詐術

『惑星アシアよりご来訪の皆様。手厚いご支援ありがとうございます。そして惑星リュビアの住人の皆様方。この地下工廠レルムは皆様とともにあり、テラスとの戦いにおける拠点となる場所です。皆様の移住を心より歓迎いたします』


 恭しく挨拶し、モーガンは続ける。


『この地こそ最重要封印区画エトナ。かのオリンポス十二神を滅せしテュポーンが眠る地。テラスやストーンズ艦隊さえこの地は避けて通るでしょう。いわばもっとも安全な中立地帯となります』

『我々がこの地に移住することでテュポーンが目覚める可能性は?』


 アウラールが気になる点を指摘する。


『我らクリプトスはリュビア様から生み出された、いわば眷属。テュポーンの守護対象になることはありませんが敵対するメリットもありません。クリプトス。いいえ。幻想兵器全般がストーンズや半神半人側になることはあり得ぬこと』

『そうだな』


 目の前の女性も人間の姿こそしているが伝説の魔女を摸したクリプトス。万が一敵対関係になってもストーンズ勢力になることはありえない。


『この地は開拓時代より禁忌の地とされておりました。惑星間戦争時代でも各勢力は手を出すことはなかった工廠です。宇宙艦の修理やシルエットの修復に用いられる程度。ですが今は違います』


 アーサーが映し出される。


『惑星アシアのBAS社といち早く提携し、この工廠に唯一残されていたアンティーク・シルエット【アーサー】の復元。これが当工廠の最優先事項。そして各クリプトスの修理や惑星リュビア住人用のシルエット、新たな幻想兵器の開発を推し進めます』

「アンティーク・シルエットね」


 アシアが苦笑した。強弁にも程があるだろう。


『アンティーク・シルエットのなかでも熾天使級と同等かそれ以上の極秘シルエット。それが幻想兵器となったものです』


 流暢に偽りの設定を語るモーガン。


「熾天使クラスと同等以上のシルエットなんてあるのかアストライア」

「何事にも例外はありますよ」


 澄ました顔でコウの問いに回答するアストライア。ということは存在はしているということだろう。

 

「天使以外にも系統はあったよね。天使系ラインは惑星間戦争時代、最大勢力だったから。発掘されやすい面もあるわ」

「そういうことか」

「はい。たとえばケリーのスカンクは違いますね。彼は北米神話由来。特殊高機動機アゼバン・ウルヴァリンというトリックスターの精霊由来の機体です。スカンクもクズリ、つまりウルヴァリン同様イタチ科に属するのでネーミングとしては適切でしたね」

「今ここでスカンクの名称の由来を知ることになろうとは……」


 ケリーの相棒でもあるアンティーク・シルエットのスカンクとも長い付き合いだ。今更ながら制式名称を知り、若干ショックを受けるコウ。


『しかしながらアーサーはウーティスの助力によって陽電子砲を使用。セトを一撃で葬り去るりました。この絶大な威力を誇る兵器を一回しか使用できませんでした。あれはこの遺跡に残された開拓時代の遺産を使用したもの。今となっては復元できるかどうか』


 これはコウとポリメティスが告げたことだった。話を合わせてくれたのか、それともコウと同じ考えだったかは不明だ。


『我々には資材もありません。戦力の拡充とはいっても限られます。そこでウーティスに依頼した戦力拡充方法がテラス撃破による素材の再利用です』


 これはコウとも相談済みのことだ。詳細がこれから語られることとなる。


『我々幻想兵器は兵器の残骸や遺物をもとに誕生いたしました。テラスもまた同様。彼らはクリプトスとは違い、元となる残骸や遺跡の適用範囲が広いのです。何よりマーダーに対して適用され増えていきます。これらは個体ではなく群体が脅威です』


 クリプトスたちも頷いた。

 戦力はアウラールたちには遠く及ばない。しかしその数が脅威なのだ。カコダイモーンも合わさって相当な数となる。


『アンティーク・シルエットや宇宙艦をもとにしたテラスは個体としての戦力も優れます。そして彼らは我らにとっては貴重な資源でもあるのです』


 モーガンが語る合間、コウとアストライアも言葉を交わす。


「それだけが救い、か」

「テラスは工場を動かす、という芸当はできませんからね。奪ったところで我々の武器は消耗品が必要となります。テラスに弾薬の補給はできないでしょう」


『幻想兵器は補給という概念が希薄です。光学兵器が主兵装であとなるからです。各テラスが備えている光学兵器部品や惑星間戦争時代の装甲は貴重な資源となるでしょう。これからリュビアの人々は狩られる側ではなく狩る側に回るのです』


