空への憧れが今、人々を守る時

『姉さん。作成したアガトダイモーンを援軍に出しました。おそらく火車よりはお気に召していただけるかと』


 アストライアの機嫌が最悪であることを承知しているエイレネが恐る恐る切り出した。


『今度は何を構築したのです』

『量産に向いて人々に警戒されすぎないような外観を持つ機体ですよ。英国でも活躍しました』

『最後の一言が気になります。不安をかき立てないでください』

『人類最初の偉業。空への憧れが今、人々を守る時がきたのです。第一陣が到着したようなので映像を』


 映し出されたのはプロペラを装備した航空機。上下二枚の主翼をつけ、鋼管の機体に帆布(はんぷ)をまとっている機体であった。

 迫るくるカコダイモーンに立ち向かう、複葉機の編隊。それがアガトダイモーンの正体だった。


『空への憧れ。これはアガトダイモーンを作ることに相応しいテーマ。複葉機ですね』

『でしょう!』

『確かに人々に警戒されず、空への思いが人類の守護者になるのは道理。電動プロペラ機で鋼材も少数。量産製に優れることは認めます。よろしいでしょう』


 確かに英国でも活躍した機体。人類初の飛行機でもある複葉機。これならアガトダイモーンになるであろうとアストライアが理解する。

 アストライアの見立てでも帆布はただの布ではあるまい。高度な技術を多用され、惑星リュビアの技術で再構築された複葉機。侮ることは決してできない。


『え? まじで?』


 アストライアに怒られるものばかりと思っていたエイレネが驚きの声を上げる。


「複葉機か!」


 その姿を確認した衣川まで思わず立ち上がる。

 複葉機もいいものだ。揚力を得やすいこの形状ならではの機動も可能となる。


「中に奇妙な機体が混じっているな。あれはブーゼマン複葉翼を発展させた超音速複葉機もあるな。キワモノにもほどがある」


 よくみると機体前方ではなく、旅客機のように多くのダクテッドファン型のプロペラを採用した両端接続型のアガトダイモーンが数機いるようだ。これが超音速に対応した指揮官機扱いなのだろう。

 これは二十一世紀の地球ではソニックブームを相殺するため、超音速複葉機の研究も行われていた。このタイプの複葉機は、主翼の両端同士を接続し、正面から見ると菱形を横にしたような形状である。


 アドルフ・ブーゼマン博士は超音速における空気の流れに対しての先駆者であった。この形状を提唱した時期は1936年である。そのほかには後退翼の概念を提唱。航空機に革命をもたらした。

 彼はその後デルタ翼の研究やNASA開発スペースシャトルのセラミックタイルを使用することへの提案など、数々の功績を誇る。


「超音速複葉機は両端を開閉させ、通常モードと高速モードで使いこなす無人機か。あの二人、こんなものを作るとは」

『真面目にやれば出来る子たちなのです。あの二人は』


 ようやくまともに構築された兵器を見て、心なしか安堵している二人であった。

 

『今は数が必要です。ドローンもどきのカコダイモーン相手に、このアガトダイモーンは実用的です。ブーンをより安価に、そして量産特化にしたものですね?』

『そうです! そうです!』


 既にアベルは木製の戦闘機を構築済みだ。水と木で出来た航空機ブーンは、アシア大戦で重要な働きをした。

 P336要塞エリアの防衛にも一助を買っている。その成果を否定するアストライアではない。


『事実、この数を相手に自律行動出来る戦力は非常に助かります。良い仕事をしましたねエイレネ』

『うわ。姉さんに褒められた!』

『私をなんだと思っているのです』

『嬉しいでーす!』

『ところで一つだけ質問です。幻想合体を知っていますか?』

『いいえ?』


 まったく身に覚えがないエイレネ。アストライア相手にとぼけることはあっても嘘はつけない。


『わかりました。問題ありません』


 なんとなく許された気がするエイレネが話を切り上げる。


『じゃあ私はこれで!』


 エイレネからの通信は終わった。空中では数多くの複葉機がカコダイモーンへ攻撃を仕掛ける。

 

『カコダイモーンが残骸。いわゆる破壊の痕跡から生まれたもの。悪いイメージから生まれたものならば、複葉機は人間には懐かしさを。もしくはあの布張りの飛行機を見て敵とは認識しないでしょう』


