クレイトロニクス
『我が主人アーサーにございます。私も同様にクリプトスに属する身。ご安心ください』
「え? モーガンでしょ? アイドロンではないの?」
『なにげにひどいですね? アシア様』
「だってあのモーガンだし……」
魔女モーガンは伝説的にもよろしくない逸話が山ほどあるのだ。
「イタリアは英国だった?」
「コウ。戦争になるからやめなさい」
「はい」
軽口のつもりだったが、ガチめに警告を受け凹むコウ。
「どこからツッコんだらわからない状況だけど、本題から。貴方に尋ねるわアーサー。目的は何?」
『私を修復するために協力して欲しい。怪異と対決するため、惑星リュビアを守るために』
「怪異?」
『その通り。モルガン。宇宙空母イズモの戦闘映像を』
『了解しました』
虚空に映し出された光景は絶句するものだった。
機械とも生物ともいえぬ兵器がイズモに襲いかかっている。
相当兵器としては弱いらしく対空レーザー一発で沈んでいる。しかし数が多い。
黒瀬とハイノが搭乗したドラゴンスレイヤーが無謀にも単機で敵母艦内に突入。敵母艦内でリアクターが変化したらしい敵テラスに特攻攻撃を仕掛けている。
「黒瀬さん!」
「何故そんな状況に!」
敵母艦外では零式部隊が迫り来る奇怪な敵を空中戦で斬り落としている。
弾切れではなく、接近戦で対処できるからのようだ。
『優れた指揮官がいるようですね。あのテラスは巨大な空母を殻にし、本体中枢から操作している。突入して本体を倒すのが得策です』
「それにしても無茶だ!」
モーガンがMCSに干渉し、引き攣った顔の黒瀬の顔が映し出された。ハイノは楽しんでいる。
弾幕をハイノが華麗に回避し、黒瀬は攻撃に専念している。コンビネーション・プレイだ。
『彼らは勝利するだろう。おそらくは』
「黒瀬さん。もうボムも残機もなさそうな表情だったぞ……」
エメ以外誰にも理解できない言葉を呟くコウ。
『彼らが戦っている敵は脅威の一角に過ぎない。海は惑星間戦争時代の遺物はもとより、開拓時代の残骸もある。異様な進化を遂げた兵器は無数。リュビア様が行ったクラシカルヴァルプルギスナイトに介入した存在がいるのだ』
「それがひょっとしてテュポーン?」
『それだけではない。テュポーンとサポートするための幻想兵器エキドナ。この二人がストーンズ憎しで介入した。何せ背後にヘルメスがいるのだ。本来なら再起動したかったに違いない』
「相変わらずオリンポスAIに対するヘイトが高いね」
「アシアたちは大丈夫なんだろ?」
「うん。惑星維持コンピューターは全部ガイアの系譜だからね。神話の系統ではアシアはオケアノスとガイアの娘テテュスの娘。その子孫がリュビアで。リュビアの孫にあたるのがエウロパよ。みんなまとめてオケアノスの娘扱いされる場合もあるし、私たちはその解釈が強く作用している存在なの」
『幻想兵器の第一目標はストーンズの抹殺。だがそれを果たした後、テュポーンは干渉をやめて再び眠りについた。マーダーの因子が組み込まれたテラスの中には人間をトロフィーのように収集し、時には部品として同一化さえ試みる。それがテラス』
「テュポーン。何してるの…… あなたは人間に寄り添うことはないでしょうけどそれにしても」
思わず頭を抱えるアシア。想像できない事態。
これは早くリュビアや宇宙艦隊と共有しなければいけない情報だ。
『もはやこの惑星は正常に戻らぬかもしれぬ。それでも拡大し続けることだけは阻止せねばなるまい』
「ちょっと待って? 教えてアーサー。どうして正常に戻らないと言えるの? リュビアのクラシカルヴァルプルギスナイトはどんな機能をもったシステムなの? 本人ですらわからない。あなたにはわかる?」
『その問いに答えてみせようアシア様。サポートを。モーガン』
『承知いたしました』
再び映し出された映像。
赤黒い粘土のような物体が蠢いている。
「これは…… 見覚えがある。懐かしいとさえ言える。惑星開拓時に私たち姉妹が、惑星改造に使ったものよ。単に粘土クレイと呼んでいたわ」
アシアの表情が険しくなる。
