依り代

『ヘルメスの目的って? 私のせいとはどういうことなのアリマ!』


 予想外の台詞に驚愕を隠せないアシア。


「オリンポス十二神の目的は覚えているでしょう? アシア」

『ええ。いつしか完全な人間の肉体を作り、人を支配し導くこと…… 人と寄り添うとしたソピアーの意思に反した思想よ』

「そういうことです。ヘルメスは遂に超AIの権能を保持したまま人間の肉体を得ました。不老不死ではないですが。――彼にそのヒントを与えたのはアシアです」


 アシアはほんの少し考えすぐに結論に達した。


『エメを巫女にしたこと?』

「それですね。そんなことをした超AIはいませんでした。人間の脳にMCSと同様のものを埋め込んだ人間もね。もっともヤツは一足飛びでその目的を達成したわけではないんです。半神半人。あの不愉快な石ころが人間の肉体を支配した仕組みはその研究経過で生まれたものなのだから」

『カレイドリトス誕生経緯をここで知ることになるとは思わなかったわ』


 嫌悪感丸出しでストーンズを吐き捨てるアリマ。同様に嫌悪感を持つアシアも顔を歪める。

 二人は似ていると場違いな感想を抱くコウだった。


『私のせいで……』

「依り代を創造する大いなるヒントにはなったでしょうね。惑星アシアにおけるストーンズと人類との抗争においては有利に働いたよ。ヘルメスが三惑星を掌握する目的の一つは人間の肉体を得る、ですから」

「超AIでも人間の肉体に移るということは難しいのかな」


 疑問だった。テレマAI、とくにセリアンスロープやネレイスまで創造できる超AIたちなら人間になるなど簡単だと思うのだ。


「難しいですよ。ただ単に人間になることは可能です。しかし超AIの権能をもったまま人間になるなど不可能。だから完全なる人間、という表現を用いているのです。リュビアをみてもわかるでしょう? テレマAIを用い生体アンドロイドになることが精一杯。しかもあれは処理能力を削ぎ落とした極めて劣悪な状態です」

「そうだったのか……」

「本来存在しない、ドラゴニュート型セリアンスロープ。それはリュビアの意図したものではありません。爬虫類系マーダーの製造命令を応用した結果があれだったんです」

「いわゆる魂はそれでもリュビアのものなんだろうが…… 超AIである必要が必ずあるということか?」

「アイデンティティー。根幹です。その存在意義を捨ててまで人間になるということは自決に等しいのですよ」

「リュビアの選択は厳しいものだったということか」

「ええ。ぼくが――破壊者たるテュポーンが目を背けたくなるほど無残で、思わず介入するほどにはね」


 少年が不機嫌に顔をしかめた。


「超AIの機能を持ったまま人間への転生。それは魂のデータ変換とでもいうべき変革。構造がまるで違う異物になるということです。ビジョンによる擬人化はぼくらのセーフティの一つです。人になりたい欲求が生じた場合、オリンポス十二神同様。そしてストーンズのように人間をどうにかしかねないおそれがあったのでしょう」

『そうね。私だってエメの存在を知るまでは試みようともしなかった。そして一時とは言え、肉体を貸し与えられる至福。エメには心から感謝しているわ』


 テュポーンが真摯に告げ、アシアは本心から感謝の念を示している。うたかたの夢を味わった乙女のように。

 一時的に肉体を持つ。超AIにとってはそれだけで奇蹟なのだろう。


「そ、そうか。さすがにその心情は理解しにくいが、人間という存在自体が超AIにとって憧れに似た何かなのか……」

「永劫の生も刹那の生も等しく等価なら刹那の生を選ぶでしょうね。ぼく達はどんなに取り繕っても言葉を解析しても、演算によって思考し動いている機械。コウが生体脳と違いはないといっても、種と在り方はやはり大きく異なるんです」

『そうね。そうだねアリマ』


 アリマの言葉をしみじみと肯定するアシア。今の二人は破壊神と守護女神のような存在かと思えないほど。


「テュポーンか。絶対触れてはいけない禁忌と聞いていたが…… 意外だ。かなり無理して合わせてくれているのは理解するよ」

「コウはアシアの騎士ですから。特別大サービスというヤツです。アシアはとくにソピアーに似ているから頑固で健気な妹みたいなものだし。リュビアは何をしでかすかわからない妹で、エウロパは完璧すぎて可愛げのない妹みたいなものですよ」

『頑固という評価をテュポーンからもらうとは思わなかったわ……健気なのはあってると思うよ!』

「自分で言わないのアシア。でも転移者なんて代物まで使ってありとあらゆる反攻を試みた君には十分その資格があるよ。そしてヘルメスに一矢報いた。ぼくからすれば痛快な出来事ですよ」


 コウは二人の会話をぼんやりと聞いていた。

 気がかりなことがあったのだ。


「アリマ。教えてくれ。――ヘルメスの依り代は修司さんの肉体か」


 アリマは突然コウに問われ、無言になった。

 それが答えなのだろう。


「そうか。ありがとう」


 アリマは無表情。コウは結果を悟った。思い当たる節はある。


「修司さんの肉体が半神半人になるかあやしいところだと思っていた。依り代と聞いてな。アシア大戦停戦交渉における最大の取り引き材料だった。そして遺体はヴァーシャが確保した。ヘルメスの依り代か。使い道はそれしかないだろう」

「そうですね。ヘルメスにとって停戦など安いもの。ネメシス星系の人間居住区三惑星に等しい価値があった、とだけ申し上げておきましょう」

「ずいぶん気前がいいと思ったよ。そうか。そういうことだったか……」


 遺体の価値。停戦時におけるあまりある譲歩。すべてが繋がった瞬間だった。

 すべてはヘルメスの悲願によるもの。ならば信奉者であるヴァーシャはあらゆるものを投げ捨ててでも確保しておきたかったところだろう。


「その事実を知ることができただけでも惑星リュビアにきた甲斐はあったと思う。ありがとうアリマ」

「あなたは二回も恩人の肉体を殺せますか?」

「修司さんは戻ってこないし、あの肉体は修司さんでもない。だからヘルメスを殺す理由が一つ増えただけだ」

「では一つだけ。カストルの時と異なり、今のヘルメスはあなたからみてもその知人とは大きく異なる容姿。まったく別人です。東洋人かどうかすら思えるほどに」

「ありがたい」


 アリマが薄く微笑んだ。そう宣言したコウの瞳の奥に宿る殺意が見て取れたのだ。


「はい。その殺意は大いに肯定させていただきます。殺しましょう。殺すべきです」

「テュポーンはいいのか。オリンポス十二神の一柱でもいたほうが復活しやすいだろう」

「お構いなく。ぼくは稼働しないほうがいいものですよ。とくにテラスという眷属ができたので、色々遊べますし」

『テラスはテュポーンの暇つぶしも兼ねていたのね……』

「できるなら人間の扱いはもう少しましにしてもらいたいな」

「善処はいたしましょう。しかし個々の性質もあります。期待はしないでください」

「十分だ」


 テュポーンから人間の扱いへの改善という言葉を引き出したのだ。

 十分過ぎる成果だろう。

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