魔境

 エメとの相談事が終わった。エメは楽しそうにコウと紙やペンで書き物をしている。

 惑星リュビアには鉛筆やペン文化がクリプトスによって再現されていたのだ。


「頼んだよエメ」

「うん。任せて」


 エメに頼み事を伝え終えたコウは五番機に向かい乗り込んでいた。


「ではアストライア。いってくる」


 五番機もすでに整備済み。新しい追加装甲と孤月用の鞘をアルゲースから受け取った。

 見た目や形状はそのままラニウスC強襲飛行型用の追加装甲だ。

 

 色合いや光沢が若干違うものの気付くものは少ないだろう。

 

『私でさえ詳細を知らされない隠密行動は反対したいのです。くれぐれもご注意を』

「わかっている」


 五番機で行動する以上、アストライアには報告する必要があった。

 コウは理由は言わなかった。重要な極秘任務。それだけ言えばアストライアは追求しない。事前に報告することが大事なのだ。


『あやしい情報ではあります。アナザーレベル・シルエット類の補修部品などと』

「モーガンから聞いたのか」


 アストライアには隠密行動の必要性があるとしか告げていなかった。


『はい。その可能性を問われました。何らかの策謀であると推測していると回答いたしました』

「そうだろうな。俺も半信半疑だ。だから俺とアリマでいってくる」

『アリマという少年についてですが。生体スキャンには問題ありません。しかし』

「しかし?」

『いいえ。杞憂です。居住記録も一切あやしいところはありません』

「そうだろうな」


 コウの推測は確信に至る。


「素性は完璧なはずだ。ではいってくる」

『ご武運を』


 五番機は居住区へ向かう。アリマと合流し、謎の遺跡へ向かうのだ。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 アリマを後部座席に乗せ、五番機は指定された地点に向かう。


「アストライア、及びレルムと接続遮断か」


 途中でアストライア、モーガンとのリンクが切断された。レルムへ侵入したときと同じ現象だ。


「引き返しますか?」

「いいや。このまま向かうよ。すでに一度体験済みだ」


 あの時はアシアがいた。今はいない。それだけに慎重な行動が要求される。


「く!」

 

 コウが警報に気付き五番機にすかさず回避行動を取らせる。

 レバーを前に倒し、ペダルべた踏みの最大加速。


 被弾アラームが鳴る。これはレーザー照射だ。サポートされた六感を駆使してもレーザーは回避できるものではない。

 照射を振り切り、低速飛行に移る。


「レルムのときは違うな。まだ防衛網が生きているのか。――面白い」

「大丈夫なんですか!?」

「演技くさいぞアリマ。いける。敵も本気じゃない。開拓時代の技術はこんなものでは済まないはずだ」


 いわゆる一種の警告射撃の類いなのだろうとコウは判断する。

 一瞬で溶けるということはないだろうが、大出力レーザー砲程度の威力。今の五番機ならすぐに照射を振り切れば問題ない。


「完全に砲塔が隠蔽されているな。いや、最初からそんなものはないか」


 超技術の兵器に砲塔が存在するなどという考えが固定観念なのだろう。

 破壊しようにも捜索している時間もない。


「目標地点はそう遠くないな」

「もともとはこの場所も要塞エリア跡地でした」


 アリマの指示した地点はエトナ山から少し離れた場所にある。

 千キロぐらいであろうか。五番機ならすぐだ。


「敵が多いな。この数はアイドロンではないな」


 五番機のセンサーが数多くの敵影を捕捉する。

 高度を徐々に落とし、森林に着地した。


 木々を縫うように疾走する五番機は敵影を捉える。


「あの姿は…… 二足歩行のワニ?」

「ワニ人間が伝承のテラスか」


 アリマの呟きにコウが応える。アストライアがいればワニはかつて二足歩行していた種も存在していたと教えてくれるだろう。


「哨戒中か。武装は槍のみ。見つからずに潜入は難しそうだ」


 コウはしばし思案し、結論をだす。


「斬る。強かったら引き返そう」

「わかりました」


 あっさりした結論にあっさりした応答だった。


 五番機は森陰から姿を現し、ワニ人間型のテラスを横斬りに斬りかかる。テラスは胴体から一刀両断された。


「これは……」


 絶句するコウ。しかし操縦は休まず五番機は群がるワニ人間型テラスを次々と斬り倒す。殺陣のようだ。


「強い!」


 感嘆するアリマにコウが苦笑しながら否定する。


「違う。こいつらが弱いんだ。おそらく元の兵器はマーダー。テルキネスだろう」


 かつて苦戦した相手であり、昆虫型の兵器と違い、歩兵代わりに使われていたもの。

 AI性能はMCSに大きく劣る。


「マーダー? では現行の兵器を改造したということですか」

「そうだ。惑星アシアでは型遅れになり見なくなったが…… 最初期に制圧された惑星リュビアでは現役だったのだろう」


 ストーンズ側の軍隊アルゴナウタイ全体がシルエット運用を開始した今、テルキネスは旧式兵器に過ぎない。ストーンズ側もテルキネスを生産するラインを新世代シルエットに回している。


「この一帯は全滅させた。その先か」


 十機以上いたテラスを斬り伏せた五番機は先に向かう。

 高次元投射装甲とはいえ旧式の装甲材。電孤刀で易々と切断できた。


「それでもこの数を……」


 五番機。このラニウスは射撃武器さえ使っていないのだ。

 瞬殺無音ともいうべき早業。シルエットの動きとは思えない。


「フェンネルを搭載していないテルキネスの限界が、そのままこのワニ人間型テラスの限界だったということだな。これぐらい可能なシルエットもパイロットはまだまだいるさ」


 鷹羽兵衛、黒瀬、クルトあたりはコウと同等の動きが可能だろう。そしておそらくヴァーシャやバルドもだ。


「魔境ですか。惑星アシアは!」

「まだ知らない強者は山ほどいるさ。それよりも幻想兵器が闊歩する惑星リュビアのほうがよっぽど魔境だと思うな」


 ことなげもなく言うコウに、ただただ驚くアリマだった。

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