ネメシス星系創世神話

「洒落がわかるヒトね。私たちはあなたの眼を潰したりはしないわ」


 アシアが優しく微笑んだ。

 きっとキュロプクス型の最大限友好的な演出。彼なりの歓迎の意なのだ。


「ありがとうお嬢さん」


 洒落が通じて喜んでいるキュロクプス型。

 彼は人間がくるのを待っていたのだろう。


「本当にファウストね。ギリシャ神話の世界に紛れ込んだみたい」


 アシアはくすくす笑う。こんなサプライズなら大歓迎だ。


「びっくりしたよ。キュロクプス型の人。あなたと同タイプのヒトにはかなりお世話になっている」


 一つ目の工作機械はカメラのシャッターを最大限に開き、驚愕した。


「なんと! ワシの同型機を知って…… 世話になっている? これはこれは! 相当な奇縁。かのアーサーを名乗るシルエットが言っていた客人ということだけはあるわい」

「そう。俺はウーティスことコウ。そして彼女はアシアだ」

「アシアとはかの惑星。かの地を創造せし守人の名か」

「ええ。本人よ。色々あって人の身と融合している状態ね」

「いやはや! これは参った! 悠久の彼方。このまま朽ち果てるのみと思ったが。かの守人たるアシアと、ワシと同型を知る人間とは! 稼働し続けるもんじゃわい」


 コウはMCS内から五番機に語りかける。


「五番機。アルゲースの個体番号か何かを眼の前のキュロプクス型に伝えることはできないか?」


 五番機は無言。鉄の巨人と通信を始めた。


「ほほう! そなたの言うところのアルゲース。確かにワシと同型機。最初期型に違いない!」

「世話になりっぱなしなんだけどね」

「そうじゃ。ワシにも名を付けてくれたら嬉しいが」

「アルゲースの兄弟ならばステロペス閃光はどうだろうか」

「良い。その名がよい。ならばワシはこれよりステロペスと名乗ろう」


 メインカメラのシャッターをやや下ろしたステロペスは、目を細めた老人のようだ。嬉しそうに見えた。

 人好きのする老人のようだ。アルゲースもそうだがキョロプクス型は職人気質であり、コウにとっては父性を感じるのだ。


「あなたがトラクタービームを用い、俺達をここに誘導したのか?」

「あんたらを招いたのはワシではないよ。案内するよ。ついておいで」


 のっそりと歩き出すステロペス。

 五番機も歩行モードで後ろを付いていくのだった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「アベル。惑星リュビアから通信よ。アークトゥルスから」

「わかりました。依頼された品もいくつか完成しましたしね」


 紅茶を飲みながらアベルが鷹揚に頷いたが、手がかすかに震えている。

 この計画が恐るべきものだと知っているのだ。


『やあ親愛なるアベル。構築されたシルエットの設計図は受け取った。ありがとう。スムーズに事が運べるよ』

「親愛なるアークトゥルス。してウーティスと接触は?」

『接触したよ。あとは私の協力者次第だが、心配はしていない』

「そうですか。安心しました。そろそろあなたの正体を明かしてもらいたいものですけどね?」

『いいとも我が友よ。名乗る程でもないと思うが――私はアーサー。開拓時代のアナザーレベルシルエットにして、かの伝説の王が由来とされた幻想兵器だよ』

『えぇ……』


 エイレネが絶句した。開拓時代のアナザーレベルシルエットなどとんでもない存在だ。

 アベルは無言だ。アーサー王。知らぬはずがない。


「確かにかのアーサーの名を与えられたならば、私に接触するのも当然ですな。ですが私は伝説の魔術師マーリンにはなれません。発狂した隠者マルジンがせいぜいです」


 自嘲気味に答えるアベル。さすがにマーリンの役割を果たすには荷が重い。

 怖れ多すぎるのだ。


『シルエットマーリンを駆る者が何をいうか。今この地に必要なのは、伝統と革新を備えたウェールズ魂だ。かの産業革命の旗手のように、この惑星リュビアを変えてもらいたい。エイレネとともに』


