アステカ神話
「入り口があるはずだ。――誘導もな」
果たしてコウの予想通り、五番機が誘導信号を受信する。
これは惑星アシアの封印区画と同様の仕組みだった。
「言った傍からだろ?」
「何が起きるかわかっているみたいな口ぶりですね」
「そうでもない。何もかも試行錯誤だ。楽しいぞ」
五番機周辺の地形ががらりと変わり通路となった。
カモフラージュの光学迷彩だったようだ。
「察しがついているようにしか思えないんですが」
「相手は俺にだけ用があるのだろう」
「相手?」
「おそらく誰かの来訪を待っているのだろう。アーサーたちと同じようにね。意図はわからない」
少年の表情が憂いを帯びる。
「そんな…… ぼくのせいでコウが危険な場所におびき出されるなんて」
「君のせいじゃないさ」
大した役者だと思うが推測が当たっているなら当然だろう。少年に動揺はないはずだ。
「俺が惑星リュビアに来訪しなければならなかった、おそらくもう一つの理由がこの先にある」
通路をまっすぐに進む。
今までの遺跡とは違い、威圧感さえ感じる遺跡だった。
「確かに封印区画だな。これ以上は危険だ」
アシアが自己封印されていた封印区画や、誰も知らない工廠だったシルエットベース地下工廠やレルムとはまた違う。
一種の禁足地。人間が立ち入ってはならない場所。
「似ているな」
「何にですか?」
興味津々といった感じで背後からアリマが尋ねる。
「おそらくは神聖な場所だな」
「ぼくには恐怖さえ感じます」
「神性というものはそういうものだろう。俺にもよくわかっていないけどね」
会話している間も五番機は進む。
「場所は…… 意外だ。レルムと近いな。エトナ中心部あたりか」
「エトナの中心部……」
「はは。テュポーンがいるかもな」
コウは珍しく笑った。肝試しにいくような気楽さえあった。
「コウはテュポーンが怖くないんですか?」
「怖いよ。俺はアストライア、アシア、プロメテウスを知っている。その超AIたちが畏怖する超AI殺しのテュポーン。怖いに決まっている」
「ならどうして!」
「そんな超AI殺しが俺を邪魔だと思っているなら惑星リュビア到着前にとっくに殺しているだろう? 人間が自分の体のなかにいるミトコンドリアを意識せず生活しているように、テュポーンも人間をいちいち意識していないだろう」
「コウはおかしいです。人間をミトコンドリアに例えるなんて」
「テュポーンにとっても人間は必要だからな。意識はしていなくても自分を成立させるためには人間は必要だろう。ただ……」
「ただ?」
「アシアは二十億年の孤独といっていた。テュポーンも話し相手ぐらい欲しいんじゃないかなってふと思ったんだよ。体内にいるミトコンドリアとはいえね」
「話し相手、ですか」
アリマは沈黙した。コウは気にせず先を進んだ。
「セトを破壊しなかったのも?」
「バステトがいなかったら破壊していただろうな。テュポーンにはダメ元で願い事。いや頼みたいこともあるしね」
「テュポーンに頼み事を!」
アリマはさすがに驚愕を隠さなかった。怖れ多いとも思える発言。
「どんな願いがあるというのです。彼は決して人間の味方ではありませんよ」
「ヘルメスを倒す」
コウははっきりといった。
「ヘルメスを倒し、ストーンズを滅亡させる。手助けしてくれとはいわないさ。封印されているんだからな。ただ邪魔はしないでくれ、という願いぐらいは聞いてくれるだろう」
「それは…… そうかもしれませんね。そのあとは?」
「わからん。人間同士が覇権を争って殺し合う世界かもな。アリマはどう思う? 石ころに体を乗っ取られるのとどっちがいいかな?」
「それは人間の意思で未来を拓くほうが…… それがどんな未来でも」
「だろ? ストーンズはいわば現世にすがりついている死者だ。それを操っているヘルメスもネメシス戦域から退場させる」
コウは言葉を選びながら続けた。
「あまりに都合の良い解釈は危険だけどね。テラスが人間、とくに半神半人を取り込んだ意図も最初は半神半人に奪われた構築技士の肉体を解放することじゃないかと。テラスの性能向上はその報酬。だがいつしかそれが目的になってしまい、普通の人まで取り込むようになってしまったんじゃないかと推測している」