 リュビアの人々からどよめきが漏れる。

 今まで防戦一方。アウラールたちの力を借りて生き延びることが精一杯だったのだ。


『我々は孤独ではありません。はるか彼方にある惑星アシアのBAS社の支部がすでにこのレルム内に存在しており、機動工廠プラットフォーム【エイレネ】と構築技士マルジンとも連動しております。この場所はBAS支社アヴァロンでもあるのです』

「アベルさん。マルジン名義なんだな」

「アーサーからマーリンを名乗るよう強要されたそうですが、断固として拒否したようです。その結果マルジンが妥協案として選ばれました。エイレネが珍しくぼやいていましたね」

「俺の知らない間にそんなことがあったのか。アベルさんだって大魔術師を名乗るのは嫌だろうさ。アーサーは変なところで押しが強いからな」


 英国人に高名な魔術師マーリンを名乗れ、は辛いだろう。さすがにコウも同情する。


「良いコンビだと思いますよ」


 アストライアはくすりと笑った。困惑するエイレネなどめったにないことだ。


「アストライアも楽しそうね」

「たまにはあの子も振り回される立場になってみればよいのです」


 否定はしないアストライア。アシア大戦でも数々のサプライズを受けたのだ。

 その間もモーガンの演説は続く。


『奇しくも、かの地の名もエトナ。アーサー王が眠るアヴァロンがあるという伝説の地の一つ。その名を戴き、私もエトナに隠れ潜むと言われたモーガンを由来とする存在。これは決して偶然ではないでしょう』

「そうなのか?」

「偶然ではないかな。また変な人間原理が働いたんだと思うよ」

「アシア。せめて極めて強い人間原理といいましょう」


 アシアの物言いに、アストライアがたしなめるように訂正する。


『我らクリプトスも人に寄り添うもの。かの王は伝説によるとワイルドハントを束ね各地を彷徨っているとされます。しかしいずれ世界の危機に際し蘇り、世界を救うと。我らもそれに倣い、この惑星リュビアの地に棲まう人々を守るために共に戦いましょう!』


 歓声が上がる。他のクリプトスたちも異論はないようだ。


「そうきましたか」

「さすが魔女ね」


 アストライアとアシアが何やら意味ありげに納得する。


「今の演説に問題があるのか。モーガンは何を画策したんだ?」

「アーサー王復活伝説。そして伝説のエトナ山の由来。この地が聖地であるという印象とともに、クリプトスの盟主はアーサーであるという伏線を張ったのですよ」

「幻想兵器は伝説、伝承に倣っている。アーサー王は幻獣や魔物の群れであるワイルドハントのリーダーでもある。クリプトスを束ねても違和感はないわね」

「マットのガーゴイル型部隊もワイルドハントだったよな」

「由来は同じです。ワイルドハントのリーダーは各国の英雄や神。ブリタニアやフランスではアーサー王。イングランドやドイツではオーディン。ウェールズではアラウン。アルナワ伯爵やテオドリック・アマル、マナナン等です」

「多すぎだ!」


 後半の名称になるとコウも知らなかった。アラウンあたりからは聞き覚えすらない。


「今この場でクリプトスにそういう認識を植え付けたということです。アーサー王。復活。エトナ。ワイルドハント。それらの単語を使い、人々に寄り添うという我々の基本理念を添えて」

「それに惑星リュビアの人々も、クリプトスもこの場所を拠点とするしね。違和感は感じないでしょう」

「アーサー王を戴き人々を救う。この認識はクリプトス間でも共有されるでしょう」

「……なんというか。詐欺師? いや違うな…… 弁舌というのか」

「もっと相応しい名称がありますよ。魔女ですね。もしくは妖女です。乙女たる私やアシアとは遠い存在」

「そうね」


 さらりと乙女アピールするアストライアに間髪入れずに同意するアシア。

 余計なことは言わない方がいいと学んでいるコウだった。

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