モスボール

「リュビアがエキドナ、か。理解は可能かな……」

「どうして?」

「エキドナ。上半身が女性で下半身が蛇という容姿でね。ギリシャ神話ではテュポーンの妻で多くのモンスターの母。源流はスキタイの女神。さらに遡ればエジプトやリビアに源流を持つ太古の地母神といわれているわ。古代リュビアという地域の範囲はとても広く北アフリカ一帯を指していいる」

「源流に共通点がある、か」

「AIだからモチーフだけどね。だけど確固たるモチーフがあるからこそ、私たちはそう振る舞うように出来ているから。古代リュビアに半人半蛇の魔物がいたという伝承は多いの。リュビアの娘がラミアという説もあるぐらい。だから今のリュビアあんな姿なんだと思う」

 

 一人で納得するアシア。地球の歴史も地理も詳しくないコウはピンとこない。


「しかしリュビアの本体がエキドナに変化したとして、元に戻すのは可能だろうか」

『困難ですが可能性はあります。リュビア様が戻られたのですから』

「リュビアが生み出したものに上書きされた状態だから可能性はある、か……」

『アーサー様がお目覚めになったのです。さらに可能性は上がるでしょう』


 モーガンがアーサーのほうを向く。


「アーサー。どうしてあなたはその状態なのか。何故リュビア救出に力を貸してくれるのか」

「私も聞きたいことがある。何故、トラクタービームまで再現可能な程力を取り戻しているにもかかわらず、動けないのか。それともあれはモーガン単独の力?」


 アーサーは笑った。シルエットなので表情に変更はない。だが、確かに笑ったのだ。


『ははは。私は残骸に過ぎなかったのだよアシア様。私とモーガンだけであのような真似が出来るものか。テラスがトラクタービームを発射したときは肝を冷やしたよ。だから干渉した』

「そうよね…… あれは遠い昔の技術」


 他にも彼らと同様、もしくはそれ以上の存在がいるのだ。

 テュポーンではないことだけは確かだ。


「じゃあ俺達を守るために、か。どうしてそこまでしてくれるんだ?」

『私は人類を守護する騎士である。リュビアを救うためにきた者とともに戦いたかった。かつて開拓時代の遺跡にあった展示物。そしてテュポーンが一度目覚め、再度封印したときに使われたシルエットの残骸が私だ。二度とテュポーンが目覚めぬよう守り神としてこの地に安置された』

「幻想兵器として守護者としての意識に目覚めた?」


 アシアが呟いた。


『その通り。守り神であれと祈りをこめて安置された私がどうしてテラスになろうか。私に与えられた名はアーサー。コーンウォールの猪。そしてドラゴンハートを持つ外敵と戦う宿命を持つ者の名だ』


 自らに与えられた名を誇らしげに語るアーサー。


「ヒュレースコリアが選んだ守護者があなたかもしれないね」

『ヒュレースコリアたちもそう思ってくれたようだが、この残骸にはMCSしか干渉できなかった。つまり本来なら周囲の残骸や土をもとに機体を再構成する。モスボールとでもいうべきか。繭状のバリアに包まれたあと、さなぎのように次の幻想兵器のもとになる形状物質に包まれるのだが、この場所では不可能だった』


 兵器がさなぎになるとは。コウはリュビアが作り出した技術は凄まじいと感嘆した。


「モスボール? 退役した兵器を保存する方法か」


 コウも退役した兵器の保管方法は学んでいる。コウのいた時代の米国や日本では白い繭状に包んだモスボール方式で保管していたと学んだ。防錆処理のためであり、重要なエンジンや計器は取り外していたと聞く。


「そうね。蛾の繭のなかにさなぎがあって、そこで変態する。その過程を模して残骸を幻想兵器に変えるということのかな」

『さなぎになった昆虫はまったく別形態のはしっているね? それは神経を除いて中身を鋳型のように溶かし、さなぎの形に再構成するからだ。兵器の場合は外装や内部構造も再設計される』

「鋳型!」


 鋳型という説明で納得がいく。さなぎのなかで、以前の肉体が溶けているなど初めてしった。


「あの幻想兵器たちのフリーダムな構造は簡易な鋳型で装甲を新設計し、再構築するからか……! 確かに生態系特化のリュビアにしか出来ない芸当ね」


 アシアも今まで不可解と思われていた幻想兵器の構造にようやく納得がいったようだ。


『アナザーレベル・シルエットで幻想兵器になった例は少ない。もう一機いるがその者はアイドロンだ』

「それはどう? 人間にとって危険?」

『いいや。むしろ彼女は惑星リュビアにとって人間にとっての守護神ともいえるだろう。人間の味方と認識できる点では明らかに例外だ。私でさえよく理解できないのだよ』

「アイドロンなのに守護神? 彼女? 女性なのね」

「アシア。今はアーサーの話をしよう」


 コウも気になるところだが、アーサーが理解できないといっている存在よりもアーサー自身を知る方が優先だった。


「そうね。ごめんなさい。アーサー。あなたは自己修復できなかったの?」

『修理しようにもソピアーが技術封印に行ったもの。マテリアルの復元は不可能だ。そこで君たちに助けを求めた理由でもある』

「ヒュレースコリアもその装甲は複写できなかったのね」

『そうだ。増幅するにもこの展示室では材料すらない。そしてこの区画には当時の責任者しか入場は許可されない。当代ではいるかどうかさえわからないEX級の構築技士ぐらいだろう。だが幸いなことに存在し、リュビア様と帰還ということを知った。そこで協力者とモーガンに頼み、君たちを呼び出したのだ。手荒な方法であったことは謝罪する』