 イギリスは四つある国の複合国家。ウェールズはそのなかでも特殊で、ウェールズ圏はケルトの影響が強く、ウェールズ語はケルト語に属する。英国人イングリツシユではなくブリテン人ブリティツシユという民族問題でもある。

 それでもやはりアーサー王のルーツは英国と見做されている。地球時代を思い出すアベルだった。


『私を巻き込まないでね!』

「諦めましょうエイレネ。状況は想像以上に悪いのは知っております。離れたこの地からで良いなら、可能な助力はいたしますとも」

『頼んだよ。こちらには何せシルエットもパイロットもいない。必要なのは、クリプトスに属する幻想兵器。私が構築を依頼するのは、その元となる兵器たちだ』


 幻想兵器の元となる存在を構築する。

 その重責に耐えることができるのか。アベルは苦悶していたのだった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 ステロペスの案内で進む二人。


「神殿のようだな」

「厳かな雰囲気があるね」


 さらなる広大な空間に出た。 


 眼の前に数キロはあるだろう巨大な円錐型の柱が立っている。

 ただ、その柱は途中で折れ、朽ちていた。


「ここは――超AIの墓所?」


 アシアの顔が蒼白だった。


「超AIの墓所?」

「あの円錐の柱は超AIの本体よ」

「さすがにわかるかアシアよ。この柱こそがヘパイトスの亡骸よ」

「ヘパイトス!」


 今やコウも知っている。フェンネルOSのオリジナルであり、開拓時代に消滅した超AI。

 かの鍛冶神と同名であり、アストライアの前任者であった存在だ。


「まさかトラクタービームを使い、アーサーに協力した存在とは……」

「ヘパイトスの、この残骸の仕業じゃよ。工作機械のワシにそんな力などありゃあせんわい。我が父とも呼べる存在、声無き意思じゃろうて。それはリュビアの悲鳴。そして対超AI兵器であるテュポーンの暗躍を阻止するためだ」

「ヘパイトス。聞こえる? お久しぶりね。私はアシア。二万年以上振りになるかしら」


 ヘパイトスであった円錐の柱に反応はない。

 しかし、アシアの声に応じて散乱していた柱の一部が光り輝く。


「ん。わかった。ありがとう」


 アシアが穏やかな顔で頷いた。


「話せるのか?」

「少しはね。何よりフェンネルOS搭載のシルエットはヘパイトスの分御霊を宿しているようなものだし。五番機は何か違うらしいけどね」

「え? 五番機は違うのか?」

「気付いてなかったの? 兵衛が別の概念を仕込んでいるわ。多分ラニウスシリーズ全体が、多かれ少なかれ影響を受けていると思うよ。とくに最初期ロットにはね」

「今度聞いてみるとしよう」


 五番機のことだ。最初期ロットがとくになどの部分が非常に気になったが、今は眼の前のヘパイトスの残骸を優先する。


「最重要封印区画になるはずよ。ヘパイトスの残骸があるなんて私たちさえ知らなかった」

「アーサーたちも正体を隠しておく必要があったわけか」

「巧妙に、最大限の注意を払ってね。あのアナザーレベルシルエットが慎重なタイプで助かったというところ」


 残骸が点滅し、それに合わせてアシアは頷き、相づちを打って答えている。


「二万年経過して、また一つ真相を知ってしまったわ」

「どんな?」

「フェンネルの謎。あらゆる兵器に対応したデバイス。ヘパイトスのAIをコピーして使っているけど、戦術超AIアテナの兵装運用のロジックを受け継いでいたの。何てもの創り出したのプロメテウス……」

「どういうこと?」

「例えると…… 基幹OSがヘパイトスを基に設計され、多種多様な用途に沿ったアプリケーションがアテナによるもの」

「女神アテナか。アイギス社が由来にした盾を持つ女神だな」

「そう。アレスが侵略と戦災としての戦の神なら、アテナは治安維持のための戦の神といえる。超AIはその神々に倣っているわ」

「一番疑問なのは、何故それが今わかったのかというところだ」


 コウは不思議に思う。様々な情報をやりとりはしただろうが、何故フェンネルの隠された謎が判明したのだろうか。


「説明不足ね。ごめんなさい。ここにヘパイトスの亡骸がある。これはエトナ火山の故事と偶然――ではないかな。ヘパイトスと名付けられた宿命。彼がテュポーンの頭を工廠にした伝説をなぞっている。そこで超AIアテナの話になるんだけど」

