燃え盛るパンジャンドラムのような伝承がある国などあるはずがありません

 炎の車輪を目撃したアストライアから一切の表情が消えた。


『説明を。エイレネ』


 こうなるとわかっていたエイレネが、早口で説明を開始する。


『量産性に優れ、確実に幻想兵器クリプトスになるものを選んだらこーなりましたー! 以上でっす! それじゃ!』

『待ちなさい! おのれ! 通信を切るとは!』


 大量の炎に包まれた糸車が敵カコダイモーンを踏み潰している。


『だいたいなんだというのですあれは。燃え盛るパンジャンドラムのような伝承がある国などあるはずがありません。幻想兵器としても無理があります』


 憤慨するアストライア。幻想兵器は伝承に由来する。糸車が燃え盛るなど聞いたことはない。かのヘパイトスが操ったという戦車すら三輪である。


「あのアストライアさん。それ日本にあるんですよ。そこそこメジャーな妖怪でして。火車っていうんですけど。あれはどうみても火車です。間違いありません」

 

 零式のパイロットが申し訳なさそうに謝罪しつつ断言した。


『Yokai? 日本の民間伝承フォークロアにでてくるというモンスターにそんなものがいるというのですか?』

「あれは火車だな。火の車ともいう。確かにメジャーだ。日本では家計や金融が危機のとき、火の車と呼称するがその由来となった存在だよ」


 見覚えがある妖怪の名を衣川が断言する。


「火車ですよね」


 当然エリもしっている。ゲーム等では有名所の妖怪だろう。


「火車にしか見えないよな」


 黒瀬が呆れるように応じた。零式に搭乗するパイロットたちの多くが見覚えがあると口々に言っている。アストライアにとっては心外だが、相当メジャーな存在らしい。


『データベース照会。――ありました。車輪が二つの妖怪ですね』


 心なしか力無く回答するアストライア。


「アベルさんと俺の力作だ。間に合って良かった」

『コウ。話し合う必要がありそうですね』

「なんで怒るんだよアストライア」


 何故だか理由は不明だがアストライアが怒っていることだけは理解したコウ。


「火車は元々猫の妖怪なんだよ」


 言い訳にもならない言葉を口にする。


「どうして?!」


 聞き捨てならない言葉を吐いたコウを問い詰めるにゃん汰。語尾ににゃをつけることも忘れるほどだ。


「何をどう発想したら猫がパンジャンドラムみたいになるの? ねえ?! 連想ゲームだって成立しないよこんなの!」


 食い下がるにゃん汰。あまりにも理不尽と、憤慨していた。


「俺に聞かないでくれ!」


 コウが知るわけないのだ。


「日本各地に伝わる伝承だな。地獄からやってきた獄卒の鬼とも極楽浄土の遣いとも言われているね。確かに本来は猫の妖怪だが、いつしかあのような車輪状の妖怪と混同されていった」


 衣川はのんびりと解説する。


「リックが見たら発狂するにゃ。賭けてもいいにゃ」

「賭けが成立しません。姉さん」


 火車は転がりつつ、果敢にカコダイモーンやテラスに体当たりを仕掛けている。


『意思あるパンジャンドラムが遂に生まれてしまったのです。これは由々しき事態。エイレネ。応答しなさい』


 アストライアの強力な要請に拒否しきれないのか、嫌そうにエイレネが画面に現れる。


「自走爆雷じゃないから! 爆雷機能もマーリンシステムも搭載してるけど!」

『それはパンジャンドラムを幻想兵器にしただけですよね』

「炎をまとってるけど、いいヤツだよ。火力は調節できるし」


 コウがフォローを入れる。さすがにエイレネのせいではなく、いたたまれなくなったのだ。


『コウは少し黙っててください』


 とりつくしまもないアストライアだった。


『私は惑星アシアにいるから濡れ衣よ? 原因は惑星リュビアにあるからね!』

『そういえばそうでした。アシア?』


 矛先がコウの後ろにいるアシアに向いた。


「落ち着いてアストライア。五番機が巨大な猫に乗っていることも、巨大なパンジャンドラム状の妖怪が生まれたこともある意味必然なの…… 自分で言ってて嘘臭いと思った。ごめん」

『アシアまで!』


 そういっている間にも、カコダイモーンを蹴散らしていく火車たちであった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「マーちゃん! 通常兵器は任せる! こっちは猫と犬とパンジャンの修理をする!」

「そうね。私はちょっと触るのが怖いかな。頼んだわ」


 マールとフラックの姉弟たちは修理に忙しい。

 うずくまって動かなくなった巨大な猫に駆け寄るフラックのマケドニア・クロウ。


「ほら。修理するから。通訳を」

「にゃ! にゃにゃ!」


 背後の猫型ファミリアが呼びかけると、ごろんと転がり、破損した部位を見せる。

 肌の向こうはやはり機械。応急処置として修復レーザーを投射し、急いで塞ぐ。

 

 間接部位を確認する。


「お腹が空いたそうです」


 背後のファミリアが教えてくれた。


「何食べるの?」

「水でいいそうです。金属水素があればいいですよね」


 フラックは慌てて通信を繋ぐ。


「コウ兄ちゃん! にゃん汰さん! 猫たちにも燃料がいる。水か、出来れば金属水素!」

「わかった。猫だと容器は浅い方がいいな。にゃん汰。至急金属水素の用意を。頼めるか」


 すかさず猫としか認識していないコウが、以前猫を飼っていた知識を総動員して飲みやすい環境を提示する。


「もちろんだにゃ!」

「犬型用も同じ燃料だと思いますが、こちらにそこまでの余力は……」

「犬なら任せてください! こちらで用意します!」


 犬派のエリが申し出た。


「あのパンジャンドラム…… じゃなかった。火車たち喋られるのですか。にゃん汰さん。通訳できる?」


 フラックが思案し、にゃん汰に聞く。 


「私はパンジャンドラムじゃないわ」


 にゃん汰が拒否する、言いがかりにも程がある。当然だろう。


「猫の妖怪とさっき聞きました」

「猫要素欠片もないよね? あの車輪に」

「安心しろフラック。火車たちは普通に会話できるぞ」


 コウが割って入る。フォローに忙しい。


「わかった。――火車。燃料はいるかい?」

「おうよ! 金属水素か液体水素があると助かるな! 何せ常に燃えているからな! 燃費が悪いんだ!」


 火車たちは気風きつぷが良い性格のようであった。


「じゃあケット・シーかクー・シーがいるのところへ」

「わかった! みんなにも伝えておくぜ!」


 ごろごろと立ち去る火車。


「パンジャンドラムと会話をしてしまった」


 不思議な感動に包まれるフラックがそこにいた。

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