「協力者? 確かにモーガンだけではあの芸当は不可能だとあなたは言ったけれど」


 アシアは薄々他にも協力者がいると勘づいていたようだ。


『話すと長くなる。物理的には私さえ会ったこともないのだ。実際に君たちが会いに行って協力を要請して欲しい。たくさんの機械たちがいて君たちが来るのを待っていると思う。彼らならば私の修理方法、とまではいかないまでも応急処置手段ぐらいは持っているかもしれない』


 この場所から動けないなら、会ったことがないのも当然だろうとコウは思う。


「機械は停止しているの?」

『何者も入れない無人区画の工場。そこにやるべき仕事があると思うかね』

「それもそうか。わかった。協力をお願いするためにその場所へ向かおう」


 コウは請け負った。仕事がない機械と聞いてふと侘しさを覚えたのだ。


『座標は提示できる。さらに奥深く。最厳重封印区画の最深部だ』

「わかった。すぐ戻ってくる。待っていてれアーサー」

『頼んだぞウーティス』


 五番機が走り出す。動かぬ機械の体でアーサーは彼らを見送った。


『アーサー。よろしいのでしょうか。彼らだけで』

『大丈夫だ。彼はウーティスなのだから』

『そうでしたね』


 二人のAIは彼らの帰還を待つのみだった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



五番機は指示されたルートを滑走する。


「魔女モーガンにアーサー王か。ファンタジーみたいになってきたな」

「英国でのアーサー王伝説は根強い。しかしそれは確かに幻想の域」

「実在したのかな」

「様々な人物の偉業が一つの伝説になった、という説が有力ね。神様のエピソードは大抵そんな感じよ」

「宮本武蔵も十人ほどの剣士たちの逸話が重なった説がある。蜃気楼の魔女にアーサー王は夢があっていいな」

「本当にファウストじみてきたわ……」

「ゲーテのファウストも履修したほうがいいのか……」


 必要に迫られギリシャ神話の名前を覚えたコウだったが、ゲーテは範囲外だ。

 彼の読書はもっぱら剣術や日本の古書に限る。


「必要ないと思う。ギリシャ神話の世界に紛れ込んだファウストのお話ってだけ」

「そうか。安心だ」


 神話はともかく文学は少し敬遠したいコウだった。


 五番機が目的の区画に到着する。

 かなり異様な雰囲気だ。


 今までは整備された建築物。技術の粋を結集して作られたとわかる、シルエット用の通路。

 

 しかし、この場所は違う。大きな空洞だが、山をくり抜いたような形。

 アストライアがあった地底湖と同じく、天然の地形を利用したと思しき区画だ。


 停止した大小の作業機械がそこらに鎮座している。

 

「かなり古い機械ね」

「開拓時代?」

「そう。オブジェクトのように転がっているけど、かなり高性能よ。動かすことができれば、だけど」

「技術封印の関係かな」

「それもあるし、多分機械を動かす権限の持ち主がいないんだと思う……」

「錆もせずか。ずっとこの場所に存在しているんだな。ウィスのおかげだな」


 五番機は進んで行く。


 目的地が見えた。

 その場所も工場区画であるようだ。


 見覚えがある姿がそこにあった。アルゲースそっくりの一つ目の工作機械がそこにいた。

 さすがのコウもこのロボットは予想できず、息を飲む。


「珍しい。人間の来訪者が来るとは」


 一つ目の巨人が五番機を見て、喋った。


「よろしければ名を伺いたい」


 コウが絶句している。どうみてもアルゲースだ。色まで同じときている。

 同型機が現存したのだ。


 一瞬躊躇したあと、答えた。


「俺はウーティスだ」


 キュロクプス型が止まった。

 何か悩んでいるようだ。


「ワシはこういえばいいのかね?」


 キュロクプス型は笑っているようだ。


「ほう。人間め。誰もいないウーティスという名か。ならばお前を喰うのは最後にしてやろう」


 かのオデュッセウスの故事。一つ目の機械は面白半分に倣ったのだ。






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お読み頂きありがとうございます! 

後書きです!


ミリタリ用語の兵器保管方法であるモスボールとかけました。これ以上ぴったりの言葉もなかったです。

幻想兵器は昆虫の変態と同じ原理です。神経以外どろどろになって再構築が生体でも可能なら機械のほうが遙かに再構築しやすいでしょう。

昆虫と違うところは爬虫類やら哺乳類を模した生物型兵器が生まれるところですね。もふもふな幻想兵器も繭から生まれます。

このアイデアはクレイトロニクスの存在を知り、惑星リュビア用に幻想兵器の設定を温めてきたものです。自分なりの生物的機械の原理は? を模索して生まれたものです。

ですから相当前ですね。『大戦の予兆』あたりです。惑星リュビア編、もう少し早く突入する予定でした。


エトナ区画に入ってから、ネメシス戦域中で一番『冒険』しているような気がします。

先に何があるか。読者の皆様にも一緒に楽しんでもらえたら幸いです。


次回は土曜日更新です! 日曜の予約更新してもいいのですが、地元の法事のため不在です。ネメシス戦域の、ある種真相回でもあるので手動で更新したかったのです。

楽しみにお待ちいただければと思います。



新しいメカ物連載始めました。

主人公と年の差ヒロインの交流を描いたメカミリタリ物です。

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