アキの願いが叶うとき
「ダメだ。カコダイモーンが多すぎる」
零式のパイロットが呟く。奇妙な生物を模したこの兵器は強いとは言い難いが、無尽蔵に湧くとさえ思える異様な数だった。
彼らにはリュビアの人々を守るという目的がある。この数では討ち漏らし人々を襲うカコダイモーンが出るのも時間の問題であろう。
「く。しまった!」
白兵戦に転じた零式だったが、背後からムカデ状のカコダイモーンが出現する。
「にゃ!」
背後からカコダイモーンに襲われるが、すかさず三毛猫型アイドロンがタックルし助けられた零式。
「猫に! 助けられた!」
何故か通信で自慢する零式パイロットと悔しがる同僚たちであった。
『空中でガルーダとセトが戦っている。まずいのはフェンリルだ。フェンリルとその眷属たるハティたちは手強い』
「犬科が敵……」
「アキ! しっかりするにゃ! 人類は猫が守るから安心するにゃ!」
「これではコウがますますネコ派に……!」
アキにとって重要なことである。
「いくぞ。バステト!」
「にゃあ!」
バステトは五番機を乗せて縦横無尽に敵テラスを切り裂いている。
人馬ならぬ機体とネコが一体化しているかのような動きさえ見せている。
たまに目からレーザー光線を発しているようだ。敵を焼き殺している。他の猫型アイドロンもだ。
「なんで猫科アイドロンは目からレーザーを……」
「猫の瞳には魔力があるにゃ。当然の伝承昇華だにゃ。バステトは太陽神の瞳を持っていると言われているにゃ」
「何かないんですか? アストライア!」
『とくに何も』
「分析を投げ捨てた?!」
『猫の瞳に魔力があると言われていることは有名です。伝承が昇華され魔力がレーザーになったとしか言いようがありません』
そういうこともあるだろうと思っているアストライア。もはや幻想兵器に関してはやる気がないようにさえ見える。
「こちら東ブロック。敵の第二波攻勢が…… きついです!」
『東西南北、四方から。敵テラスはここで勝負を付ける気ですか』
アストライアは分析する。
大空ではガルーダとセトが壮絶な空中戦を繰り広げている。
数は敵勢力が圧倒的だ。グロテスクな兵器カコダイモーンのせいである。
トライレーム艦隊のシルエットが援護に向かっているが限界。
地上にいるクリプトスたちも必死に戦っているが、いくら高性能でも飽和攻撃にも似る同時攻撃には限界がある。
「せめてもう少し数が欲しいですね。贅沢をいってはいけませんが」
エリが呟く。単機での戦闘はこちらが優位。
だが、ところどころにアンティーク・シルエットが元であろうテラスたちがいることが厄介だ。
「避難はもうすぐ終える! もう少しだけ耐えてくれ!」
制空権を握るには空中戦で大型テラスを減らすしかないだろう。
今は地上の波状攻撃で離陸すら困難だ。
「ん? この遠吠えは?」
遠くで犬の遠吠えが聞こえた。ありえないほどの音量。
猫型アイドロンたちもはっと天を仰ぎ見、にゃあにゃあと鳴き始める。
「何かに向かって早く来いって言っているにゃ」
猫通訳担当のにゃん汰が早速本領を発揮する。
「何かとは……」
アキの祈りが天に届いたようだ。
「東ブロックより連絡! 犬型アイドロンの加勢が…… 総百数匹。いえ百機以上です!」
『報告ありがとうございます。機でも匹でも大丈夫です』
匹といいたくなる気持ちは理解しているアストライア。
「犬きたー!」
思わず飛び跳ねて喜ぶアキ。犬型ファミリアたちも歓声を上げた。
「あれが犬型リーダーを率いる群れのボス…… 純白の山犬ですね!」
アキの視線の先には先頭を走る巨大な白犬がいた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「私、早速会話してみます! アストライア。音声を送ってもらっていいでしょうか」
『意思疎通は重要ですね。了解しました』
通信信号を送り、会話を試みる。見た目は犬そのものでも幻想兵器である。
「わん!」
「わんわん!」
アキが語りかけると、先頭の犬も回答した。
「わぅーん」
「わん!」
アキは小首を傾げた。
「名前が判明しましたが…… よくわかりません。シッペイタロウと言っています。コウの故郷である日本由来っぽいですね」
タロウでそう判断したアキだった。
「悉平太郎だと?! 何故鷹羽君の地元である磐田での名前なんだ! 長野の早太郎でいいだろう!」
通信に割りこみ、何故か急に立ち上がり、憤慨する衣川。伝承の地からは離れているが長野に住んでいたのだ。
「犬がきただけいいじゃないですか」
犬派のエリが衣川をたしなめる。
「アキ君。群れのリーダーに早太郎ではないか聞いてみてくれないか」
「え? は、はい。わかりました。――わおん?」
「わん!」
「ハヤタロウでもいいそうです、同じようなものだと」
理解できないアキが小首を傾げながら回答する。
「やはりな。彼は早太郎だ。いいね」
深く満足し座り直す衣川。
『キヌカワ。ハヤタロウという伝説があるのですか? 私のデータベースでは見つかりません』
アストライアが尋ねる。
「長野では早太郎。静岡では悉平太郎という名の霊犬でね。人身御供を要求してくる妖怪となった狒々の如き山猿を倒し、その戦いが原因で亡くなってしまった伝説の犬だ。ともに地元では愛され崇められている犬なんだよ」
『照合できました。ありがとうございます。幻想兵器アイドロン【ハヤタロウ】を登録します。猫型アイドロン同様、誤射に注意を』
「由来からして人間の味方に違いありませんね! 引き連れている犬型アイドロンの総称はクー・シーというスコットランド由来の妖精犬だそうです」
嬉しそうなアキ。犬型アイドロンの情報もちゃっかりと仕入れてアピールしている。
『犬型ファミリアにも告ぐ。味方アイドロンであるクー・シーとの意思疎通のため、各員余裕があるものはMCSに乗り込むように』
その言葉を聞いてぞろぞろと立ち上がる犬たち。
「ペンギンのアイドロンいないかな。リヴァイアサン扱いで」
「キツネや狼は犬科だから言葉は通じそうだな」
「鳥型アイドロンはたくさんいそう……! はよう! というかガルーダさんがクリプトスにいたわ」
様々な動物たちが自らが属する種族のアイドロン登場を待ち望んでいた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
『聞こえるアストライア。こちらエイレネ。話している暇はないから経過をすっ飛ばして結論からいうと、今から人工的なクリプトスをそちらに送るわ。そろそろ到着するはずよ』
『経過をすっ飛ばしすぎです。データで寄越しなさい。言えない何かがあるのですか』
『まあね!』
『そもそも人工の幻想兵器とはなんですか。何故惑星アシアにいる貴方が絡んでいるのです?』
『アストライアのコスはちゃんとやってるから!』
『そういう問題ではありません!』
『英国面の技術の結晶と日本の幻想が昇華したみたいな?』
『嫌な予感しかしませんが。それは』
通信が再び入る。
「こちら東ブロック。援軍あり。こちらも幻想兵器に助けられました。振り返ればヤツがいたんです」
零式のパイロットが言葉をにごしながら報告を入れる。
『味方ですか? 敵味方識別装置に反応あり。これは?』
アストライアが訝しげに零式パイロットに問いかける。IFFに反応はあるが、形状が不明だ。
「みてもらったほうが早いでしょう。強力な味方です。ええ。一目見れば、敵ではないと理解できます」
画面に映し出されたもの。それは――
燃えさかる炎に包まれた、巨大な糸車状の物体だった。
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