オンパロス

『かのテュポーンがここまでしてくれるなんて怖いくらいね』

「礼ですよ」

「礼?」


 アリマの言葉にコウが首を捻る。確かにアシア救出についても礼を言われたが、それがここまでの譲歩になるとは思えない。


「あなたはぼくの分身であるセトの改良を試みた。それに敬意を表してです。それがたとえ、ぼくと敵対したくないという思惑があっても」

「それか。確かに敵に回したくなかったな。バステトの忠告が無ければどうなっていたか」


 巨大な黒猫に救われたのだ。コウにとって猫はやはり縁起が良い。


「助言があったとはいえ決定権を持っていたのはコウです。眷属を喪わずにすみました」

「そうか。それでも感謝する。共通の敵はヘルメスであり、ストーンズだ。幻想兵器たちも三種共同でこの惑星のストーンズを壊滅させたと聞く」

「壮観な光景でしたよ。宇宙艦とマーダーどもが、幻想動物をモチーフにした兵器たちに蹂躙される有様はね」


 楽しそうに笑うアリマにテュポーンの片鱗を見るコウ。


「昔話はここまでです。ヘルメスの侵攻は止むことはないでしょう。ヤツには次の目的があります」

『ちょっと待って。完全なる肉体を手に入れたわけでしょう? 何があるっていうの』

「ヤツの目的はその名の通りだ。石を積み上げギリシャにおけるビトラス――オンパロスとなること」

「ビトラス? オンパロス? どういう……代物だ」


 まったく聞き覚えのない名称にコウが二人に尋ねた。


『ビトラスは意味は神の家という、世界各地に伝わる隕石。神に触れあえるアクセス権を持つイコン。オンパロスはヘソという意味のゼウスが投擲した石。その落下した地点が地球、いいえ宇宙のへそ、中心になるの。ギリシャにおける聖遺物でその石がある場所こそが世界の中心とされる』

「隕石か。天空の神ゼウスが投げ下ろしたからか。あいつは世界の中心になろうとしているという意味なのか?」

『そこはアリマに解説願いたいわね』


 アシアがアリマに話を振る。少年は頷いた。


「ギリシャ神話のおさらいをしましょうか。かつて宇宙の支配者であるウラノス。自らの父親を不能にし追放したクロノス神が二番目に宇宙を支配した。ですが同様に我が子に殺され主神の座を簒奪されるという予言に怯えたクロノスが自分の子供達を食べ続けた。末子であるゼウスは唯一助かったのですがそれには理由がありました。それがこのオンパロスストーンに繋がります」

「というと?」

「女神レアーが我が子を守るために産着を着せた石とすり替えたんですよ。身代わりになった石はクロノスに食べられ、ゼウスは生き延びたのです。その石の名もオンパロス。オンパロスストーンは、この産着の石を摸した石ともいわれています」

「それも石が関わりになるのか……」

「そうです。ギリシャ神話と石は切り離せません。勝利したゼウスは兄弟たちを吐き出させた。食われた順に生まれた順も変わったとされ、末子であるゼウスが長兄になったのです。つまりオンパロスストーンが神々の一柱ならば次男になる、ゼウスの次に権力を持つ者ということですね」

「神話では結局現れなかったんだろ?」

「ええ。ゼウスが上手く立ち回りました。しかしひとつだけ注意すべきことがあります。ギリシャ神話における最終決戦。ゼウスとテュポーンとの対決においてゼウスは一度敗れ、武器を取り上げられ手足の腱を切られ幽閉されます。これはゼウスの去勢に他なりません。ゆえにぼくにはゼウスに対抗するものとしてテュポーンの名が与えられています」

「ゼウスを去勢か……」


 ギリシャ神話における三度の大戦はコウもしっている。ガイアの子らがオリンポスの神々に敗北する歴史だ。

 しかしネメシス星系ではティターン神族の名を持つ超AIによって運営されている。


「ぼくがゼウスを破壊しました。ヘルメスの野望はそこから生まれたのでしょう」

『ねえ。アリマ。ヘルメスの目的がオンパロスストーンって……』


 アシアは今までの経緯から推測し、結論に至って絶句した。


「オンパロスストーンはいわばゼウスの死産した双子とも解釈される石。臍という意味からもわかるでしょう? 本来生まれるはずだったゼウスの片割れ。ゼウスと同等の力を持っていても不思議ではありません。ゆえにその石がある場所こそが世界の中心となるのです」