「……」
「テラスを倒した。ヴリトラもセトも。だがテュポーンからの接触はない。興味ないのか、それ以外に理由があるのか。そこは知りたいな」
「そうですか」
五番機は停止する。
巨大な扉が眼前にある。
「おしゃべりはここまでだ。この先に何があるのか。いくぞアリマ」
「はい!」
扉が徐々に開き始めた。
扉の向こうにはヘパイトスの残骸があった場所を思わせる、神殿のような構造。巨大宇宙艦が何隻入るだろうか、とコウが思ったほどだ。
広大な空間に、かつて何が存在していたか、推測も不可能だ。今は何もない。わずかに発光している天井と、金属で出来た床が地平線まで広がっている。
「シルエットサイズで地平線が見えない、か。十キロ以上あるということか」
「何もなさそうですね……」
コウの呟きにアリマが応える。
「あれは……」
かなり離れた場所にぽつんとした影を見つけた。
シルエットの残骸が不自然に置いてある。黒曜石で作られた彫像のように光沢のある漆黒の機体だ。頭部は存在せず、右脚部も破損している。
向こうも五番機に気が付いたのか、幽鬼のように立ち上がる。破損した右脚部は蛇のような構造。異形ともいうべきこの姿は幻想兵器だろう。
「……」
「どうしました?」
笑っているコウに怪訝そうなアリマ。
「不自然だなってね。俺が来ることがわかっていたみたいじゃないか。こんな広大な空間に、たった一つの残骸だけ」
「それは……」
気まずそうになる少年に、コウは話し掛ける。
「君が気にするな。あれはおそらく残骸じゃない。アナザーレベル・シルエットがもとのテラスだろう。――アシア。あの姿。何か類似する伝承はあるか?」
『あるよ』
可愛らしい少女の声がMCS内に響く。
「アシアだって!」
アリマが驚愕している。
「通信が遮断されているからな。ただし五番機とアシアは別だ」
エメとの筆談。それはアシアと確実に連絡を取るため。アシアの巫女たるエメなら思念だけで連絡が取れる。
そして今や五番機はアシア救出のキーとなっている。超AIであるアシアのプログラムは五番機経由で各地へ転送されている。アシアとの繋がりがもっとも深いシルエットだ。
コウが予想した相手なら通信が遮断されることは読めていた。
アストライアとモーガン以上の処理能力を持つAIなら、干渉され判明する怖れがあったのだ。
『そういうことね。私とコウは絆で結ばれているからね! よろしくね、アリマ君』
一瞬何か言いたそうな表情をするコウだったが、無言を貫き通す。肯定した感だ。
「……は、はい。よろしくお願いします」
アシアが悪戯っぽく笑う。
「どんなのだろう。蛇に斧とか悪魔由来かな?」
『あの形状。思いっきり厄介そうな神様由来だよ。首なしで武器は斧。アステカの神。ヨナルデパズトーリ。夜の金属、そして斧という意味を持つわ。首無しの悪魔であり神。テスカトリポカというアステカ神話における主神の一人、その
「強そうだな」
『とくに右脚部が蛇体のようでしょ? その部分はテスカトリポカ神の特徴なの。つまり化身という伝承を継承していると思っていいわ』
「シルエットサイズで神レベルの名をもつ幻想兵器か」
『それだけ絶大な力を有しているということ』
まだ相手は移動を開始しない。
どのような手段で攻撃してくるか皆目見当がつかない。
『五番機が斬り倒したワニ型幻想兵器がいたでしょ。アステカ文明の神話では人類が誕生する前、二足歩行のワニが世界を支配していたの。テスカトリポカは自らの脚を餌として犠牲にし、そのワニを退治した。そしてもう一人の主神であるケツアルコアトルと世界を創造したの』
「あのテルキネスもどきにも意味があったということか」
『幻想兵器ならではね。彼らは目の前にいる幻想兵器の支配下だったともいえる。油断しちゃだめ』
「了解だ。アシア」
バックパックからDライフルを取り出し、警戒する。
ヨナルデパズトーリが動き出す様子は見せなかった。
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