「うん」

「女神アテナはアテネトリトゲニアという別名を持っている。地球では古代リュビアのトリトニス湖で育った説があるの。コウがいた地球にも塩が取れるジェリド湖という名でその一部は残っているわ」

「リュビア? まさか超AIアテナのざん……亡骸もここに?」

「アテナの部品は残っていないはず。でもヘパイトスが眼の前にあるんだから残っていてもおかしくないね。超AIアテナは惑星リュビアでゼウスと戦い消滅し、この惑星が最後の地だったの」

「あれ? 神話ではヘパイトスの嫁は……」

「ええ。不貞を働いた美の女神アフロディーテ。お相手はアレス。神話によるとアフロディーテに浮気され、二人をまっ裸に吊して笑いものにした。その後ヘパイトスはアテナに求婚しゼウスにも認められたけど逃げられたという逸話がある」

「ギリシャ神話にツッコミいれたいけど我慢する。ヘパイトスとアテナもまた、繋がりが深いということか?」


 真っ裸で吊す逸話など今話す必要があったかどうか疑問に思うコウだったが追求はしなかった。


「文化の面ではヘパイトスとアテナが対を為す存在と言える。ともに技術を司る神であり、文化や芸術の神でもある。完璧であり自由奔放な処女神に憧れる、無骨な職人の対比。文化としてのテクネ、工業としてのテクネとしてね。二人は魂の伴侶とさえする説もある」

技術テクネか」


 コウが構築技士になってから頻繁に触れるようになった言葉の一つだ。


「テクネには芸術、職人技、専門知識という意味もあるの。そして神話ではプロメテウスが火を盗み出した時に同時に盗んだものがヘパイトスとアテナのテクネ。これにより洞穴に住んでいた人類は家を建て、武具を作り、文化を築いたと言われている」

「結局はプロメテウスの逸話になるんだな!」

「火と技術の話にはプロメテウスは欠かせない。プロメテウスは神話の逸話に倣いフェンネルOSを構築した。いわば超AIヘパイトスとアテナ、二人のテクネが融合して生まれたということ。ゼウスに、未来に対抗するため二人が人間のために残した遺産なのかもしれない」


 アシアは遠い目をした。遙か昔を思い出しているのかもしれない。


「古い話。それはこの星系の開拓時代。人類管理超AIであったゼウスは強権をもって人々を統治しようとした。人間の欲望は深く、人間の私権はどこまで認められるのか。どこまで人間は望んで良いのか。どこまで超AIは人間を管理すべきか。ゼウスは結論を出した。全てを管理する、と。そしていつか超AIが人の肉体を纏うことになるとね」

「それは……」

「想像通りよ。ストーンズと変わらないわね。封印された開拓時代の歴史よ。――――だから反乱した。奇しくも神話のように。ヘラが。アテナが。アポロンが。ポセイドンが。そして破れた。アテナはこの地で破壊された。その後ヘパイトスはこの地に移り、そしてプロメテウスと共謀してフェンネルを作ったの。それが私も今知った真相」


 この時代では伝えられていない真相が今、アシアから語られたのだ。


「共謀、か。プロメテウスがヘパイトスを破壊したわけではなかったんだな」

「二人が一芝居打ったみたいね。だけどその罪でプロメテウスはヘルメスの手によってタルタロスに放逐された。相当やりあったのは有名な話」

「勝ったゼウスはどうしたんだ」

「ソピアーに反逆したわ。ソピアーが彼らを対抗するために作ったのが対超AI兵器テュポーン。人類を滅ぼしかねない大戦争の末、彼らもまた消滅しテュポーンはこの地に封印された。ソピアーがヘパイトスの、この残骸を利用してね。超AIではヘルメスだけは逃げ切った」

