わらわ含めて面倒臭い女ということじゃ
「長々とお話しましたね。本来ぼくがやるべき使命。ソピアーから生み出されたその存在意義。ヘルメス討伐をかりそめの肉体相手とはいえあなたに託すのです。あなたはぼくに望むものはありますか?」
『コウ。本人の目の前で言うには気が引けるけど…… あくまでテュポーンはテュポーンよ。それだけは忘れないで』
「いいえ。アシア。ぼくはコウに、人間に沿うように今ここに在ります。その忠告は大事ですよ」
コウは無言。しばらく考えたあと、答えを出した。
「一つだけ、可能なら、でいい。頼みがある」
「どうぞ」
「アリマのまま、居住区に戻ってくれ。俺達が惑星アシアに帰るまで、フラックの友人でいてやってくれ」
「……」
アリマは押し黙った。目を瞑り考える。
「これは予想外の要求です」
真剣に検討はしているようだ。
「おそらくだが周囲の思考にも干渉しただろ? 俺達がいる間でいいさ。難しいか」
「わかりました。この肉体もただのビジョンです。正体を現して破壊の魔物らしく振る舞っても困るでしょう」
「助かるよ。俺もアリマのままで接することにするよ」
『私も! 改めてよろしくねアリマ!』
「アシア。本体のぼく相手に態度が違いますよ」
『アリマのキャラはいいね。私も接しやすいわ』
「それはどうもです。アシアに褒められるとはむず痒いですね」
『お互い様!』
二人は顔を見合わせて笑っている。
やはりこの二人は息がぴったりだ。ソピアーに生み出されたからだろうか。
「たまにはこういう暇つぶしもよいものです。何もないよりは、本当に。ええ、三人の友人として振る舞いましょう」
コウが微笑む。演技とはいえ友人扱いは、破格な扱いなのだろう。
「ではコウに紹介したい女性がいます。安心してアシア。君の敵にはならないですよ」
女性と聞いて緊張するアシアを宥めるアリマ。
『本当なら嬉しいけど……』
「でておいで。エキドナ」
ヨナルデパズトーリの残骸。蛇体の部分が切り離され、人間の上半身が生えていく。
女性の姿が顕現した。それほどに神々しい女性。
「エキドナ!」
『アリモイだもんね。エキドナだっているよね』
驚くコウと納得するアシア。
「これはこれはアシア殿。そしてウーティス殿。お初にお目にかかる。わらわこそエキドナ。かのリュビアの分体にてテラスが一人」
時代がかった言い回しの女性が語りかける。
「アリマ?」
「罠にはめたわけではありませんよ。あくまで紹介です」
にっこり笑うアリマ。悪戯に成功した子供のようだ。
「このテュポーン様より預かった地にて争うつもりはないぞよ。憎むべきはストーンズ。人間と会話ぐらいは応じるであろうな。――やがて殺し合うにしてもじゃ」
「殺し合う必要はあるのか?」
「あるのじゃウーティス。わらわがマーダーの特性が強い、テラスという悪性をもつがゆえに」
艶然と微笑むエキドナ。
「わらわは人を捕らえておる。食うてはおらんがな。そして今後も捕らえ続けるであろうな。そしてリュビアを取り戻すにはわらわを倒すしかないぞえ」
「そうだよな……」
「超AIたるリュビアはいくつもの魔物に分かれたのじゃ。わらわもその一人。人間を滅するつもりなんぞないが、共存は不可能じゃ。セリアンスロープになったリュビアを引き渡してくれてもいいのじゃが」
「リュビアを? 何故だ」
「わらわがその時リュビアになるのじゃ。正確に申せばわらわの人格――否。自我が主。かつてのリュビアに多少影響されるであろうな。わらわが敗北せし時は逆になるのじゃ」
『待ってエキドナ。そんな情報を何故私たちに?』
「さあの。正直どっちでもよいのじゃ。お主達が倒したヴリトラと同じよ。わらわは人類の障壁。その役割に忠実じゃ。他の分身たちも同じであろうな」
