惑星リュビア

『惑星リュビア、圏内に入りました』


 アストライアの報告に司令席にいるコウは頷く。


「各艦に告ぐ。テラスによる襲撃を警戒せよ」


 ヴリトラのように宇宙空間に特化したテラスがいないとも限らない。

 

「遂にリュビアに戻って来ることが……」


 万感の思いが籠もっていた。

 この惑星は彼女が二十億年かけて作り替え、維持してきた惑星なのだ。


「早く本体を取り戻さないとな」

「ありがとう。ウーティス。コウというべきか」

「コウがいいな」


 コウ自身はいまだにウーティスでいることに慣れていない。

 先ほどの指示を自然に下せるほどになってはいると周囲は気付いているが指摘しない。周囲の優しさであり、配慮だった。


『このまま惑星リュビアに突入する場合、衛星速度での大気圏再突入となります。進入角度を計算し姿勢制御。軌道離脱噴射デオービツト・バーンを行います』

「その後艦隊を海面に着陸させ、その後アウラールたちがいる要塞エリア跡地に向かう。問題はテラスの襲撃か」

『この距離なら惑星での動きがあれば察知できます。襲撃の恐れは少ないと思われますが、ヴリトラのように人間を組み込んで処理能力が私を上回っている可能性もあります』

「アストライア。危惧しすぎだ」


 ヴリトラに量子通信を割りこまれたことが未だ尾を引いているようだ。


『私の性能のせいであなたを危険に晒すわけにはいけませんから。それでは降下プロセスに入ります』


 艦隊は現在通常の巡行速度域で航行している。

 惑星リュビアの上空百二十キロの高度から降下プロセスに入る。秒速八キロ以下までに減速する必要があった。


「着水したら魚型の兵器に襲われるとかないよな……」


 コウが子供の頃、トラウマになりそうな横方向に進行するシューティングゲームがあった。


「コウ! フラグを立てるんじゃないにゃ!」


 ありえそうな現象ににゃん汰が危惧する。


『ないとはいえません。幻想兵器は機械生命体ではなく自律兵器です。大型テラスが無人兵器を使い哨戒任務等に用いる等ですね』

「とくに惑星間戦争時代の遺物は海中に眠っていることも多い。ヴリトラからの予想だが、バハムート級やリヴァイアサン級も海に沈んでいた宇宙空母や戦艦だろう。海洋のほうが危険度が高いと予想する」

「惑星リュビア降下に際して襲撃の備えは準備している。各艦パイロットは警戒態勢だ」


 襲撃に一番有利なタイミングは惑星降下時であろうことは明白だ。

 人間同士なら紳士協定が存在するかもしれないが、敵は幻想兵器。手段を選ぶとは思えない。

 

『降下開始!』


 その瞬間だった。


 アストライアに衝撃が走る。

 緊急アラームが鳴り響いた。


「何が起きた?! 攻撃か?」

『違います。これは…… 宇宙港からの強制誘導。牽引トラクタービームです』

「どの宇宙港だ? 生きている施設があるのか。何か通信は?」

『何もありません。他艦は誘導を受けていない模様。これは――』


 さらに大きく艦に衝撃が走る。


「今度は?」

『別方角からのトラクタービームです。二回目の照射が優先されています』

「この艦からということは狙いはリュビアか。モテモテだな」

「こんな時に冗談をいうものではない、コウ」


 リュビアの顔は険しい。


『トラクタービームは反重力を原理とした技術。重力インパルスジェネレータを持つ存在が関わっているのは明らか。とくに二度目の投射の牽引力は、当艦に大打撃を与える攻撃が行える証左ともいえます』

「少なくとも撃墜が目的ではないということか」

『おそらくは。誘導ビームは絶妙に調整され、艦がバランスを崩さない程度です。最初の投射とは比較にならない精度です』

「了解。お誘いに乗るかどうかか。――マット! エリさん! 先にアウラールと合流してくれ!」

「肝心の君らがいないとどうにもならないよ?」

「そうだが…… こちらはホスト次第だ」

『待ってください! 出撃要請? 五番機に?』

「どういうことだ」

『宇宙港から出撃要請です。相手は正体不明。これは認められません。五番機単独の大気圏突入など認められません! 交渉します。当艦は大気圏突入を見送り周回軌道を維持します』


 アストライアが矢継ぎ早に指示を出す。


「ヴォイ! 五番機を出せるか」

「出せるけどよ! 反対だぜ!」

「ハルモニアがあっただろう。あれを積んで五番機単独で突入する! そうすればリュビアとアストライアはアウラールたちと合流できる」

「……仕方ねえな。ハルモニアを操縦するのは俺だ。いいな」

「構わない」

『認められません。交渉中です――』

「アストライア。まずはリュビアを優先するんだ。招待されているのは俺だ。エメ。付いてきてくれ」

「うん!」


 エメは勢いよく立ち上がった。


『それは――』

「一人で行くほど無謀じゃない。エメならアシアとも連絡が取れる可能性はある。どうだ」

『了解しました。――待ってください。宇宙港から識別信号が届きました。これは……』


 アストライアが絶句するような信号だった。


『この信号が本物なら、なお認められません。コウ。明らかな罠です』

「どういうことだ。 どんな勢力なんだ」

『宇宙港からの誘導ビームの発信源。転移者企業を自称しています。BAS社です。ありえません』


 アストライアの声は明らかに苛立っている。間違いなくBAS社のものだろう。

 確かにありえない。コウも訝しんだ。

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