オケアノスの執行人

 星間航行を続けるトライレーム宇宙艦隊。

 限界速度での最大加速はやはりリアクターに大きな負荷がかかっていた。


 繊細なリアクターの整備は人類の技術では対応できない。作業用シルエットにリアクターの設計図を艦がインプットし作業する。

 保全ロボットの出番でもあるがフェンネルOSの処理能力で対応したほうが復旧は早い。


「コウ。お前は手伝うんじゃねえ」


 ヴォイが苦言を呈する。


「そうはいっても……」

「作業するヤツが萎縮しちまうんだよ! お偉いさんにはそれなりの振る舞いがあるってウーティスの時学んだだろ?」

「アレは死んだし」


 現場で働いている方が気楽である。

 ヴォイが青筋を立て怒鳴った。


「死んだじゃねえ! そろそろ逃げるな。俺はわかってるんだからな」

「バれてるか」

「通用しねえっての! さあ戻った戻った!」


 しぶしぶ五番機から降りるコウ。

 こういう地味な作業のほうが自分に合っていると思うのだ。


「ありがとう! ヴォイさん!」

「そうですよ。ビッグボスにリアクター修理を手伝わせたりしたら……」


 作業用シルエットであるウッドペッカーの乗り手に感謝されるヴォイ。


「すまねえな。あいつはまだお偉いさんの自覚がないんだ。前線の兵士気分なんだよ」


 前線の作業員と肩を並べる指揮官というのも悪くはないだろう。

 だが今はその時ではない。極限状態の宇宙なのだ。


「よし! 作業続けるぞ!」

「Aカーバンクル制御区画の最深部は保全ロボット114さんがやってくれるそうだ。連絡があった」

「名前付けてもらえないかなあ。114さんにお世話になってるんだ」

「俺もだ。本人が名前要らないと言ってるからなぁ」


 そうぼやくパイロットたち。保全ロボットもトライレームでは人扱いであった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 ヴォイほど気遣い出来る熊型ファミリアはいない。

 コウもそろそろ向き合わねばならないときだ。


「エメ。ブルー。にゃん汰。アキ。俺に言いたいことはないか」


 ここが彼のいけないところ。ひとまとめにして呼びかけた。

 あっという間に取り囲まれる。


「気付いてたんだね」

「あら。わかってらっしゃるのね」

「いい度胸だにゃ。放置された猫は怖いにゃ」

「犬もですよ?」


 まとめて呼びかけたことで、連合軍になってしまった。


「宇宙は閉塞感があるな。みんなもさぞストレスが溜まっているだろう」

「誰かさんがずっとアストライアに付きっきりだから」


 エメのジト目が辛い。


「わかった! 今日はフリーだ。遊ぶのも食事をするのも一緒だ! 艦内で何ができるかはわからないが!」

『最近私がコウを独占してしまっていましたからね。無重力空間のリゾートルームを作りましたよ。コウと遊んでください』


 予想外のところから予想外のプランが出てきた。


「アストライア?!」


 予想外の裏切りにあった気分のコウ。

 アストライアとて独占しすぎていたことは気にしている。彼女たちのストレスを和らげる代案プランはとうに実行済みだったのだ。


『閉塞空間において兵の士気を高める娯楽も重要です。初日はあなたたちが。その後は随時クルーたちに利用してもらいましょう』

「何があるの?」

『球状プールにぽん子による食事施設です。混浴を嫌がったコウでもプールならいいですよね』

「さすがはアストライアにゃ」

「ナイスアイデアです!」


 以前混浴を拒否されたにゃん汰とアキは満足気だ。


「プールだと……」


 想像を絶する事態になりつつある。


「コウ。プールで遊ぼう」

「水着なんて持ってきてないわ」


 ブルーも宇宙でプールという話になるとは思わなかったのだ。


「大丈夫。数分で作れる」

「やっぱり? もうエメに選んでもらおうかな」


 エメとブルーは水着の相談を始めている。

 

「アシアですらなかった水着イベントなどと……」


 コウが強ばっている。一番苦手な部類のイベントだ。

 まだ衣川の講義のほうが百倍気楽である。


『せっかくの星海|《うみ》なのです。コウも楽しみましょう』


 アストライアが微笑む。講義とはいえアストライアはかなりの時間コウを独占できて満足なのである。その余裕と罪悪感、そして彼女なりのクルーたちへ感謝のため用意していたのだ。

