惑星間戦争時代の構築技士―オデュッセウスの由来
「惑星リュビアでアテナが敗れたのも、ヘパイトスの残骸があるのも、アーサーを名乗るシルエットが存在するのも偶然とはいえないな。そしてテュポーンまでいる」
「まったくね! ちょっと出来過ぎだけど。そういう風にこの星系が出来ているからこそ、起きた事象なのかもしれない。あなたが五番機に乗っていることも含めてね」
「必然か」
コウも五番機との巡り合わせは必然だと思っている。
アシアのいう通りならば、必然が起きやすい星系をソピアーが作ったともいえる。彼が理解できるのはその程度だ。
「昔話もここまでにしましょうか。ヘパイトスの……残った意思。どう呼べばいいのかしら。彼と話をしましょう」
「名前を付けたらいいんじゃないかな。新たな魂が宿るかも?」
「その可能性はないと言えない。何がいいかな。――ポリメティス! これでどうかしら」
「どんな意味?」
「この形容詞は指す者によって多くの意味がある。多くの工程を管理する。想像力とかかな。本来は狡猾とか。多くのデバイスの、という意味。主にヘパイトスとオデュッセウスに使われた形容詞。惑星間戦争時代に構築技士にあたる役割の人間がオデュッセウスと呼ばれていた由来なの」
「工程、デバイスがオデュッセウスの形容詞か! 困難な道程を往く旅人という意味だけではなかったんだな」
そこで構築技士に繋がるとは思わなかったコウが納得する。ユリシーズの皆に知らせないとと思った。
「惑星間戦争時代の構築技士――オデュッセウスは他の人間が出来ない権限を持つから妬みも買っていたかな」
「わかるよ。オデュッセウスでないと、補給施設さえ動かせないんだろ」
「そういうこと。悪巧みや悪辣弁護士という意味もあるね。神話ではそちらのほうが強いかな。ヘパイトスもオデュッセウスも奸智に長けているから」
「
コウもオデュッセウスとトロイア戦争は学んだ。戦の技量より策略に長けた英雄だ。
「この名前をこの破片たちが受け入れてくれるかな?」
どれだけの意思がわからない。どう見ても柱の残骸なのだ。
「ねえ。あなたたち。――いや、ヘパイトスだった意思の残滓。私、超AIたるアシアが名を与えます。ポリメティスよ」
残骸があちこちで点滅する。
「喜んでいるわ。残骸になっても破片同士で連動は出来るから今のアストライアより処理能力は上、か。さすがね」
「そこまでいくと残骸ではなさそうだが」
コウは呆れた。今のアストライアより処理能力が上なら、間違いなく古代遺産だ。
「だからたった今ポリメティスになったんだよ。コウの名前を与えたら魂が宿るロジックは良い提案だったね」
「それはよかった」
喜んでいるなら何よりだ。彼らは意思があり、目的があって彼らを呼び寄せた。
ならばヘパイトスの残骸ではなく、名前が与えられて然るべきだろう。
瓦礫があちこちで光り、音を発している。
アシアはアシアは耳を澄ますように、聞き入っていた。
「五番機が翻訳して私に教えてくれるの」
不思議そうにしているコウに、背後座席から身を乗り出して説明するアシア。
「今のでわかるのか?」
「ええ。色々教えてもらったわ。ヘパイトスの意思は死んでいない。
「フェンネルOSのことか」
「そう。でも超AIには遠く及ばない。ポリメティスにテュポーンの悪意を阻止する力はない。助けてくれ、と」
「ヘパイトスが……」
「ある意味、神話の逸話によってヘパイトスとテュポーンは兄弟。連動しているから封印が可能だった。この姿になってもね」
「え? ヘパイトスはゼウスとヘラの息子だろう?」
コウにとってギリシャ神話におけるゼウスの印象は良くない。
鍛冶神ということで調べたが、ヘパイトスの境遇については思うところはある。女癖は悪そうだとは思うが。
「数ある説の寓話の力よ。ゼウスが頭痛に襲われた時、ヘパイトスが両刃の斧でゼウスの頭をかち割って生まれたのがアテナ。後にヘパイトスはこの縁でアテナへの結婚をゼウスに要求したけど、それはまた別の話。対抗してヘラは一人で子を産んだけど、その時生まれたのがヘパイトス。男のゼウスが美しいアテナを生んだことに対して自分は醜いヘパイトス。女としての面目を失って怒り狂ったヘラがティターンの力を借りて生んだ子供がテュポーン」
「ギリシャ神話はなんというか……」
「言わなくてもわかるわ。色々あってヘパイトスはゼウスと仲が良好とは言えないね。ヘパイトスは一度オリンポスから追放された逸話もあるし。矛盾する逸話が多いのはインド神話と同じね。様々部族、民族が神々の権威を借りるため都合の良い逸話をつぎはぎした。女癖が悪いといわれるゼウスはその最たる被害者かもね」
「神々の子孫というほうが、施政者にとっては説得力があるということか」
「そういうこと。ヘパイトスと処女神たるアテナにも子供の逸話はいるわ。アテナとは直接血縁はなくて、ガイアが生み出したという伝説ね。その子はアテナが育てたといわれている。その子供は半人で下半身は蛇。古代リュビア出身のアテナが育てた子供がそのような姿というのも、意味ありそうでしょ?」
「蛇絡みが多いな」
ヴリトラの強さは、コウにとっても若干トラウマだ。
「テュポーンも蛇の化身よ。肩から蛇を百本生やし、下半身は毒蛇といわれている存在ね」
アシアは何事か思案し、ポリメティスに問うた。
「ポリメティス。テュポーンはあなたが抑えているのよね? でもミアズマは拡散し続けている。あなたは私たちに何がさせたいの?」
点滅が鮮やかに光り出す。
朽ちた神殿のようば場所で幻想的な光景だった。
「わかった。確かにコウにしか出来ないね」
「ん? 俺に何が出来ることはあるのか」
「コウになら出来る。このヘパイトスの工廠を再稼働させ、惑星リュビアにおけるシルエット・ベースと地下工廠ともいうべき存在に作り替えること。それがポリメティスやアーサーの願いということかな。聞いているんでしょ? モーガン」
アシアが虚空で呼びかけると、モーガンが姿を現した。
『そうです。ヘパイトス様…… 今やポリメティス様は全てをご覧になられました。必要なのは無制限の構築技士権限。この主人の喪った工廠を動かすこと。その果てにこそ、アナザーレベル・シルエットたるアーサーの復元』
「ポリメティスと、工廠レルムの望み。それは打ち捨てられた廃墟と化している工廠の再稼働。存在意義を取り戻すこと。そしてアーサーの復活こそ、クリプトスのモーガンとなった貴女の悲願なのね」
『その通りです』
「再稼働というには…… 俺に出来るのか」
「できるわ。手筈はアーサーたちが全てやっている。まったく大した策士よアーサーも。本当に元シルエットなのかしら」
アシアはくすっと笑い、方法をコウに告げる。
「簡単よ。この場所全体をBAS支社アヴァロンとしてオケアノスに登録。BAS社の構築技士はすでに手配済みらしいよ? あとはコウによる申請なだけ」
「い、いつの間に……」
惑星リュビアで新たな第二のシルエット・ベースと地下工廠を作る。コウが想像もしなかったことが起きようとしていた。
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