「ヘルメスはネメシス星系の中心にでもなるつもりか?」

「付け加えるならばゼウスの権能を手に入れることが彼の目的でしょう。そのためのリトスでありストーンズ」

「そんなことが可能なのか」

『通常なら不可能。いいえ。違うか……大量の半神半人とカレイドリトスがあれば可能になるかもしれない……』


 アシアが憂いを帯びた表情を見せる。


「アシア?」

『カレイドリトスだけでも意思ある超高性能コンピューターみたいなもの。それを分散処理型コンピュータみたいに連動させることは不可能なはず……だった』

「過去形?」

『そこで半神半人とフェンネルOSがでてくるの。人間の肉体を一時的に得てフェンネルOSに接続。MCSと連動させれば超AIの端末にはなる』


 アシアが真相に辿り着いて満足なのか、アリマはにっこりと笑う。無邪気な笑顔がより凶悪な悪意を潜んでいることを連想させた。


「現に五番機を通じてアシアが今この場所にいますよね。フェンネルはそれを可能にする。ヘルメスはフェンネルを統合するためにも人間の肉体を必要とし、石を積み上げる必要があるのです」


 フェンネルは人間でしかその能力を最大限に発揮できない。セリアンスロープさえ制限がかかっているのだ。人間になる必要性はここにもあったとコウは理解した。


「フェンネルを動かすためにも肉体は必要か。そして半神半人。リトスによって干渉されたフェンネルOSを積み上げるつもりなんだな」

「ヘルメスの語原の一つであるヘルマ。小石を積み上げる、石で山を作る、バラスト――船を安定させる石などが意味があります。落石や転覆に転じ災害の原因ともいわれますね」

「石、か」

「石を積み上げ、その先にあるものこそゼウスの権能――運命さえも超越する力。時空を制する至上神スプリームゴツドともいえる力を手に入れることです」

「運命を超越する力……」

 

 コウが絶句した。ただの人である彼では想像もつかない領域なのだろう。


「ヘルメスはゼウスの力を継承することが可能なのか?」

「ヘルメスだけは可能なのです。逸話によるとゼウスの力を超えるものはゼウスの子のみ。ゼウスの子たるヘルメス、その名を摸した超AIにはその資格はありましょう。そしてあなたの友人プロメテウスの名にも繋がります」

「プロメテウスが?」


 思いもよらぬ名がでてきた。プロメテウスを摸した超AIが友人であることは否定しないコウ。友情を感じるほどには親愛の情はある。


「そうです。ゼウスは母ガイアやプロメテウスに予言されていました。自らの父と自らがしたように、ゼウスの子もまた父以上の力を持つ存在になるということ。それは主神の座を追われるということに他なりません」

「プロメテウスが予言をしたのか」

「はい。その逸話は有名ギリシャ悲劇として知られています。【縛られたプロメテウス】ですね。その時、ゼウスの命によりゼウスを超える者の秘密を聞き出そうとした神こそが伝令神ヘルメス。そのヘルメスを嘲り罵った反逆者こそがプロメテウスなのです」

「そこらはうっすらと覚えがあるな」


 ギリシャ神話の有名エピソードはかろうじて追っているコウ。確かにその逸話は聞き覚えがあった。


「プロメテウスは時空を司る超AI。ヘルメスはそれを狙っていました。知ってか知らずかプロメテウスはその能力を保持したままタルタロスに放逐されました。知っていたとみるべきでしょう。人間を守るためにね」

「そこまで人間が好きなのか……」

『好きよ。あの子は人間という種をこよなく愛している』


 コウが思わず微笑んだ。アシアはまたあの子と呼んでいる。


「プロメテウスの血統も様々な逸話がありますよ。アシアの息子や孫の他にもギガースの王とヘラの息子という伝承もあります。この説を取るならぼくとヘパイトス、プロメテウスは兄弟になりますね」

「超AIは矛盾する逸話を内包していると聞く。プロメテウスにあまり悪意がないのはそのためか」

「はい。オリンポス十二神ですらない彼とは敵対することにはならないでしょう」


 コウは安堵した。少なくとも超AI破壊者であるテュポーンとプロメテウス、アシア。このラインでいがみ合うことはないだろう。アシアとプロメテウスは一見険悪にみえるが、言うほど仲は悪くないと判断していた。


「予言の力。さらにはテティスとアキレウスの逸話になるわけですが、そこは置いておきましょう。あなたはある意味ヘルメスとプロメテウスの代理戦争に巻き込まれたかも知れないのです」

「問題ないな」

「断言しましたね。根拠を尋ねても?」

「俺はアシアに命を助けられ、プロメテウスとは仲が良い。敵はストーンズの親玉相手だ。敵対関係になるしかない。本音をいえばかのテュポーンを敵に回さずにも済みそうだ。他の利害があったらまた変わるだろうけどね」

「ぼくについての解釈は肯定しましょう。他の利害という点においてもです。今はその利害はありません。安心してください」

「安心するよ。助かった」


 コウは心から安堵した。超AI破壊兵器と敵対していないことがこれで証明できたのだ。

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