我が使命

 中央に鎮座しているシルエットが僅かに動いた。

 立ち上がったようだ。


「君は話せるのか」


 その様子を見て、コウが問いかけた。


『ウーティス。対話を希望か』


 目標から回答があった。首がない存在からの声には違和感を覚えるところだったが、自分の存在を把握していることは想定していたコウに驚きはない。


「そうだ。俺はこの場所に呼ばれたと思っているが」

『汝がこの地に来訪せしは必然』


 古めかしい言い方だが、悪意などは感じない。


「君はテラスなのか」

『否。しかりて幻想兵器と同様、意思が与えられた』

「幻想兵器と同様、か」

 

 コウの予感が確信に変わった瞬間だった。


 幻想兵器の存在を知っているということは、彼が普及以降の存在には違いない。


『我が使命は汝の打倒。勝負を所望する』

「戦う前提か」

『そうだ。幻想兵器のテラスと同様、手加減は無用』


 コウの心が沸き立つ。もっと違う形で出会いたかったと思った。

 

『さあ。見せてくれ。アシアの騎士よ。いざ尋常に』


 俺は幻想兵器たちにまでアシアの騎士と認識されているのか。その事実に戦慄するコウであったが気を取り直す。

 おそらく勝負は一瞬で決まると断じるコウ。


「応とも。いざ尋常に」


 五番機は腰を落とし、柄に手をかける。

 ゆらめくような威圧を放つヨナルデパズトーリだった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 五番機の装甲表面が爆発する。

 その瞬間、五番機とヨナルデパズトーリが相対する中心で爆発が発生した。


 極光が生じ、極彩色の光が乱舞する。炸薬から生じる爆炎とはまったく異なる現象だった。


「陽電子砲を……防ぐなんて……!」


 アリマが絶句し、信じられないものをみるかのように呟く。

 五番機はすでに加速に入っており、輝くプラズマのなかを疾走している。


「そこは相手が陽電子砲を使ったことに対し驚くところだぞアリマ。よくわかったな?」


 珍しくからかうように話し掛けるコウ。


「……」


 バツが悪そうに黙り込むアリマ。

 陽電子砲であったことを見抜いたことをコウは問うているのだ。


「初手の対陽電子装甲は功を奏した。あとは俺の業次第だ」


 煌めく爆風のなかから五番機が飛び出す。一瞬にして間合いを詰めたのだ。


 ヨナルデパズトーリが待ち構えている。巨大な斧を振るうが、五番機はわずかに身を逸らすだけでその斬撃を回避した。


「近い!」


 アリマが思わず叫ぶ。五番機は腰を落としヨナルデパズトーリの懐に入り込む。だかあまりにも懐の中に入りすぎている。これでは抜刀もできまい。


 五番機は抜刀する――柄を撃ち出すように。刀は抜ききってはいない。

 ヨナルデパズトーリは衝撃を殺しきれずくの字に身をよじらせた。


「弱点は……」


 コウの視線の先にあるのは右脚部代わりに蛇体部分。


「そこだ」


 この部位はアナザーレベル・シルエットの装甲ではない。ミアズマによる復元部分。


 居合いの柄を撃ち込む衝撃でノックバックを発生させ、姿勢を崩し後退したヨナルデパズトーリの大腿部を斬り飛ばす。

 バランスを崩したヨナルデパズトーリは転倒し、動きを停止した。

 

「装甲は硬くても衝撃は殺せない、か。そして修復部分を。そう来るか……」


 冷静に分析するアリマ。


「斧は小回りが効かない。その点において刀は有利だが破壊力は向こうが遙かに上だ」

「一度でも斬られたら即死ですよ!」

「だろうな。だがパイロットがいない幻想兵器は性能がやや落ちる。反応が鈍るのだろう。武器の斧といい運動性を犠牲にしすぎたな」


 アウラールもアーサーも契約者を欲した。テラスは人間を取り込んだ。

 それはMCSにおける仕様の延長上に他ならない。


「……MCSと幻想兵器の特性。そこまで把握して戦ったのですか」

「そうだ。君もよく知っているだろう?」


 MCSは人間の能力を拡張させる。五感、そして六感さえも。コウは以前MCSは人間拡張工学の究極系と評した。

 幻想兵器もそのルールに則っているに過ぎない。その元となる人間がいなければ本来の性能は発揮できないのだ。


「そうですね。シルエットはそうできています。幻想兵器もおそらくそうなのでしょう」

『そろそろ演技も面倒臭くなった頃合いかな? 正体を現したら?』


 アシアが悪戯っぽくアリマに問いかける。


「なんのことかわかりませんね」


 少年は小首を傾げてアシアに返答する。少々あざといなと内心思うコウだった。


 五番機は剣先をヨナルデパズトーリに突きつける。


『見事だ。ウーティス』


 敗北を認めたヨナルデパズトーリは、抵抗する様子はない。


『初撃で決着をつけるつもりであった。あの攻撃を防がれてはもとより勝ち目はないだろう。アナザーレベル・シルエットとの戦闘経験があるとしか思えぬ』

「戦ったことはない。修復は行った」


 アーサーとバステト。この二種の幻想兵器に遭遇した成果でもある。

 装甲材は現行のシルエットより薄く、そして重量があった。


『道理である。最適な攻撃だった』


 率直に感嘆の言葉を上げるヨナルデパズトーリであった。


「技術が制限されている現在の超AIでは生成を許さない超密度物質だ。アナザーレベル・シルエットの装甲は惑星間戦争時代の技術でも貫通は難しいと聞く。持久戦に持ち込まれたら即座に終わる」

『この斧で何ができるというのだ。契約者のいない我の運動性能は現行の作業用シルエットと大差ない』

「まだやれるだろう」

『十分であろう。我の目的は達した』


 そう告げたのち、ヨナルデパズトーリは完全に停止した。

 コウが勝利することも、自身が敗北することも全ては予定調和だと受け入れているかの如く。

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