきらかにそれ以上のことが起きたはずですよね』

「そうか。なんというか。もう隠せないか」

『隠し事はなしにしようといったのはコウですよ』

「わかった。――テュポーンとヘルメスの話で盛り上がった。そして友人関係になった。理由はおそらくそれだろう」

『盛り上がった』

「どうやって殺すか…… じゃないな。まあとにかく倒すべき敵として意気投合した」

『意気投合』


 オウム返しのように呟くアストライア。呆れているのかもしれない


「動けないテュポーンのかわりにヘルメス、まずは今の肉体を破壊すると約束したしな。テュポーンはヘルメスを破壊するという目的でミアズマを創り介入してきたんだ。惑星アシアにおいてはテュポーンの代理人みたいなものだよ」

『そうですか。敵対関係になるよりは遙かに良いと思われます。どうしてそうなるかは不思議で仕方がありませんが』

「ヘルメスがストーンズを創って色々悪さしたからな。テュポーンから見ても目に余る所業だったんだろう」

『惑星間戦争時代、再稼働したテュポーンはとある勢力と全面戦争となりました。その背後にヘルメスがいたことは間違いありません。その因縁が引き継がれているということでしょう』

「そうだったのか」


 アストライアもアシアも惑星間戦争の詳細は語らない。


『あなたにも引き継がれる可能性はあります』

「テュポーンの因縁か。ゼウスやヘルメスと敵対するということか」

『そうです。しかし今やヘルメスのみ。今更かもしれません』

「ヘルメスは修司さんの肉体を改造して使っている以上、対決は避けられない。解放してやりたいな」


 兵衛に伝えるか悩んだが、やめておいた。これはコウが解決すべき問題だと判断したからだ。

 見た目もわからないほど変貌しているという。


『――いえ。これは良い同盟関係だったといえるでしょう。ヘルメスの次なる狙いはあなたの肉体である可能性が高いのです』


 コウははっとした。B級構築技士の肉体が重宝されるのだ。EX級構築技士の肉体は敵の目的そのものだ。


「そうだな。俺の身を守るためにもテュポーンと同盟関係になったことは良かった」

『テュポーンは多くの貴重な情報をもたらしてくれました。感謝せねば。私も認識を改めるとします』

「そうか。それは良かった、かな」

『コウがそう思っていること自体、認識を改めるきっかけだったのでしょうね。ストーンズに対しては我々の利害は一致しています。私は惑星間戦争時代の苦い記憶を引きずりすぎていたかもしれません』


 アストライアが申し訳なさそうに呟く。


『彼は敵対組織と戦うためなら、一撃で数万人規模の犠牲を出しても意に介さない、凶悪な存在でした』

「それはさすがに警戒が必要だろう!」


 コウが慌てた。初めて知る事実だったからだ。自分の無知に救われたのかもしれない。


『人間を滅ぼすつもりはなかったはず。当時の情勢もあったのでしょう』

「第一目的がオリンポス十二神の名を冠した超AIの殲滅だったはずだからな。人間は二の次とはいえ超AI殲滅の目的は人間の保護ではあったはず」

『そうです。コウのように交渉すれば結果は変わった可能性もありますね』

「そうか…… しかしもう終わったことだ。まずはエキドナだな」

『エキドナ対策も進んでおります。アシアが妙に張り切っていますが何があったのでしょうか」

「わからない」


 アリマにも言われたことだが、コウには理解できない案件である。闇墜ちとはただごとではない。


『もう一件。モーガンが……』

「どうした?」

『いえ。人類の発想に恐れおののいていました。はい。アベルの発案にです』

「アベルさん何をしているんだ。モーガンだって英国の伝承みたいなものだろう」

『モーガン・ル・ファイ。古英語ではモーガン・ル・フェと発音しますね。ウェールズ発祥の伝説です。意味は妖精モーガン。オルスターこと北アイルランドに伝わる戦争を司る女神モリガンとも同一視されていますが、歴史の中でアーサー王の姉、邪悪な魔女という異なる役割を担わされた存在です」

「なら英国でいいじゃないか」

『イングランド、ウェールズ、スコットランド、北アイルランドからなる英国も一枚岩ではないということですね。話しが逸れました。自分はエトナ山由来のラ・ファタ・モルガナであるかもしれないと私に申告してきました。よほどこたえたものがあったのでしょうね』

「何故それをアストライアに……」

『誰かに聞いて欲しかったのでしょう。理解はします。戦力の拡充は進んでいますのでご安心を』

「アストライア。楽しそうだな」

『そういうわけでは。いいえ。私が見舞われた衝撃を共有する者ができて嬉しいですね』


 アストライアの理解者が生まれたということであろう。


「災害みたいにいうな」


 コウは苦笑した。次はモーガンと対話しないといけないと痛切に思い至るのであった。


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