ガブリエルの猟犬
『バステトがアナザーレベル・シルエットを元にした存在なら、ハヤタロウももしや……?』
「それは違うわアストライア。アナザーレベル・シルエットを元にした幻想兵器は二機しか確認されていないはず」
アストライアの推論に、アシアが答える。
『それではあのハヤタロウの戦闘能力が理解できません』
黒瀬のドラゴンスレイヤーと合体しているハヤタロウ。
合計五門のDLライフルに、ハヤタロウ自身が備えている大出力の荷電粒子砲。機械の半魚人であるディープ・ワンの群れをことごとくなぎ倒していく。
「ひゃっはー! 気持ち悪い魚は刺身にしてやるぜー!」
ハイノは後部座席から乱射中だ。
「あれは食いたくないぞ……」
「わん!」
食べたくないぞという黒瀬に同意するように吼える機械化したハヤタロウ。
「黒瀬さんたちもクソ強いじゃないか」
「おのれ黒瀬……」
感心するコウと、いまだ根に持っている衣川だった。
『アンティーク・シルエットでも1ギガジュールに近い荷電粒子砲を装備できる機体は限られています。
「待ってください。アストライア。あの形状は見覚えがあります。ハヤタロウのオリジナルはガブリエル級アンティーク・シルエットでは?」
アキが気付いたようだった。
『ガブリエルが何故犬型のアイドロンに。――データ照合終了。ガブリエルの猟犬が由来と推定します』
「ガブリエル? ティンダロスじゃなくて?」
ヒヨウの艦長エリが小首を傾げながら確認する。猟犬といえばティンダロスしか思い出せない彼女だった。
『
「救世主らしくない逸話だな」
コウが思ったままを口にした。
『そうですね。通説のイメージから遠く離れています。ゆえに外典とされているようです。アンティーク・シルエットであるガブリエルのしもべが魔を狩る犬に転じ、霊犬由来の存在として変性したと思われます』
ハヤタロウと黒瀬たちはそのままヒュドラの艦内に侵入。テラスと化しているであろうリアクターの破壊に向かう。
「あの三人も大丈夫そうだ。何より火力が違う」
『そうですね。残りはガルーダと対時しているセト。セトは狼やジャッカル、ツチブタやフラミンゴなど雑多な動物属性を持つ嵐と戦争の神の名。空を飛ぶのも嵐由来でしょう。セトは正体不明の動物全般を指す総称セト・アニマルの語源です』
「なんで犬科に人類の敵が多いの……」
アキが耳を垂れ、項垂れる。
『そしてかの者の別名はテュポーン。関係ないとは言い切れません』
「こちらも確認した。綴りも同じ、ギリシャ神話とそれと習合したか。まずいな。もしテュポーンと関係あるなら……」
衣川が思案する。エジプト神話には詳しくないが、神の語源はおおよそ同じ。
テュポーンは旋風。セトが嵐ならば同じ属性を持つと考えて間違いないだろう
『テュポーンならば敵ではありません。あの存在の目的はオリンポス十二神の抹殺。人類はどうでもいいのです』
「しかし! 人類に対しての配慮もない。そうだね?」
『その通りです。そしてテラスはテュポーンの悪意を反映されたもの。兄殺しの神です』
「ガルーダは神鳥。何せ龍を餌にする鳥だ。あの金翅鳥王剣の由来とされた存在……」
コウが祈るように呟く。剣術的にガルーダには負けてほしくない、個人的な思いである。
「そうだな。仏を乗せ三世の宇宙を飛び回る神鳥の名を持つ。そうそう遅れはとるまいが、兵器としての質は別問題だろう」
珍しく厳しい表情をする衣川。
「あと一手欲しい。あのカコダイモーンは砂嵐を現しているものだろうな。セトがコントロールしているとみる」
「しかしバステトもへばっている。空中では被害も広がる」
五番機はバステトを担いで移動中だ。ここで無理をさせるわけにもいかない。
「ハティは撤退していった。だが、セトとヒュドラの勢いが増している。カコダイモーンを操っている以上、ここで必ず倒さなければならない」
分散している人々を護り切るためにも、指揮官機である幻想兵器はここで倒すべきだろう。
カコダイモーンやテラスは、隙あらば潜入してくるのだ。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「おい! 頼むこいつの修理を!」
