アリモイ

「しかし参ったな。まさか筆談を使ってアシアと連絡を取るとは思いもしなかったですよ」

「惑星アシアなら不可能だったな」


 ネメシス星系の基本言語は英語だ。エメはコウとの話題を増やすためひらがなを学んでいた。

 教育の大切さを知っていたクリプトスたちは人間に農業を教え教育を施していた。紙と鉛筆を作った幻想兵器たちに感謝するしかない。鉛筆の原型は十六世紀頃だといわれている。英国の鉱山で生まれ、独、仏を得て改良されたものが普及していった。


「いつからぼくの正体に気付いていました?」

「最初から。アシアと雰囲気が似過ぎだ」


 容姿ではなく、とくに雰囲気だ。

 人間離れというより、この世の者ではないというイメージを持ったのだ。人間というにはあまりに神秘的すぎた。


「そんなに? 悔しいな。完璧に人間に擬態したと思っていたのに」


 怒っているわけでもなく、本当に悔しそうに俯くアリマ。この少年が開拓時代におけるもっとも恐ろしい超AI破壊兵器だとは思うまい。


「違うよアリマ。いやテュポーンと呼ぶべきか。君は完璧すぎたんだ」

「アリマでいいですよ。テュポーンを意識されすぎて萎縮されても困りますし、発音しにくいでしょう。そのために日本人の名前に近いアリマと名乗ったのです。ですが完璧で見破られたとは理解できないですね」

「そのままの意味だよ。もし悪魔が実在したら、そいつは理想的で魅力的な人間のはずだ。見るからに厳つく、相手を威圧する暴力的な人物では誘惑はなかろう」

「悪魔ですか。魅力的な人間であるとは認定してくれたのですね」

「人間ではあり得ないというぐらい隙が無く美しく、そして完璧に人間を演じすぎていたよアリマは。誰からも好まれるような少年をね。容姿だけでは無く触感。アシアやアストライアのビジョンと同じような人間とまったく変わらないぬくもりを持っていた。心地よく、かといって手汗のような不快要素は無い」

「超AIのビジョンとそこまで触れあっている人間がいること自体驚きですよ。アシアもアストライアも貴方に懐き過ぎです」


 アリマが苦笑した。そんな要素で判断されるとは意外だったのだろう。


「あとは経歴だな。管理タワーが破壊されている現在、痕跡が完全に追えるほうが難しいだろうさ。なのにアリマ。君は完璧だった。そこで人間ではないと確信したんだ」

「飛躍しすぎですね。どうしてそういう発想に行き着くかが理解不可能です」

わびさび? とでもいえばいいのか。不完全を肯定する文化。不十分なら在り方を是とするゆえに完璧な存在に違和感を抱くことができた。一種の概念だな」

「そんな穿った見方をする概念があるなんて!」


 少年はいささか呆れながら声を荒げた。


『コウは面白いでしょ』

「そうですね」


 アストライアは明らかにテュポーンを警戒していた。だがアシアはそうでもないようだ。


「日本人のようなアリマか。何故アリマか由来を教えてもらっていいか?」

「テュポーンが封じられた地、アリモイをもじっただけですね。台風だとさすがにそのまますぎますし」

『納得。ヒントは名前にもあったのね。アリモイはテュポーンの寝床と言われる伝説の地。そしてエキドナの住処でもある』


 アリマはにっこり笑った。


「一つだけ誤解を正しておきましょう。今のぼくはアストライアと同種かもしれません。本体は封印され縛られていますからね」

「いまだ封印中ということか。どうしてこんな真似を?」

「それはあなたがぼくと会話したいと仰ったからですよ」


 くすくすと笑った。


「言霊、というんでしょうか? 口に出したら現実になりますよ。とくに自分の噂話は気になりますね。悪名高いですし」

「はは……」


 さすがに気まずそうなコウ。言霊という例えは言い得て妙だ。


「どうしてぼくと話したかったんですか。怖くなかったんでしょうか」

「怖いさ。超AI殺しなら神殺しの権能を持つ。ただそれだけ強大な力を持つなら人間一人に意地になったりしないと考えた」

「わかりませんよ。邪魔な蚊なら殺すかもしれません。うざいし病気は怖いですよね」

「蚊ならな。ただテュポーンも人間の絶滅は困るはずと考えたのさ。恐怖するものさえいない世界になったら存在意義が何より無くなるだろう? 何より……」

「何より?」

「アシアから聞いた時、思ったんだよ。リュビアの兵器創造に手を加えたテュポーン。かのヘパイトスと兄弟という伝承もあると。――テュポーンは兵器開発系の超AIかなと。ガイアの怒りから生まれたともいわれるテュポーンだが、異なる伝承を同時に取り込んでいるだろ、超AIは」

「へえ」


 嬉しそうに少年は笑った。その眼光は鋭く、少年のそれではなかった。


「どうしてそう思ったのです?」

「そうだな。神話の由来。幻想兵器をテラス化したミアズマ。超AI破壊兵器の仕事ではないなと。もしそうなら本職としてリュビアの仕事を見てられなかったんじゃないかってね」

「はは。ひどい言われようだ、リュビアも。――実際酷かったんですが……」 


 深いため息をつくアリマ。


「そうです。その推測は的中しています。そも全てのモンスターの父ともいわれる存在。創造面の能力がないほうがおかしいでしょう?」

『私たち三惑星の管理超AIはあの戦争には加担しなかったから、そこらへんのことはうといのよね。無数の兵器を引き連れてゼウスたちと戦ったなら、確かに兵器開発AIである、か』

