怪情報『パンジャンドラムがブラックホールを生成したらしい』
ヴリトラの遭遇とブラックホール生成の報はユリシーズに強い衝撃を与えた。
「アシアでしか制御できない兵器で、ようやく倒したテラスとはな!」
ケリーはこの事態を重く見ていた。
「構築技士を取り入れ強化するとは。我々も資源リソースということか」
ウンランも苦い顔をする。よくも倒してくれたものだとトライレーム宇宙艦隊には感謝しかない。
「無事にリュビアに辿り着いても前途多難ですね。彼らが無事にアシアに戻ってくれればいいのですか」
「衣川さんがいるんだ。大丈夫だろ。宇宙はあの人の分野だ」
心配するクルトに声をかける兵衛。
「まったく! 同伴する構築技士がキヌカワで良かったよ! 俺じゃろくな話もできやしねえ!」
「ケリーさんがそれをいいますか。ここにいる我々みんなそうですよ。キヌカワ氏以外ならば対応できる可能性があるのはあなたかクルトさんぐらいでしょう」
ウンランは首を横に振る。この事態において同伴している構築技士がキヌカワで良かったと心から思う。
「俺達は人選を誤らなかった。それでいいじゃねえか」
兵衛が笑う。宇宙に行くということで、あれほど嬉しそうな衣川は、見ているだけで自分も嬉しくなる。
「そうそう。例のブラックホールのあと、コウの野郎は講義決定らしいぜ」
「知識無き技術は恐ろしいですからね。今後のことも考えて彼にはもっと知識を増やしてもらわねば。今回は間違いなくキヌカワ氏が適役でしょう」
コウの指導役はしばらくウンランとリックだった。
あの青年は真面目すぎるところがあるので、きちんと講義を受けているだろうと踏んでいる。
「粒子加速器をパンジャンドラムに偽装するとはなァ。これまた予想外な話だったぜ!」
「彼がヴリトラなるテラスを撃破してくれたことは我々にとって真に僥倖でしたね。メガレウスと同型艦が元とは……」
「そうだな。もしテラスとやらが群れて攻めてきたら厄介なことになっていた」
オケアノスが許可したのも当然だろう。もしコウが死亡したら惑星アシア滅亡さえ時間の問題だっただろう。
「ストーンズに察知されたかな。【愚者】は」
『察知しているでしょうね。反応まではわからないけど』
アシアの姿がモニタに映し出される。
「アシアか。今回は俺達からも礼をいうぜ。質量兵器の投下は禁止していてもブラックホールまでは禁止していないからな。俺達に確認するわけにもいかない。ヴァーシャめ。さぞヤキモキしているだろうな」
ヘルメスもね、とアシアは思う。
ただの実験ならば使用許可など許されるはずもない代物だ。
『礼には及ばないわ。ユリシーズはコウたちの情報を元に第二遠征隊用に万全の備えをお願いしたいね』
「当然です。彼らがあんな危険な事態を乗り越えて道を拓いてくれている。我らも後れを取らないようにせねば」
クルトがそういうとその場にいる構築技士全員は頷いた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「パンジャンドラムがブラックホールを生成したらしい、か。ふざけるなと一喝したいところだけどね?」
ヘルメスが報告書を見て呟いた。ネメシス星系で極大な重力崩壊の観測との内容だ。
怪情報にも程がある。原理さえ不明だ。
「エイレネが宇宙に向かったことは確認されております。惑星リュビアに向かったと思われましたが…… 新しいパンジャンドラムの実験だったようですね」
「それは違うよヴァーシャ。オケアノスが実験といえどブラックホール生成など許すはずもない。そんなことしたらボクだってタルタロス行きどころか存在抹消されかねない」
「というと?」
「見なかったことにしよう!」
ヘルメスはにっこり笑って表示されている報告書をデリートした。
「何故ですか。これは脅威です」
アシアの騎士の手によるものだろう。敵にだけそんな恐ろしい戦略兵器を持たれてはたまったものではない。
「見なかったことにするのが一番だよ。この件をつついても何の得にもならない。下手に探って邪魔をしたら一番のブタを引くのは間違いなくボクたちだ」
ヘルメスが嫌そうな顔をする。惑星リュビアは真っ先に制圧したかったのは彼の意思でもある。
「断言してもいい。
「それはそうですが……」」
ヴァーシャやストーンズにも話していない話があるのだ。
あの場所には彼ら、今や彼のみだが天敵がいる。休眠状態のはずだが絶対目覚めないとは言えない。
「そこまで仰るとは。何か知見が?」
「わざわざパンジャンドラムでブラックホールを創りだす奴なんていてたまるものか」
ことさらパンジャンドラムを強調することでヴァーシャの意識を逸らすヘルメス。
「確かに」
ヴァーシャは納得した。何か理由があるはずだ。
オケアノス管轄下のネメシス戦域では、許可無しに構築可能な兵器でもないだろう。自分の浅慮を恥じた。
「友人に対し少し意地悪だったかな。この場合、一番重要な情報は何だと思う?」
ヘルメスは困ったような顔をするヴァーシャに対して、身を乗り出し解説を行う。少々罪悪感があるのも事実。
「一番重要な情報…… ブラックホールの生成ですか?」
「違う。目撃者も犠牲者もいないことだよ」
ヴァーシャははっとした。あくまでデータ状の推測だ。ストーンズ内に目撃者がいるわけでも、トライレーム宇宙艦隊に犠牲者が出たという話もない。
「これは今のストーンズにとって重要な情報だ。何せ惑星リュビアを制圧したストーンズも幻想兵器によって壊滅。マーダーの生産設備は奪われ、解析したリュビアへの干渉も拒否された。今リュビアは一種の暴走状態ともいえる」