 アストライアは分析する。悪霊たるカコダイモーンはテュポーンの悪意が介入された存在。

 ならば善霊たるアガトダイモーンは、良いイメージ、兵器とは離れたものから生まれるはずである。複葉機は農業や曲芸用に二十一世紀でも現用であったのだ。


『アレをみてしまったあとでは、遙かにましです』


 アストライアの視線の先には、火車に乗って火炎を操る巨大な猫、魔道火車がいた。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



『ウーティス! アストライア殿。聞こえるか。敵大型テラスは三機だな』


 アウラールが通信を行ってきた。


「三機?」


 五番機はバステトに乗りながら戦場を縦横無尽に戦っている。さながら猫武者だ。


『ああ。今ガルーダと戦っている巡洋艦級が元のセト。同じくハティを率いるフェンリル。そしてかなり後方にヒュドラがいる』

『ヒュドラ? ギリシャ神話ですね』

『そいつがカコダイモーンを操っているとみた。こちらで記録した画像を転送する』


 アウラールが送信した画像が届いた。

 グロテスクな半魚風の化け物がそこにいた。 

 無数のグロテスクなカコダイモーンと、シルエットサイズの半魚風のテラスを率いている。


『データベース参照。該当なし。人類の神話には存在しませんね。ギリシャ神話のヒュドラともかけ離れています』


 アストライアの分析結果にも存在しない。

 不気味なカコダイモーンを無数に引き連れているヒュドラは、悪夢の国からやってきたとしか思えない光景だ。


「ヒュドラ違いですよね?! 暗黒神話体系の母なるヒュドラのほうですよね! SAN値をすり減らすヤツですよね!」


 妙に詳しいエリが絶叫した。


「サブカルのデータベース参照してください。おそらく米国の小説関係であります」

『了解いたしました。――サイズは違いますが該当存在確認。敵大型テラス、母なるヒュドラ。小型のものはディープ・ワンズと呼称いたします』 

「この三機の大型テラスを倒すしかないわけか…… ガルーダは?」

『ほぼ同戦力。こちらは零式との連携で。敵はセトとシルエットサイズのテラス、カコダイモーンだが数が違いすぎます。今はアガトダイモーンの加勢で劣勢をなんとか凌いだ状態です』

「不利であることは違いないか」


 戦力を分散することは避けたい。今は防戦を強いられているのだ。


「にゃ」

「自分たちはフェンリルに行こうとバステトがいっているな。氷には太陽で対抗だと」


 バステトの言葉を師匠が通訳してくれる。


「わかった」


 コウは迷わなかった。自分たちはフェンリルと対抗するのだ。


「にゃー」

「だがその前に餌が欲しいそうだ」

「金属水素でいいのか? たくさん飲んでいけ! アストライア。頼んだ」

「承知いたしました」


 その後バステトに乗った五番機が先頭に立ち一騎駆けをし、ケット・シーと火車の群れがそのあとに続く異様な光景が目撃された。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

いつもお読みいただきありがとうございます! 今回は解説が入ります。


久々に現在の技術を元にした乗り物をアガトダイモーンが登場しました。


それは複葉機。21世紀現在でもロシアやアメリカで生産されています。WW2ではソードフィッシュ、日本では零式観測機です。

とくにソードフィッシュは世界で初めてドイツ軍のUボートを撃破しました。その時使われたロケットスピアはあのパンジャンドラムを開発したネヴィル・シュートが発明したものです。

カナダの科学者で兵器開発者でもあるDMWDの同僚チャールズ・F・グッドイブから「初期段階でこれを推進する際に示した先見性を完全に実証しているので、特に嬉しいです。おめでとうございます」とメッセージが送られたとのエピソードがあります。

この同僚は有名なヘッジホッグの開発や英国におけるスイスにエリコン20ミリ機関砲量産に取り組んだ人です。


ライト兄弟から始まった飛行機の歴史は語るまでもなく、その空への憧れと実現がアガトダイモーンとして遂に蘇ったのです。

超音速型複葉機と電動型旅客機構想が元です。電動型旅客機は現在実際エアバス社をはじめ多数のメーカーが研究中で、タグテッドファンを複数用いた、プロペラ推進式です。

時速400キロまでは到達しているそうです。

ライト兄弟が作ったライトフライヤー号も、プロペラ推進式でした。


ブーゼマン複葉機は日本の東北大学でも研究され、解説サイトもあります。










  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る