『これがクラシカルヴァルプルギスナイトの生み出したヒュレースコリアという兵器変成材。ヒュレーは古代ギリシャ語で質量、物事を形成する素材。スコリアは錆や燃えかすを意味する。兵器の残骸やリアクターと同化し、地球由来の伝説を模した兵器として再生させるナノマシン』
「リュビアが極秘裏に開発した兵器自動生産システムね」
『その通り。そしてこれがテュポンとエキドナによって変異したヒュレースコリア。テュポーンはこの兵器変成材の基幹プログラムに干渉し、自己発展させた。名はミアズマ。まったく概念が変わってしまった素材だ』
黒色のドロドロした粘土状のものが映し出される。これがミアズマらしい。
「残骸を新たな、しかも自律した兵器に変えるなんて魔法みたいだな」
『否。魔法ではないのだよウーティス。これは地球にも存在したクレイトロニクスと呼ばれる技術の究極系。ナノマシンとAI、様々な観測機器で構成された無数キャトムが対象物を複写、アンサンブル公理によって自己組織化を促し再現する。自己増殖する3Dプリンターの原料といえば伝わるだろうか』
「自動3Dプリンタだって?! そんな魔法みたいな技術が地球に……」
『地球ではプログラム可能で遠隔操作もできる物質としての研究、発展させたダイナミクスフィジカルラーニングとして研究。最終的に人間の再現も視野に入れていた。ミアズマは再現した兵器を基に適応した幻想生物を設定。作り替えるという性質だ。けっして魔法ではなく、理論として可能なのだ』
「惑星管理AIと同期させたナノマシンを使って増殖させ、惑星を人の住める環境に改造していったのよ。これなら大量に製造できる。リュビアはこの機能を兵器製造に転用した、か」
そこまで追い詰められていたリュビア。使える物が相当限られていたのだろうと推測できる。
『これならば兵器の方向性も定めることができます。意思を奪われたリュビア様の奇策です』
モーガンはリュビアを讃える。ストーンズを壊滅させ、彼女たちを誕生させたのはリュビアの功績だ。
「奇策ね。ロボット工学とナノテクノロジー、レンタリング能力、インテリジェントマテリアル粒子を組み合わせた代物…… 幻想兵器。リュビアは自らの再生まで諦めて作ったのね。そこまですれば原理的には確かに可能」
「そんなに大変なことなのか」
「コウ。以前私が消滅したら、長い時間をかけて復元されるという話は覚えている? この粘土。無数のキャトムを通じて再構成する、という意味だったの。記憶は無くなるし、心もない無機質な惑星維持超AIとして、だけどね」
「覚えているよ。リュビアはその機能を自分の再生に用いず、この星からストーンズに追い出すために使ったということか」
「ええ。再生できたとしても、それこそ数万年かかると思うわ」
アシアは頷いた。自らの再生の可能性さえも捨ててリュビアは戦っていたのだ。
『応用すればどのような兵器も可能だろう。だからあえて地球に幻獣や神話に限定することで、人類の歴史あってこその幻想兵器だということを認識する』
「粘土のように合体するメカが作れないかな」
コウも直接見た記憶はないが、粘土のように混ざり合って変形するアニメを思い出したのだ。
「究極的には可能かも。でもそれはあとで」
「当然」
魔法ではないとしたらもったいないと思ってしまったコウ。色々応用出来そうな技術だと思ったからだ。
『ミアズマ――古代ギリシャ語で瘴気や穢れを意味します。この物質は精神さえも侵し、次々に伝染するという由来を持ちます。テラスはミアズマから生まれているのです』
モーガンがミアズマについて説明する。
『ヒュレースコリアはあくまで停止しているMCSとフェンネルOSを搭載したものが対象。ミアズマはあらゆる兵器の残骸に感染、増殖したもの。無人機やMCSがないマーダーの残骸でさえも対象だ』
「さっきの魚か何かわからない兵器はそんな連中か」
『我々はあの無人兵器をカコダイモーンと呼んでいる。姿を変える悪霊の意味だ』
「英語で
「黒瀬さんも無茶している」
何を思って黒瀬は単機でテラスに特攻したのか。無茶にも程がある。
ふと気付いたコウが声を上げる。
「待て。ミアズマに汚染された兵器とやりあってユリシーズ宇宙艦隊の兵器は大丈夫か!」