火車が脚部を破壊されたケット・シーを軸に乗せてフラックのもとにやってきた。
心配そうに他のケット・シーも付いてきている。
ハティとの戦いで彼らも傷だらけだ。
「わかった! お前達も傷だらけじゃないか! この子の修理が終わったら」
フラックは損傷具合を確認し、すぐに姉に指示をだす。
「マーちゃん! クアトロ用シルエットの脚を!」
「そんなの接続できるの?!」
「わからないよ! そんなことはプロメテウスのみぞしるってところじゃないかな。無理でも義足代わりにはなるかも」
最善を尽くそうとする少年。アストライア艦内から姉がクアトロ・シルエット交換用用脚部を抱えてやってきた。
「もってきたわ! フラック!」
「ありがとう。マーちゃんは引き続きアストライアで皆の修理を」
「了解! 任せたわ!」
弟は幻想兵器と相性が良いようだ。彼女は弟に任せることにした。
「痛覚はないが、行動に支障がでる。ダメだ、冷却剤が漏れている。ここをまず止血……じゃなかったまず補修して……」
フラックは無心に修理をする。
「ジョイントはクアトロとは違う。だけど応急処置なら。アストライアさんが製造できないかな」
『製造できるに決まっています。損傷部位の映像と必要な要素をまとめてこちらへ』
「うわ! え? いいのですか?」
まさかアストライアに声をかけられるとは思わず、驚愕するフラック。
恐ろしい女帝というイメージがあるのだ。
『そのための機動工廠プラットフォームですよ。むしろ私の本領です』
「わかりました! 損傷部位画像撮影開始。必要な要素は損傷部位全体を覆う応急ジョイント。そして……」
『了解いたしました。しばらくお待ちください。アルゲースの手も借りればすぐでしょう』
「ありがとう! アストライアさん!」
珍しくアストライアは微笑みを残し、通信を終えた。
森のほうから爆発がする。先ほどまでコウが戦っていた場所だ。
「デトネーション・コードに反応あり?」
警戒網にフラックが仕掛けていたものだ。
修理の隙を狙っていたものがいたのだ。
ハティが多数現れる。
「ハティ! この数は……! そうか。傷付いた獲物を確実に仕留めるため!」
「狼が傷付いた獲物を逃がすわけねーってか! 仕方ねえ。俺がいっちょ爆発してやらあ」
火車がゆるやかに転がりだす。
「ダメだ。火車。爆雷機能は禁止だ」
火車は自爆して足止めするつもりだったのだ。慌てて止めるフラック。
「そんなこといってる場合じゃあるめえ!」
「そうじゃない! カコダイモーンも控えている。戦力が一つ減ることは許されない。ぼくも戦うよ。ケット・シー。ちょっとだけ待っていてくれ」
「にゃにゃ」
フラックの後部座席にいたネコ型ファミリアが通訳する。
「にゃあ」
「待つとのことです!」
後部座席のファミリアが通訳してくれた。
「ありがとう。この数だけど、やってみせる」
「俺達も魔道火車に合体するぜ。来いよキャット!」
「にゃあ!」
別のケット・シーが火車の軸に座り、尻尾を巻き付ける。合体完了だ。
「フラック! 逃げて!」
「だめだ。今逃げたら傷付いたケット・シーがやられる!」
「そんな……」
「応援にいく! 少し持たせろ!」
コウも五番機はバステトをひきずって移動中だ。フラックのもとへ駆けつけようとした時だった。
『見事だ少年! けっして弱者を見捨てぬ勇気! それこそ私と契約するに相応しい!』
通信が一帯に響く。
空中からの砲撃であろう。続けざまハティたちが一撃で爆発する。
「え?」
目を丸くするフラック。そのフラックの目の前に、シルエットサイズの剣が空中から投下され、突き刺さる。
『抜け、少年』
フラックのMCSに直接音声が流れた。
「あなたは?」
『BAS支社のものだ』
合成音はそう回答した。
胸を張り身振りを加えるあやしいシルエットに、露骨に疑いの眼差しを向けたフラックだった。
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