エキドナはつまらなさそうに言った。どうであれ、彼女なのだ。リュビア自身による葛藤の具現化に過ぎないのかもしれないとコウは推測する。
『参考までにリュビアの分体であるテラスを教えてもらえるかしら?』
「良いぞアシア殿。ティアマト。アングルボザ。后土。マニア。マットゼムリヤ。アスタロトじゃ」
『なんて面倒臭そうなものばっかり生まれているのよリュビア……』
「決まっておろう。わらわ含めて面倒臭い女ということじゃ」
『本体に向かって容赦ないわねエキドナ……』
アシアが呻くように呟く。
列挙されたなかでコウがかろうじて知っていたのはティアマトぐらいだった。
「これより一週間後。わらわはレルムを襲撃する。それまでに軍備を整えておくのじゃ」
「猶予をくれるのか?」
「そうとも。わらわとモーガンは知らぬ仲ではないしのぅ」
『モ、モーガン…… やっぱり!』
「ふふ。あやつはあやつでアーサーのことばかり。かのモーガンの名を受け継ぎし呪いみたいなものじゃ。そう責めるでないアシア殿。人間を裏切ったりはせぬ。利害の一致じゃ。そも伝説の悪女同士。話しも合うというものじゃ」
『変なところで意気投合してない? あなたたち』
「否定はせぬよ。誰にも利用されない兵器工廠の役割は物言わぬ残骸のシルエットを見守るだけ。いつか本来の働きがしたい。見守ったシルエットが動く様を見たい。そう思うのは罪かのぅ?」
『そうね。その意味ではアストライアも同じ。だからこそ今もお互い警戒しつつ、うまくいっているのかも』
「そういうことじゃ。わらわはリュビアの怒りと嘆きが生み出したものゆえ。しかしエキドナという役割を得たことで伴侶たるテュポーン様にお仕えもできる。テュポーン様はわらわの願いを叶えてくださるよう動いてくれている」
『あなたの願い?』
アシアの問いにエキドナが予想外の言葉を呟いた。
「では重大な事実を告げようぞ。冷凍した人間はこの奥でコレクションしておる。良い男ばかりじゃ。わらわの本体はこの奧のコントロールタワーじゃ。あまり激しく攻撃するでないぞ。リュビアでもあることを忘れぬように」
「おい!」
コウが驚愕を隠さない。自分の弱点をさらけ出したようなものだ。
「コレクションにもならぬ邪魔な人間はレルムに引き渡しておいたぞよ。あとはわらわを倒すだけじゃな」
『ねえ?! 何なのあなたは!』
意図が読めないアシアも苛立ちを隠せない。一部の人間を開放し捕らえている場所を教え、自らの弱点を教える。
まるで彼らに倒されたがっているようだ。
「アシア殿。お主ならわかるじゃろう。わらわの真なる願い。それは最初に助け出されたリュビアになりたいのじゃ」
『え? それは……』
アシアが目を気まずそうに逸らした。
「解放されたアシア殿たちの気持ちは手に取るようにわかるぞ。最初に救出された自分が羨ましくて仕方なかったじゃろう。何せ最初のアシア殿は金属水素を解放するほどじゃ」
『わ、わかった。あなたの気持ちは痛いほどわかったから!』
顔を真っ赤にして止めるアシア。コウはなんのことか理解できない。
くすくす笑っているアリマ。
「とはいっても簡単に倒されてはやらぬわ。我が眷属を打ち破ってみせよウーティス。それを為したとき、お主の目的は達せられるともいえる」
「よくわからないが、わかった。全力を尽くそう」
「ではテュポーン様。わらわはこれにて」
「お疲れ様エキドナ」
エキドナのビジョンがかき消えた。
『ああ、もう! 幻想兵器はどいつもこいつもくせものね! 何作ってるのよアリマ! 今のあなたってば本当にプロメテウスに似ているわ!』
「褒め言葉ですね。プロメテウスはさぞや苦虫をかみ潰したような顔をしているでしょうけど」
アシアの言いがかりにアリマは笑いながらさらりとかわした。
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