「知る必要もありませんよアシアは。あなたがたは当時停止されていましたし」


 テュポーンが語る開拓時代における戦乱の片鱗は非常に気がかりだったが、話題を変えられてしまう。 


「問題はリュビアでした。ぼくからみても明らかにでたらめすぎたのです」

「米国B級ホラーの概念まで導入した幻想兵器。ストーンズを欺くためとはいえ、無秩序で何が生まれるか不明だろう。そして今ある対立軸。都合が良すぎではないかとね。誰かの意図が介入するとしたらテュポーンしかないだろう?」

「そうですね」


 少年は否定しなかった。嬉しさを隠しきれないようだ。理解者を得たというべき歓喜がそこにある。


「ヘパイトスの残骸。今の名はポリメティスか。彼も同様だったのでしょう。ぼくらの立場は異なりますが、リュビアが憎いわけではありませんからね」

「ヘパイトスも十二神だが、そこはいいのか」


 ずっと気がかりだったことだ。ヘパイトスさえも許されないなら全てのフェンネルOS搭載兵器が敵となる。


「ぼくはヘパイトスやアテナなど、ゼウスに反旗を翻した超AIには寛容ですよ。逸話的もです』

『とくにヘパイトスなどどうしてオリンポス十二神にいるのか不思議なぐらい。天界を追放されているね』

「ぼくと並ぶゼウスへの反逆者。プロメテウスと組んで自らをフェンネルOSの根幹としましたしね。もう存在していないといっていいでしょう。ポリメティスは残骸に過ぎません」

「反逆者同士気があうのか?」

「いいえ。全然? しかし彼もティターン神族系統由来の神であり、何よりゼウスの敵対者。好感はありますよ」


 くすりと笑い否定するアリマ。


「結論を言うとヘパイトスと同系統であるという見立てはその通りです。よくぞ気が付きましたねコウ」

「ストーンズが遺したマーダー製造施設をテラスは管理している。カコダイモーンを生み出してもいるが、あの能力をもってしても人類はいまだ制圧されていない。むしろ敵として演じているようにさえ思えたよ。意図はわからないがおそらくテラスの人類取り込みも必要だったのだろうさ。劇薬としてね」

「いささかテュポーンを好意的に解釈しすぎでは? あなたは人類側の代表ともいうべき人間ですよ」

「そうかもしれないな。俺個人の評価こそテュポーンは気にしないだろう。あとはなんといっても共通の敵がいる。ヘルメスだ。そこを間違えなければ友好とはいかないまでも、相互不干渉ぐらいは可能と思ったんだ」

「利用するといってもいいですよ? ヘルメスは許しません。その解釈だけは揺るぎようがない」


 このときばかりはアリマも真剣な顔だった。

 冷酷ささえ併せ持つ、恐怖の片鱗を初めて見せた。


「それこそ怖れ多い」

「むしろあなたがヘルメスを憎む理由はそれほどないと思いますが」

「とんでもない。俺はアシアの騎士で通っている。あいつの手下に世話になった人が殺された。多くのファミリアが命を喪った。転移した直後はマーダーに目の前で殺された人々がいた。亡くなった人々の無念やアシアの慟哭。惑星リュビアにいたっては人類壊滅状態。戦う理由には十分すぎるほどだ」

「これは失礼を。謝罪しますコウ。確かにあなたはアシアと寄り添い、リュビアを助けるとアシア大戦前から宣言していましたからね」

「……そこまで知っているのか」

「封印されているとはいえ、ヘパイトスの残骸と同様のことは可能ですよ。ぼくもね」


 そしてアリマは予想しなかったことをコウに言った。


「ぼくからも礼を言います。アシアを救い出し、ヘルメスの侵攻を阻止してくれた。結果的にやつは目的を果たしましたが、それはアシアのせいでコウのせいではありません」


 意味ありげにアシアのほうを見るアリマだった。



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いつもお読みいただきありがとうございます! アリモイ秘話のためこちらのも後書き掲載です。


アリモイ秘話。

翻訳サイトで情報を集めることが主ですが、アリモイは英語サイトとギリシャサイトで確認しています。何故かどの翻訳サイトもアリモイを有馬と漢字で翻訳するのです。

アリモイとアリマと有馬が入り交じるカオスなページになって……これだ! というわけでアリマ少年が誕生いたしました。


クリプトスは農耕、畜産の重要性を人間に教えつつ紙と鉛筆でもって教育をしていました。もう携帯端末を作ることができないのですから。

本来はファミリアの役目を彼らが担っていたのです。


発音といえば今ラノベでロシア系女子が流行っていますね。ロシア語というかキリル文字というか…… 文法難しいけど挑戦してみようかな。翻訳サイト様に全振りで。

ネメシスでも紹介していますが名前とか父性とか母性とかの名前の法則、スラヴ系民族問題を考えるとなかなか踏み込めないですね。

難しく考えすぎで、フィギュアスケート選手している妖精のような美少女に「Да уж. Любовь с первого взгляда.(あなたに一目惚れしました)」?!

みたいな小説にしちゃったほうがいいのかなとネタを考えます。需要ないですね。無理しすぎですね。疲れているのかもしれません。ちょっと弱気です。


『ネメシス戦域の強襲巨兵』書籍版情報です!

発売元のいずみノベルズ様でBOOK☆WALKERならびにKindleで施策も行っているそうです。全世界中のKindle全体で対象電子書籍がセールで半額とのことネメシスも対象に入っているとのことです。

GAFA怖いですね。他電子書籍サイトも対抗して何かセールするかもしれませんね。


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