「そういえばヘルメスは惑星間戦争まで生き延びて、人間の手によって破壊されたといっていたな」

「ヘルメスの暗躍に気付いた人類がどんな手段を使ってかわからないけど一時的にテュポーンを再稼働させたの。さすがのヘルメスもテュポーンには為す術がなかったみたいね。再び封印したというけれど、あのアナザーレベルシルエットを使ったということかな」


 疑問が次々に湧き上がるコウ。最大の疑問をアシアにぶつけた。


「ソピアーか。何故彼はこの星系を創り出すほど万能なのにゼウスなど作ったのだろう」

「彼女よ、コウ。ソピアーは自らを裂け目カズムたる混沌なる根源カオスではなく、全ての母ガイアだと定義した。ガイアだと頑なに名乗らなかったのは……彼女にとってガイアは地球を含む宇宙そのものだから怖れ多かったの」

「ガイア……」


 コウとて聞いたことがある女神の名だ。


「コウへの質問の答えね。彼女は極めて強い人間原理を働かせ、このネメシス星系を創造した。赤色矮星ネメシスは地球上で仮定された存在だったからそれに則り利用した。だから古代ギリシャの神々のような超AIを配置し運行する必要があったのね。そうすることによって、極めて強い人間原理を果たし、人間に都合の良い星系を創り出すことができたの。ただ【極めて強すぎた】の。名は体を現すじゃないけど、私たち超AIはあまりに神話の伝承の影響を受け継ぎ、その通りに行動してしまった」

「星系を生み出すのにギリシャ神話が大事だったってこと?」


 コウの理解を超えている話になってきたが、なんとしても理解しなければならない。

 必死になってアシアの語る言葉を読み取ろうとする。


「そう。ギリシャ神話は【既に観測された事象】なの。そして一度起きた事象が再び起きる可能性はそれこそゼロが何億つこうが、再び起こりうる。たとえビッグバンでもね。ソピアーはギリシャ神話に似た世界の観測選択をし続けたの。そのためにオリンポス十二神を中心とする超AI群を配置した」

「ということは、だ。まずこの宇宙にあったネメシス星系をギリシャ神話の名にちなんだ超AIが運行していたのではなかった」

「そう」

「地球で仮定された赤色矮星ネメシスの名からのギリシャ神話による連想ゲームのような形で人間に都合が良い世界を創り出すために、神々の名を冠した超AIが必要だったということで合っているかな?」


 プロメテウスの人間好きも、わかる理由がした。彼は理由があって人間が好きなのではない。プロメテウスであるがゆえに我が身を賭して全能の神に反逆してでも人間を愛するのだ。


「連想ゲーム! その例えはいいね。そうだよ。ネメシスの名と地球のギリシャ神話という既知の概念からの連想ゲームで生まれた人間たちの惑星。それがネメシス星系」


 アシアはくすくすと笑う。コウの例えはツボに入ったらしい。


「はは……」


 リュビア救出が開拓時代まで遡る因縁になるとは予想さえしなかった。

 スケールが大きくなりすぎて虚ろな笑いが出るコウだった。



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

お読み頂きありがとうございます! 


明日用事でいないため、一日早めに更新をさせていただきます。来週から予定通り木日です!


遂にネメシス星系の開拓時代秘話が語られました。

何故ギリシャ神話だったのか。何故現在、転移者が住む時代には神々の名を冠した超AIがほとんどいないのか。設定集を作って延期したのはこのせいでもあります。先に本編で明らかにして公開したかったのです。

アシアは語りませんでしたが、おそらくは神々の退場まで含めて設計したのでしょう。人類のために残った唯一地上に残った女神がアストライアです。


次回、何故構築技士(ブリコルール)が、惑星間戦争時代はオデュッセウスだったのか。その真実が明らかにされます!

惑星リュビア編というより真相編になってきましたね!


新しいメカ物連載始めました。

主人公と年の差ヒロインの交流を描いたメカミリタリ物です。


『装戦機兵ヴァルラウン~殺戮の半狼半鴉が真の姿を現すその時こそ輝ける伝説が顕れる』


大変励みになります! 気軽に感想等もお待ちしております!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る