幻想領域レルム

 リュビアの人々が議論を重ねている。

 結論としては今までの居住区とレルム、二カ所に分かれるということになった。


『テクノロジーが喪われ再び農業や畜産が、幻想兵器の手によって復活するとは』


 アストライアが率直な感想を口にした。

 惑星アシアでは培養した合成食材が中心で、農産物なども全自動化されている。


「便利すぎる技術が失われ、兵器と名付けられた存在が農業をもたらすとは皮肉なものだ。しかしこの事実を知ったら転移者も移住希望者が出そうだ」


 衣川も同様の感想を抱いたようだ。


「工場で生産する野菜とか想像がつかないな」

「コウ君。昔はもやしも工業製品扱いだったんだよ。平成中に変更されているがね」

「本当ですか……」


 もやしが工業製品扱いだった事実よりも、平成という単語を聞いて驚くコウだった。久しぶりに聞いた気がするのだ。


「工業的に生産されている野菜は我々の時代もあったんだよ。エリンギやカイワレもそうだね」

「野菜一つとっても地球にひな形はある、か」

『そうですね。どれほど離れていてもヒトのなりたちは普遍で、その原形は地球にあるのです』


 アストライアの言葉にコウは頷く。

 惑星アシアと同様に多くの人々が犠牲となった。惑星リュビアは技術が喪われ、現状を鑑みても人的にも文明的にも多くの損失を被っているが、それゆえに技術的にアシアよりも地球の存在を感じてしまうのだろう。


 もちろんこの感想はアシアには黙っておく、傷付きそうな気配がするからだ。


「戦闘用シルエットの概念がなかったのは意外だな」

『最初に制圧された惑星ですからね。転移者の存在が大きな違いです。彼らが来るまでは惑星アシアも似たようなものでした』

「転移者が現れるまでレーザー照射するマーダーに対抗する機関砲すらなかった。よくぞ持ちこたえてくれたものだよ」


 衣川が転移したのは二十年前以上のこと。最初に転移したケリーやクルトと違い状況が改善傾向にはあったが、レールガンもまだ製造不可能な時代だった。

 ジョン・アームズ社のベアは作業用シルエットに改良を加えたものだったが、どの拠点でも製造可能だった。人類はベアを中心に反攻の契機を得たといってもよい。


 最初の転移者企業群が機関砲を作り、ライトガスガンが実用化し始めた頃だ。戦争技術を封じられていた惑星アシアでは火薬の調達よりも水素を用いた実験用のライトガスガンを応用したほうが製造しやすかったという点もある。


「惑星リュビアの状況はもっと悪い。惑星アシアでは無人化され動いていた鉱山や製鋼施設も止まっている」

『レルムの生産能力は極めて高そうです。モーガンも生産に意欲的ですが戦力といえるほどのものが生産できるかどうかは不明です。水と樹脂、最低限の鉄系素材で作ることが出来る複葉機は苦肉の策でもあったのですね』

「そうだよ。そこはアベルさんとエイレネが苦心して工夫してくれたんだ」


  プロペラ機のブーンは工業用生産ラインではなく生活用生産ラインを用いて制作できる。

 そのことに着目したアベルがレルムでも即座に生産可能な複葉機型アガトダイモーンを構築したのだ。


「幸いなことにエトナの採掘施設は稼働可能だ。それでも大量の兵器量産は厳しいな」

『そうですね。そこでテラスや幻想兵器化していない残骸を回収し応用します。モーガンの説明があるのでコウは移動してください』


 アストライアの戦闘指揮所一同は、モーガンが行う説明会のために移動した。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 工廠レルムは巨大な空間だ。アストライアの地下工廠上下よりも広大であり、移動にはシルエットが必須だ。

 安全のためもあり、モーガンの説明を聞く者はシルエットに搭乗することになる。


 五番機にはコウとエメ。アキのエポナにはにゃん汰が後部座席にいる。


「久しぶりのシルエット操縦だよ」

「私にもクワトロを構築してもらおうかな」


 マットはコウから提供されたラニウスのC型。後ろにはリュビアがいる。


 レルムの案内役は火力を調節した火車が担当している。

 ゴロゴロと転がる火車の後ろに続くシルエット群はある種異様な光景かもしれない。


「変な意味で幻想的な領域だな」

「幻想的というか異様とか魔境が似合うね」


 火車はレルム産の初兵器であり、とくに五行重工業や御統重工業所属のパイロットと相性が良い。

 日本の話で盛り上がっているグループもいる。


「火車もすっかり溶け込んでいるね」

「クリプトスより日本人と相性がいいとは…… 日本由来の伝承といったところか」

「アガトダイモーンも零式と相性良かったよね。コウが設計したから?」

「複葉機はアベルさんだよ。俺は複葉機の知識はないから。運動性特化のシンパシーなのかな」


 二人が他愛ない会話をしていると、エメが切り出した。


「ねえコウ。師匠と相談したんだけど、アシアも喚んでいい?」

「もちろんだ」

「わかった。――ありがとね、エメ。師匠」


 エメの瞳が金色に輝いた。アシアが降臨したことを意味している。エメは再び表層意識をアシアに明け渡した形を取ったようだ。


「私は駆け引きが苦手だから、モーガンのような相手にはアストライアやエイレネがいると助かるのよね」

「私が常に駆け引きをしているような言い方はやめてください」


 アストライアがビジョンで現れ、アシアを膝の上に乗せる。


「狭い! 五番機のモニタでいいじゃない!」


 強引に割って入ったアストライアに抗議の声をあげるアシアだった。


「たまにはいいじゃないですか」


 アストライアは軽く受け流す。


「こんなところにいていいの?」

「モーガンとの秘匿情報の確認は済んでいますよ。艦長やA級構築技士以外にはアナザーレベル・シルエットやポリメティスの存在は隠蔽します」

「そうだろうな……」


 ネメシス星系全体に影響を与えそうな情報だ。トライレーム上層部は知る必要もあるだろうが、拡散すべき事項ではない。


「この工廠レルムは三惑星に存在するどの工廠よりも特殊性を持ちます。惑星リュビアの住人にとっては幸いでした」

「立地や規模的に使い勝手が悪そうな気もするな」

「そうですね。孤立している島に世界最大の工場があっても不便でしょう? それが危険な海域ならなおさらです。安全性は担保されますが、搬入搬出など利便性は最悪です」


 MCSは共通規格で1・5人乗り。多くのMCSは後部座席が使われることはない。アシアの狭いという抗議は妥当だ。

 トライレーム艦隊はアイドロンとの通訳のためファミリアも乗ることが多くなった。これほど予備席を活用している組織はそうないだろう。


「モーガンの映像が投影されたね」

「アーサーもいますね」

 

 説明会場となった宇宙艦用ドッグにはモーガンの立体映像が出現した。最初からそこにいたであろう、隣に鎮座するアーサー。パイロットとしてフラックが乗っている。

 艦で待機しているものたちには、各モニタや空中に投影される巨大な映像で放送されるようだ。


「あら。あの子が巻き込まれる側とは珍しい」


 アストライアが珍しいものをみたかのように微笑んだ。


「心配してあげなさいよ。あなたの妹でしょ」


 投影映像の下部右端には引き攣った笑顔のエイレネと、仮面を被ったアベルまでいたのだ。

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