「そこまでの力が幻想兵器とやらにあるということですか」
「惑星間戦争時代の遺産が通じない敵が跋扈しているということなんだ。彼らがそれを対処してくれるならばそれでよし。もし負けたら次は惑星アシアに攻めてくる。惑星リュビアを奪い返すような勢力に対し、ストーンズとトライレームが協力しても対応できるかどうか」
「そこまでですか!」
「そこまでだよ。ボクもそこまでとは思わなかった。つい先ほどまではね。オケアノスがブラックホール生成を許可しないと対抗できない存在と遭遇した、と考える方が自然じゃないか。パンジャンドラムに似せたのも理由があるはず。形状から推測すると、おそらくは粒子加速器。二つの異なる物質を光速に近い速度で衝突させたかあるいは……」
「!」
ヴァーシャは息を飲む。ヘルメスの言うとおりだ。粒子加速器は円形状のものもある。この時代のものなら性能は桁違いだ。小型化も容易いだろう。
よりにもよってパンジャンドラムなどに偽装させるとは! ヴァーシャが想像など出来るわけがない。
さすがは主命を捧げるに等しい彼の神だ。天啓のように導いてくれる。
「おそらく旗艦もエイレネではなくアシアの騎士が乗ったアストライアだ。エイレネもアストライアも油断できない。エウノミアはわかりやすいのにね」
超AIヘルメスとしてはホーラ級に対して思うところはない。神話ではホーラ三女神がヘルメスの保護者とされているので、その影響が大きいのかもししれない。
「そういうものですか……」
同じホーラ級にしても性格に差があるとは。AIとは個性豊かだと思うヴァーシャ。
「彼らがリュビアに向かったならアルゴフォース全体が動くかもしれない。だがそれは悪手だ。今彼らは我々の軍勢を壊滅させた存在とやりあっているんだよ。敵の欺瞞作戦に乗ろう。あれはパンジャンドラムだった。いいね?」
「了解いたしました。それならストーンズ内部も納得させることができますね」
「該当の宇宙艦はエイレネ。そして深宇宙で高威力なパンジャンドラムの実験を行っていたという結論に持っていこう」
ヘルメスは危惧する。トライレームが危機に陥って、ウーティスの動き次第で万が一ヤツが目覚め、そして手を組んだら?
ババを引くどころではない。
アシアを解放した男なのだ。警戒するべきだろう。
今はストーンズ勢力を抑え、刺激しないことが重要だ。
「報告書は私が作ります。エイレネによる電子励起爆薬によるパンジャンドラム実験という推測にしましょう。各部隊はシェーライト大陸は警戒態勢で対処。侵攻する場合は報告するようアルゴフォースに伝えます。我らも他大陸攻略に専念できるでしょう」
「それでいい。ヴァーシャ。ボクがその推測を承認しておくから完成したら回してくれ」
「ありがとうございます」
「納得したかい? ヴァーシャ。貸し一つだな。例の計画は進めてもらうよ?」
「闘技場計画ですか」
「そう。血ではなく鉄血を流すスポーツ! シルエット同士の闘技場計画だ! ラテン語でアンフィテアトルム――今風にいうとアンフィシアターとでも名付けよう。円形闘技場でのパンとサーカスだよ! 傭兵を集めて興行するんだ!」
隣で耳を傾けていたアルベルトは武者修行の旅にでたバルドを思い出す。アンフィシアターが完成したら再会することになるだろう予感があった。
一切発言はしない。今は空気になる時だという確信があった。
「半神半人は反対すると思いますが」
平等主義者の彼らは優劣を決める競技を嫌う。
「あいつらは黙って石でも眺めておけばいいさ! 娯楽も商業も足りない。ストーンズには何せ流通がないんだ! 傭兵保護の確約と絶対中立を謳い様々なシルエットとパイロットを集めることで、闘技場の要塞エリアには様々な闇市場が出来る。トライレーム側の企業の部品やアンティークの交換部品もね。それを狙っているのさ」
さすがは商売の神であるヘルメスの名を冠超AIだと感心するヴァ^シャ。ストーンズに足りないものを趣味の延長上で入手してしまおうというのだ。
「コンサートでも開きたいと言い出すかと思いましたよ」
ヴァーシャはほっと旨を撫で下ろした。アルベルトはまずいと囁きたがったが目の前にヘルメスがいる。そんな勇気はない。
「……」
ヘルメスは、ぽかんとしている。何故思いつかなかったのだろうという顔だ。
「?」
嫌な予感がするヴァーシャ。
「それだ!」
「嫌です」
即座に拒否するヴァーシャ。
「お戯れもいい加減にしてください。お一人で開催されるなら最大限の協力はいたしますが」
「君は僕をマーキュリーではなく暴君ネロの逸話にするつもりか?! 君もベースで参加だ」
「無理です」
「闘技場で戦うだけはつまらんだろう!」
「まだアンフィシアターとやらで見世物パイロットをやるほうがましです」
「ほら。アシアの騎士やフェアリーブルーをゲストに呼んだら受けると思うぞ。いっそアシアのビジョンも呼び出す手もある。あれは惑星的美少女といっても通じる」
「受けてどうするんですか。ダメです」
「そこをなんとか!」
「いくらヘルメス様の願いでもそれは無理です。闘技場で百人抜きを目指せといわれるならば全力を尽くします」
二人のやりとりを眺めていたアルベルトは、ヴァーシャに心から同情した。彼を慰労するための良い酒を用意しようかと思うのだった。
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