想定外を想定するということ

 フラックを連れて移動した先は惑星リュビアの人々が集う場所だった。

 現在移住している住人はまだ一部。住み慣れた要塞エリア跡地を離れることを否とする人々が予想以上に多かったことが要因だ。


「みんなここに来ればいいのになあ」

「定住するということは、土地に思い入れがあるからな。アンダーグラウンド・フォースにいたフラックたちが移動に慣れているだけだよ」

「そんなものかな? ああ、でもシルエットベースから引っ越せと言われたら嫌だな」

「そういうこと。俺もあの場所が今や故郷だからな。今この場所にいる人たちは、惑星リュビアを守るため、ひいては自分たちの故郷を守るために戦うことを決意した人だよ」

「そうだったのかぁ」


 二人でそういう話をしていると、一機の作業型シルエットが近付いてくる。

 惑星リュビアで唯一生産可能なシルエットだ。


「あの機体だよ。コウ兄ちゃん」

「降りて話そうか」


 五番機の二人と作業用シルエットのパイロットも同様に地面に降り立つ。

 

「はじめましてウーティス。ぼくはアリマといいます」

「……はじめまして。ウーティスじゃなくてコウと呼んでくれ」


 コウは少年をじっと見つめた。気に掛かることがあるようだ。


「わかりましたコウ。ぼくに何か?」


 コウの様子に気付いた少年が小首を傾げる。

 コウは手を差し出し、少年も握手に応じる。柔らかな肌触りにかすかな覚えがある。


「いや。友人に似ていただけだよ。銀髪がとくにね」


 コウは穏やかに微笑んだ。

 この少年は紛れもなく美少年。整った顔立ちに、目を引く銀髪。そして褐色の肌。

 アシアを連想させる容姿だったのだ。年齢もちょうど最初に出会った頃のアシアと同じぐらいだろう。


「そうでしたか。銀髪は珍しいですよね」

「そうだな」


 目を引く髪色であることは確かだ。コウもアシアに転移したとき、ブルーの髪色に驚いた経験もある。

 

「二人とも凄いなあ。あの巨大なテラスを破壊した英雄です」

「英雄なんかじゃないよ。ほとんどアーサーのおかげだ。セトも破壊していない」

「え? 破壊していないんですか? テラスですよ」

「事情があってな。英雄神の側面を持つということを聞いたから、クリプトスにならないか試している」

「へえ。そんなことが可能なんですね」

「可能かどうかは、これからかな……」


 コウも憂いが晴れたわけではない。失敗したらこの場にいる人々が危険な状態になる。それだけは避けたい。


「コウ兄ちゃん。アリマはシルエットの構造に詳しいんだよ!」

「そうなのか」

「ぼくは作業用シルエットぐらいです。惑星アシアのシルエットは本当に素晴らしいと思いますよ。なんですか。あの零式は!」


 三人はシルエット談義、とくに可変機の整備性で盛り上がった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 コウは五番機のなかで業務をすることが多い。

 トライレーム艦隊との通信をはじめ。アーサーの部品指示やリュビアの人間居住区との連携など。

 ポリメティスとの意思疎通はアシアが代行してくれていたが、今はモーガンやアストライアを通じて行っている。


「ん。誰からだ」


 コウへの個人呼び出し音が鳴る。見覚えのない個人コードだが、応じることにした。


「アリマです。昼間はありがとうございました」

「君か。個人コードはフラックに聞いたのか」

「はいそうです」


 コウはふっと笑った。


「わかった。何のようだい?」

「相談したいことがありまして。昔、母に聞いたのですよ。この近くに秘密の遺跡があると」

「遺跡、か」

「連れて行って欲しいのです。その場所もまた最重要封印区画。ウーティスであるあなたしか潜入できません」

「そういうことか」


 コウは少年の話に納得した。真意は測りかねている。


「その遺跡にはアナザーレベル・シルエットが安置しているという伝承もあるのです」

「ほう」


 思わず感心する。貴重な情報だ。

 真実ならば、だ。


「この情報は我が一族に代々伝わる口伝。現在クリプトスに一機、アイドロンに一機。もう一機があるとするならば、テラス化してもおかしくありません。先に確保したほうがよいと思ったのです」

「口伝とは原始的な。確保はそうだな」


 少年の指摘ももっともだ。

 問おうとしてやめる。鍵の解決策を無くすには早い。


 何故アーサーがクリプトスだと知っているかは問わないことにした。フラックに聞いたと言われたらそれまでだ。


「アリマ。この話はフラックには内緒で頼む。準備をして二人で行くぞ」

「……はい! 信じてくれるのですか?」


 少年はむしろコウが疑念も問わず依頼を受諾したことに驚きを隠さない。

 荒唐無稽な話を信じて貰えるとは思っていなかったのだろう。嬉しそうであった。


「疑う理由はないだろうさ。アストライアとモーガンには伝えるけどね。何もなかったら惑星リュビアの遺跡探検で済む」


 穏やかに微笑む。コウにとって相手からのお誘いに等しい。

 アストライアとモーガンに隠し事は不可能だろう。不必要な疑念を抱くより意図を伝えた方が行動を起こしやすい。


「今ここでこのような情報がもたらされる。偶然ではない。次の段階へ移る時期、ということか」


 口には出さないが意図的な転換期。人間原理などではない。明らかな意思を感じるコウ。


 コウの言葉に少年は少し悩み問うた。


「どこまで先を見ているのですか」

「予測なんてつかないよ」

「それにしては落ち着いた反応です。コウさんはみんなが言うとおり大物ですね」

「過大評価だな。俺はただの構築技士に過ぎない。戦術眼も戦略眼もないよ」

「それは過小評価と言うのです」


 呆れたように言うアリマだった。コウが本気でそういっていることがわかると軽く嘆息した。


「わかりました。それでは準備が整ったらこのコードで通信をお願いします」

「承知した」


 通信を切る。

 コウはしばし考え、呟いた。


「惑星リュビアは想定外のことばかり起こるな。もとより宇宙探査とはそういうものだと、衣川さんは言っていた」


 衣川の言葉を借りると想定外を想定してことを進めねばならない。宇宙探査とはそういうものだと。

 地球における宇宙開発の歴史でも想定外の事象は連続だったという。


 開拓時代の遺跡に向かうのだ。どれほど入念な準備をしても想定外は発生し、柔軟な対応可能なシステムが必要だということだろう。


「アナザーレベル・シルエットが相手になるかもしれない、か。エメには話しておこう。極秘でアルゲースたちに依頼するか。陽電子砲も数発なら打つ手はあるといっていた。五番機単独での戦力か……」


 コウはエメにだけは話しておこうと決め、アルゲースとステロペスに相談するために彼らの工房へ向かうのだった。

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