物作りの神話
アルゲースとステロペスの再開はあっさりとしたものだった。
お互い同型の作業機。情報交換は一瞬で済んだようだ。
「アルゲースよ。アストライアとともに歩んだお前がよくぞ残ったものだ。しかしお前の歩んだ道程が羨ましい。物作りに対しともに考え悩む者が現れるなど」
「そうであろうなステロベス。しかし長年にわたり我らが父ヘパイトスの傍を離れなかったことは驚嘆に値する。そして新たな名であるポリメティス。良き名だ」
彼らは直接ヘパイトスに創造された作業機械。そのファーストロットだった。
「開拓時代の作業機などに気を止めるものはおるまいて」
「然り。しかしこれからは違う」
「そうだな。ウーティスたるコウ。わしも一緒に物作りとやらを試みようではないか」
ステロベスは嬉しそうにいう。実際にコウとマルミアドワーズを制作した時間は充実していた。
そんなステロベスをみて、アルゲースも単眼を細めて嬉しそうにする。
「彼ら転移者は知らないのだ。農耕と狩猟から始まった人間は産業革命を得て飛躍的に技術を進化させた。彼らこそ我々にとって神話であるということに。それは超AIですら変わりないだろう」
「起源こそ地球だからな」
地球の存在。文明史こそがネメシス星系のAIたちにとっての神話そのもの。
転移者たちはこの事実を知らない。
「コウはマシニングオペレーター――工業機械作業者とは思わなかった。我らの先輩よな」
「そうだ。本人は単調な仕事だと自虐していたが、我らにとっては神話だ。その見知は
作業機械にも意思がある。彼らはネメシス星系のあらゆる作業に従事している。
そんな彼らにとって、自分たちと同種の仕事をしていた人間がいる。その事実がまさに感動を覚えるような出来事だったということをコウは知らない。
惑星間戦争時代、そして開拓時代。あらゆる製造施設はヘパイトスを中心に製造されていたのだ。
コウが聞いたらアルゲースたちの過大な評価に悶絶するだろう。
「プロメテウスが彼らを召喚し、わずか十数年で二十一世紀の水準まで兵器を復元した。三人のA級オデュッセウス――構築技士を筆頭に、数多の人間が尽力したのだ」
「その歴史を見たかったものだ」
「そして今やコウとともに惑星間戦争に匹敵する水準近くにまで迫っている。本人たちは気付いていない。確かに非効率。費用対効果は悪いかもしれない。しかしプロセスは適切だ。惑星間戦争時代はAIに与えられたものだけを用いていた。概念を理解し適切に構築することも技術だと彼らは自覚さえしていない」
「惑星間戦争とは異なるアプローチで達したのだ。結果も違うだろう」
「その通りだ」
「ワシもアーサーのマルミアドワーズ。技術制限下での携行陽電子砲の再現など正直半信半疑だったが、ポリメティスの助けもあり成し遂げた」
「目標はエクスカリバー。マルミアドワーズほどではないが、携行可能な連射重視型陽電子砲。ポリメティスが算出した、現行のテラスから回収可能と推測される部品を用い完成させよう。まだコウにもアーサーにも内密にな」
「わかっている。アーサーもモーガンもやや人間じみた権謀術数を好むようだ。ワシらでコウをサポートしないとな」
「頼む」
アルゲースは兄弟機であるステロベスにコウの助力を依頼した。
むろんステロベスにとってもコウはすでに寄り添う人物になっている。頼まれるまでもなかった。
「ではわしもポリメティスと同じくアルゲースの方針に従おう。惑星リュビア、幻想兵器。そして開拓時代の技術を五番機には反映させない。一時的な強化に繋がって補給が不可能になるからだ」
「そうだ。コウが所有している技術を引き出し、我らがより精度の高いものとして提案し、また彼からの提案を待つ。行うものはそれのみだ」
「楽しみだ」
「暇はないぞ兄弟」
「それがいいのだよ。では取りかかろうか」
二機の作業機械は作業を開始する。
コウとポリメティスの指示により、アーサー復元の部品を作成しているのであった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
二機が作業中、コウとフラックがやってきた。
アルゲースと整備担当のフラックも仲が良い。アストライア内で忙しく働き回る姉マールとともに、五番機や複雑な機構の修復の部品を受け取るうちに自然に打ち解けたのだ。
「作業はどうだ。二人とも」
コウが尋ねる。
「アナザーレベル・シルエット相当の部品を作ることは容易ではないな」
「CX型の工法を応用し、ナノレベルのシートを重ね合わせて、編み込んだものがせいぜいだな」
「編み込むのか!」
「構造材の原子構造からして編み込みのようなもので製造する。カルビンチェーンという。この素材をさらに編み込み構造によってより強靱にするのだ。ただ、そんな構造材はポリメティスのもとでないと製造不可能」
「そうだろうな」
何をしているか想像がつかないコウ。
「動力周りはさすがに頑丈だな。異常なしだ」
「そこまで破壊されたらお手上げだった」
アルゲースとステロベスが同じ声音でそれぞれ語る。本当に双子のようだとコウは実感する。
「これが終わったらエクスカリボールだ」
「ポリメティスがセトの改修作業を担当している」
「それは助かるな」
かつてのヘパイトスがセトの再構成を担当するならば多少は安心してよいだろう。
「まずアーサーの復元部品が完成したら連絡しよう」
「あやつは我らにもうるさいからな」
「現場には口を出すなと俺からも強くいっておく」
コウが思わず苦笑した。アーサーはリードタイムが差し迫った上司か顧客のような状態だと思ったのだ。
たまに直接現場に出向く客先の人間や事務系の上司はいるものだ。急かしたといっても作業する機械の処理時間が短くなるわけではない。
「コウは我らのことがわかっているな」
「うむ」
妙な連帯感が生まれている三人。その輪に溶け込んでいるコウに対し、さらに憧れを強めるフラックがいることをコウは知らない。
「アーサーにはフラックがついているからな。お目付役だ」
「ボクが?」
「そうだよ。安心して任せられる」
コウが太鼓判を押す。ある意味姉よりもしっかり者だ。
「そうだな。フラックで良かったと思う」
アルゲースも同様の意見だった。妙に気恥ずかしくなるフラックだった。
「アーサーの部品は頼んだ。俺は行くよアルゲース。ステロペス。次はフラックの友人に会わないとな」
「うむ。ここは我らに任せろ」
「ではまたな」
ステロベスとアルゲースがコウたちを送り出す。
そして作業に専念する二機だった。
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