 コウがこの手のイベントを苦手としていることは承知だが、放置気味の彼女たちのためにも我慢してもらうしかない。


「海、か。海だよな」


 艦外をみると、星が煌めいている。


「アストライアは星乙女だし。一緒にビジョンで遊ぼう」


 エメが誘った。


『お誘いいただけるとは。では検討しますね』


 鋭い殺気を感じ、艦の端を見るとアシアが呆然としていた。幽鬼のように佇んでいる。ビジョンではなく、雑な立体映像が恐怖を演出している。


『私も頑張ったのに……』

「アシア?!」


 虚ろな瞳が怖い。


『私のいないところで楽しそう』


 そういって消えた。


「アシアも来るにゃー!」

「アシア。戻ってきて下さい!」


 アシアの気持ちがわかる二人が必死で呼びかけた。

 とぼとぼとまたビジョンで現れるアシア。


 その後アシアとアストライアも交え、一日引っ張り回されたコウ。

 彼女達の他にも同日希望者が殺到。圧倒的に女性の希望者ばかりで抽選となった。


 無重力ビーチバレーやら球状プールやら慣れないことの連続であったが、困ったことはそういうことではない。

 女性陣の見せつけるようなファッションショーともいうべき状態。当日の女性クルーたちの気合いの入れようが違ったことは言うまでもない。


 無念無想と繰り返し心の中で繰り返し、雑念を振り払う努力をするコウであった。


 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 惑星リュビアではクリプトスが集まっていた。

 巨大な鳥や恐竜型から、シルエットサイズまで様々だ。


『リュビア様一行がヴリトラを撃破した』

『なんだと?!』

『ヤツは紛れもなく宇宙空間最強のテラス。ウーティスとはそこまでの力を持つか』


 巨大なクリプトスも二体参加していた。鳥型のガルーダと竜型のズライクだ。


『リュビア様たちがジャターユの仇を討ってくれるとは』


 ガルーダが眼を赤くして呟く。彼にとって一番親しいクリプトスだった。

 ヴリトラへの怒りとジュターユの無念を晴らしてくれたウーティスへの思いだった。


『彼は最後までリュビア様のために力を尽くしました』


 ガルーダの嘆きと哀悼に、アウラールが慰めの言葉をかける。


『彼はテラスどもが人間を組み込むという禁忌まで犯していることを我らに伝えてくれました。我らはウーティスと手を取り合わないといけない』

『テラスたちの動揺も激しい。何せヴリトラを撃破できるヤツなどそうはいないからな。ましてやヤツの領域での宇宙でだぞ』

『ヤツはテラスのなかでも最も凶悪な部類でした。禁忌を犯してオケアノスの怒りを買った可能性もあります。テラスも人間を組み込むことに躊躇するでしょう』


 ヴリトラを撃破する。それはテラスへの抑止力になったことをクリプトスは察していた。


『ウーティスはオケアノスの執行者なのかもしれない』 

『可能性はある。ブラックホールを生成し、ヴリトラを倒したようだ』

『ブラックホールだと? そんなものを作り出してオケアノスに消されなかったということか!』

『だからこそだ。真にオケアノスの執行人かもしれぬ』


 ざわつくクリプトスたち。


『思い出したぞ。ウーティスの愛機の名はラニウスだ。シルエットもラニウス隊で来るらしい』

『それがどうした』

『我々幻想兵器とも馴染み深いラテン語。意味は――ー処刑執行人だ』

『!』


 ラニウスとはスズメ科モズ科モズ属の呼称に過ぎないが、彼らは深読みしてしまった。


『リュビア様はオケアノスの執行人を引き連れて帰還なされるのか』

『ただの人間と思ってはならぬ。かの惑星では超AIアシアを救出し、宇宙空間最強ともいえるヴリトラさえも葬った処刑執行人が、リュビア様を連れて帰還するのだ。我らにそんなことは可能か? 不可能だ』

『恐ろしいが、味方であるならば心強いな』


 恐ろしい誤解が生まれつつあった。 

 アウラールが告げる。


『彼は私を友といった。リュビア様とも親しい。多くのファミリアやセリアンスロープにも慕われている。悪いようにはならないだろう』

『ジャターユの仇を取ってくれた者がそのような英雄なら、喜ばしいことこの上ない』 


 ガルーダが眼を細めて歓迎の意を示していた。

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