選定の剣

『私は誠実シルエット。案ずるな少年』

「パイロットじゃなくてシルエットなの? 自分で誠実を自称する人は誠実じゃないとファミリアさんたちに教わりました」

『嘘をつかない英国人とでも名乗るか』

「師匠が――ヴォイさんが英国人との交渉は三枚舌に気を付けろと」

『はは。これは冗談がきつい。――きついな』


 少々バツが悪そうな音声が聞こえる。


 戦災孤児であるフラックはファミリアたちに養育された。

 悪い大人もいることを、しっかりと教わっている。


『やるなファミリア…… ともかくだ。まずはその剣を抜け。そうすればウーティスとともに戦う力を得ることができる』


 勢いで押し切ることにしたアーサー。

 コウと一緒に戦う力と聞いて、目を輝かすフラック。


「え? この剣を抜けばいいの?」


 フラックは何も考えずシルエットの腕を操作し剣を引き抜いた。


『契約は交わされた』

「なんの契約?」

『君は選ばれた。我が名はアーサー。よろしく頼んだよ少年』

「え? ぼくはBAS社の社員になっちゃったの?」

『そのようなものだよ。そちらへいく』


 フラックのマケドニア・クロウのもとへ、純白のシルエットが舞い降りた。

 甲冑をまとったような姿だが、背中の巨大スラスターと、折り畳み式の長大なライフルが際立つ。


『早くこのシルエットへ乗り換えを行いなさい。あやしいシルエットではない』

「よくみると見たこともないし、めっちゃあやしいんですけど! 誰が喋っているの? 本当にシルエットが喋っているの?」

『早く! ここは戦場だからね』

「は、はい」


 フラックがMCSのハッチを開けると、純白のシルエットが手を差し出される。

 シルエットの手に乗ると、胸部に運ばれ、そのシルエットのMCSが現れる。フラックは迷わず乗り込む。


「このシルエットは……」

『いわばBAS社の秘密兵器だな。機体名は先ほど名乗った通りアーサーだ』

「アーサーさんですか。ではアストライアと接続を……」

『いや。なぜだかわからないが今は彼女の神経を逆撫でしそうだ。今はウーティスのみと会話を接続させてもらう。さっきからアシアを通じてうるさい」


 コウの五番機と通信がつながった。


「フラック、無事か! アーサー! なんでここにいるんだ!」

「そうよ。あなたはまだ完全な状態じゃないでしょう!」


 突如としてアーサーに非難を浴びせる二人。

 フラックは顔面が蒼白になる。とんでもない事態のようだ。


『セトを倒す必要があるだろう。安心したまえ。私はこの少年とは契約した』

「安心できるか。契約条件とかあるだろう!」

『彼は選定の剣を引き抜いた。十分に資格がある』

「それただ空中から放り投げた、ただの剣だよね?!』

『儀礼的なものだ。私の由来的に』

「あなたはやることがアーサーというよりマーリンっぽいんだけど! そんな雑に選定の剣による儀式をしないでよ!」


 アシアも思わず突っ込む。コウとポリメティスは機体修理とマルミアドワーズの構築のみだ。聖剣などは製造していない。


「コウ兄ちゃん。この機体はBAS社のシルエットじゃないの?」


 おそるおそるフラックがコウにたずねる。


「BASの兵器はトレイレーム艦隊には搭載していない。幻想兵器だぞ、そいつは!」

『そいつ扱いとはひどいな。むしろ距離感が縮まったというべきか』

「フラックを巻き込むな! アーサー!」

『安心しろウーティス。契約者がいると私も性能が上昇するのだよ』

「そういえばアウラールもそんなことをいってたね」」

「フラックを最前線に出すわけにはいかない。せめて仮契約にしておけ。絶対危険な目に遭わせるなよ」


 フラックはファミリアたちから預かっている大切な少年なのだ。

 アナザーレベル・シルエットに乗るということは最前線に立つ機会も増えるだろう。こればかりは譲れなかった。


『意外と細かいなウーティス。わかった。この少年も守りぬいて見せるとも!」

「本当にぼくは戦えるの?」