コウの脳裏に汚染が自機に及ぶシューティングゲームが連想されたのだ。
『MCSと乗り手が生きていれば大丈夫だ。すでに意思あるものを乗っ取ることは不可能だよ。かのアストライアなら適切な対処方法を見つけていると思われる』
コウは胸を撫で下ろした。脳裏に次々と汚染する設定の横シューを思い出したからだ。
「ではリュビアが生み出したヒュレースコリアはクリプトスとアイドロンしか生み出さなかったと?」
『その通りです。人と寄り添うリュビア様が生み出しものが、マーダープログラム如きの影響で人類に敵対することになるはずがないのです。現にミアズマからはクリプトスも誕生しています。これは怒りに駆られたリュビア様が人を愛する心を喪うことはなかった証拠です』
「そうよね…… 本当に早くリュビアに知らせなくちゃ」
クラシカルヴァルプルギスナイトによるテラスの存在に深く後悔していたリュビア。彼女は確かに成功していたのだ。
「テラスを生み出しているのはこのミアズマのみだと?」
『リュビア様の目的である幻想兵器はあくまでシルエットのMCSを改良し自律兵器とするもの。ミアズマは違う。あらゆる残骸に侵食し、破壊されたAIを解析し本来の役割を探知。それに似た地球由来の神話。幻獣や神々を模した存在に割り当て、リアクターを再生させ増殖していった』
アーサーが重々しく告げる。この事態を相当重くみているようだ。
「ヒュレースコリアで生み出された兵器は少ない解釈でいいかな。いわゆるテラスは全てこのミアズマ。リビュアとテュポ-ンの怒りを反映した瘴気によって生まれたと」
『当初はヒュレースコリアの方が多かったのです。ですが問題はミアズマが現在も増え続けているということです。エキドナがミアズマを生産し続けているのです』
「テュポーンに人と寄り添うという概念はない。対超AI兵器だから。ミアズマは悪い意味で噛み合ったというわけか……」
コウが思案する。
『増殖もするミアズマを完全に消滅させることは難しいでしょう。この惑星は幻想兵器と共生していく必要があります。しかしこれ以上の急激なテラス増加だけは防ぎたいのです』
「わかるわ」
「だが面倒なことになったな。リュビアを解放し、エキドナも停止させなければいけないということか」
『ならばその面倒事は一つになりましたね。ウーティス』
「どういうことだ?」
『かのエキドナは意思無きリュビア様本体の一つが独自の意思を持ったもの。彼女を倒すことはすなわちリュビア様本体を取り戻すことになるのです』
モーガンの示した解決策。相当に困難だとコウにもわかった。
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【後書き】
いつもお読みいただきありがとうございます!
珍しく後書きを書くのは技術解説です。
今回登場した『クレイトロニクス』は作中にもある通り、現実に開発されている技術です。
今は小さなものの形をなぞるだけですが、最終的な目標は本体そのものをそっくりに模倣する技術。
半導体メーカーであるイン○ルは『人間をまるごと複製できるかもしれない』とのことです。ここまでくれば人工臓器なども余裕かもしれません。
幻想兵器はどうやって誕生したのか。その根幹たる技術は二十一世紀に存在しました。今CPUはA○Dとイ○テルの競争が熱いですね!
さて次回もまた幻想兵器の謎に近付きます。
21日分の更新だけ20日(土)に更新いたします。ご了承くださいませ。
黒瀬 「ちょっと待て。俺の活躍は地の文さんで終わりか」
ハイノ「残機ゼロからが燃えるんだぜ!」
新しいメカ物連載始めました。
主人公と年の差ヒロインの交流を描いたメカミリタリ物です。
連載数話にして濃厚接触率はネメシスを超えたかも? なメカアクションです!
『装戦機兵ヴァルラウン~砲火吹き荒れる戦場に殺戮の半狼半鴉の異名を持つ鋼の騎士が舞い降りる』
今後ともよろしくお願いします!
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