時を超え継がれた想い

 五番機がレルムから救援に飛び立ち一時間ほど経過した。


『こちらアストライア。敵テラスの大軍襲来中。カコダイモーンは凄まじい数です』

「わかった。レルムの新戦力も出すよう指示する。上手くいくかわからないが確証がまだないんだ」

『了解いたしました。こちらで出来うる限りの防衛網を構築いたします』


 アストライアとの通信を切る。


『アーサー。聞こえるか。新造した幻想兵器の出撃を』

『了解したウーティス。彼らを至急向かわせる」


 五番機は全速力で飛んでいる。対空レーザーを警戒している。


「この高度でも油断はできないわ。もっと高度を落として」

「空中兵器は無力化される。アーサーの言った通りだったな」


 五番機は緩急つけて回避行動を取り、高度を落とす。

 そうそう他の存在に捕まることはないだろう。


「コウ。合流要請信号が!」


 アシアが緊迫した声を出す。


「敵か味方か不明。言語も不明。近くにいるようだけど」

「合流か。この平原ならすぐわかるだろうに……」


 コウは広大な平原を見渡す。

 一匹の動物が走っている。遠目からみてもわかる。黒い猫科の動物だ。

 五番機の先を疾走していた。耳を寝かして走っているところからよほど急いでいるに違いない。五番機がすぐには追いつけない速度だ。


「あれ。黒豹か? 違う。顔がまん丸いぞ。黒猫だ! こんなところに飼い猫か。赤い首輪にでっかい金色の鈴をつけている。可愛いな」

「見るからにイエネコね。そういえばイエネコはリビアヤマネコが祖といわれているわ」


 猫好きのコウの頬が緩む。黒猫は彼らの前方を走っている。

 しかしアシアはすぐに異変に気付く。


「コウ! やっぱりおかしいよ!」

「え。なんで」


 コウにはただの黒猫が一生懸命草原を走っているだけにしか見えない。


「飛行している五番機がすぐ追いつけないんだよ?」


 現在の五番機は音速を超えている。


「あ!」


 愛嬌ある外見に騙されたが、異様な現象だ。望遠映像でも猫と認識できること自体異常である。

 超音速で飛行している五番機と同じような速度で疾走しているのだ。距離がなかなか詰めることができない。


「この距離から猫に見えるほうもおかしいよな! よくみると木より大きいぞあの黒猫!」

「黒猫そのものだから、猫にしかみえないけどね! シルエットより一回り大きいよ! あの猫! 確認したわ。合流信号もあの機体……? 猫から出ている!」


 五番機は高度を落とし、巨大な猫の真後ろを飛行する。

 猫は一瞬五番機を眺め、首をぷいっとしながら正面に向いて再び走り続ける。


「乗れってことだな」


 猫は明らかにスピードを落として、タイミングを合わせようとしている。


「そう思える。あの首輪に捕まればいいのかな? 猫なら首上は大丈夫だろ」


 五番機はそっと近付いて、首根っこ部分に飛び乗った。猫は動じない。巨大生物ではない。機械であることを確信するコウ。


「ふにゃぁ」


 五番機のほうを振り返り、一声鳴いて走り続ける。


「そうか。お前。人間達を助けにいってくれているんだな」


 猫の急ぎよう。緊急時のダッシュに似ていたのだ。いたずらして逃げるときもこんな耳をしていたが、少なくとも全速であることだけは理解できる。

 猫を飼っていたコウは他人のような気がしなかった。


「行こう」


 五番機は猫にまたがり、黒猫は疾走し続けた、



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 二万年前、アナザーレベル・シルエットに乗ったパイロットは転戦したこの惑星リュビアで力尽きた。

 彼の心の支えとなるべく一緒に乗り込んだ黒猫型ファミリアもまた主人とともに命運を共にした。


 彼女に受け継がれた記憶。それは――


 彼の守りたい人々への想いを。

 ファミリアの主人への想いを。


 幻想兵器として変性した彼女にも受け継がれたのだ。


 彼女には人語がわからない。

 彼女は他の存在と意思疎通は難しい。


 それでも。

 自分を生み出した機体に残された想いを――人間を守るという想いだけは強いのだ。

 彼女は赤い首輪と鈴はお気に入りだ。ファミリアが大切にしていたものを模したのだ。


 彼女はアイドロン。猫を模して生まれた。人間とは話せない。

 それでも守ると決めたのだ。


 彼女は率いる。ともに幻想兵器になった猫型アイドロンを。

 彼女は守る。か弱い人間を。


 背中に乗せたシルエットとその中にいる人間はきっと重要人物だ。ヘパイトスの残骸から通信もあった。


 きっと彼女とともに戦ってくれるだろう。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



『ウーティス。何故彼女と一緒にいる!』


 アーサーから緊迫した通信が入る。


「多分だけど、乗れって?」


 彼女に対する警戒感はない。


『まさか彼女が? 彼女こそアイドロン【バステト】。自由気ままな獣にして現惑星リュビアの守護神ともいえる存在。猫型アイドロンを率いるモノ。もう一機のアナザーレベル・シルエットが元になった幻想兵器だ』

「彼女がアイドロン?! 物凄くフレンドリーだぞ」


 アイドロンは中立存在だと聞いていたコウが驚く。

 昔愛猫を撫でていた癖で思わず五番機を動かし額を撫でているコウ。猫は顎下を撫でられることが好きだが、額を撫でられることが好きな猫も多い。


「彼女が動いたということは猫型アイドロンも人類救援に向けて動き出したということだろう」

「待て。つまりアイドロンというのは野生動物型幻想兵器ということか」

「その解釈に当てはまるアイドロンが多いことは確かだ。人間と意思疎通が取れないので中立扱いと言われている」

「そういうことか! わかった」


 五番機超しに、コウはバステトに語りかける。


「なあ。頼むよ。バステト。俺はみんなを守りたい。一緒に戦っておくれ」

「コウ。試したいことがある。少々いいかな?」

「師匠? 何かあるのか。頼んだ」

「んなーお!」


 後ろのアシアのエメが奇妙な鳴き声を出した。師匠であろう。


「にゃ」


 バステトが答えるように鳴き声を上げる。


「にゃにゃ」

「うーにゃー?」

「あおーん」


 コウが思わず呟く。


「猫語だ……」


 猫同士が何か言い合っている時に発する鳴き声にそっくりだ。猫は人間に要求するために鳴くといわれているが、猫同士でもたまに用いる。

 エメの姿で猫語を用いて話をしている師匠は愛嬌がある。


「コウ。そのアナザーレベル・シルエットはパイロットとともに猫型ファミリアもいたようだ。その二人はここで朽ちたが、彼女は二人の思いを引き継いでいる。二万年前の、パイロットとファミリアのね」


 会話を終えた師匠が答えてくれた。


「なんだって…… それは」

「彼女は猫型ファミリアの言葉を理解できる。アナザーレベルシルエットのすべてを取り込んだらしい。私と意思疎通は可能だ。そして君に協力してくれる」

「ありがとう。バステト」


 バステトは耳を後ろに寝かし、全力疾走で駆け続けていた。

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