『君は技量も凄まじい。シルエットも熟知している。畏れるな。ともにウーティスと戦おう。――ウーティスよ。手伝え!』


 その言葉に偽りはない。それはコウも認めるところだ。アシア救出からをアシア大戦までこの少年は常に最前線にとどまり、皆を支えた。戦闘も幾度となく経験している。


「言われなくても! フラック。とにかく慎重に戦え!」

「うん!」


 コウと一緒に戦えるのだ。それだけで少年は気合いがみなぎる。

 五番機を作業機のウッド・ペッカーが取り囲み、バステトを丁寧に扱いアストライアに運び出す。


「アストライア。黒瀬さんは?」

『問題ありません。ハヤタロウとラニウス隊が援護しています』

「わかった」


 コウとの通信を終え、アストライアは画面に映るアーサーを観察する。


『あれがアナザーレベル・シルエットがもとであるアーサーですか。稼働可能な機体――違いますね。幻想兵器として再稼働したとは。惑星アシアでなくてよかった、この特殊環境の惑星リュビアだからこそ許されたのかもしれません』


 アーサーのことはアシアからの報告で存在自体は知っていたアストライア。

 とりわけ慎重に注視しなければいけない存在であった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「戦況を分析したよコウ。複葉機型のアガトダイモーンが想像以上に活躍してカコダイモーンを撃墜している。しかし、敵もシルエット型の幻想兵器も出現した。知っている? アウラール」

『あの飛行型は厄介だな。あれもアンティーク・シルエットが元のテラスであるマリード。飛行能力がある手強い相手だ』

「おそらくエンジェル級か、惑星間戦争時代における他勢力の量産機系アンティーク・シルエットだね。コウ。かなり強敵よ」

「わかった。アガトダイモーンに負けていられないな。いくぞ」


 虫型のカコダイモーンに対し、複葉機型のアガトダイモーンはその低速度を高機動性で補って、曲芸飛行のような戦闘を行っている。

 リーダー機である超音速複葉機にいたっては、高速域で衝撃波すら発生させず敵機の背後の回る暗殺者のような動きをしている。


「マリード相手には零式も辛いか。無理はしないでくれ」

「何故かアガトダイモーンたちと仲よさそうね、零式部隊」


 コウやアシアが見てもわかる。

 零式は紙装甲だ。ただ、理由は不明だがアガトダイモーンが零式隊を積極的に守るように行動している。重攻撃機であるヨアニア隊には近寄らない。

 機動力特化同士、シンパシーでも感じた可能性もあるかもしれない。


「ガルーダと連携は取れるかな」

「ノーガードの撃ち合いのようね」


 ガルーダもセトも惑星間戦争時代の武器を再構成したものを使っている。

 レーザーと荷電粒子砲だ。回避できるものではない。


 しかもその巨体を利用した攻撃が一番危険だ。鳥型のガルーダでは組み合うような格闘戦は不利。

 お互い必中の砲撃を行っている状況だ。


「ガルーダは高速移動して照射時間を減らして対策。セトは装甲で受けきる形式ね」

「相手の攻撃を全部受けきるとか、重量級のレスラーか……」


 格闘技において重量差が占める割合は大きい。

 この二機の場合は元になった宇宙艦の重量、排水量ともいうべきものが重要だ。


『ウーティス。私たちが近付けばヤツの挙動一つで簡単に迎撃される。巻き込まれ事故の可能性もある。距離を取るんだ』

「しかし! それでは有効な手が!」


 五番機もアーサーも飛行し、空戦に加わる。


『突破口を開くさ』

「できるのか?」

『私に任せておけ。いくぞフラック! これこそが君が信頼するウーティスが造り上げた最新兵装だ』

「兄ちゃんが造り上げた最新兵装? わかった。ぼくに任せて、コウ兄ちゃん!」

「……任せたぞフラック」


 ここはフラックとアーサーを信じるべきだろう。

 少年もまた、コウが構築した兵器に揺るぎない信頼を置くのだった。

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