水素7―23ヨクト秒(加筆改稿)

 ヴリトラの真価は宇宙空間で発揮される。

 地上では固まった戦艦もどきにすぎないのだ。


 ジャターユの残骸を漁る。動力部からAカーバンクルを取り出し、飲み込む。

 これは惑星リュビアでも貴重品だ。


『ふふ。怯えておろう。人間ども』


 こちらの艦体ともいうべき体は超個体。

 レールガンだろうがレーザーだろうが全てを飲み込む無敵の体。

 対抗手段など技術封印された人間にあるわけがなかった。


『宇宙機雷など! 足止めにもならんわ!』


 自走機雷【法王】を避けようともしない。重力体であるヴリトラに引き寄せられ、表層の金属水素に触れて爆発するだけ。

 かすり傷すら与えられない。流動する金属がすぐに覆うからだ。


 巨大な機雷も接近するようだ。

 いかなる爆薬が込められようとも彼の超固体で構成された装甲を破壊するには到底及ばない。相対速度によるダメージなど誤差だ。


 ヴリトラは蛇身をくねらせながら、加速する。

 それはトライレーム宇宙艦隊を遙かに凌ぐ速度であった。


「追ってきたか」

『狙い通りです。こちらからの攻撃により両者の相対速度は相当なもの。【愚者】の有効範囲に確実に入ります』


 アシアのエメは加速中の【愚者】に次々とコマンドを送る。


可変産出地幅ダイヤル・ア・イールドの入力完了。シュヴァルツシルト半径設定開始。私三人分の演算能力を用いて精度を上げる!」


 アシアのエメが、自らの演算力を最大にして制御範囲を設定する。

 その言葉を聞いて衣川が青ざめる。


「特異点【愚者】からシュヴァルツシルト半径の設定完了。逆算し生成時間を制御。微調整は無理。全速力フルスピードアヘツドの時間変更十四分に! 出来る?」

『可能ですとも』

『こちらライブラ2。問題ありません』

『クシナダ。改修したばかりのヒヨウは辛いかも知れないけど、やります』

「了解だ。アシア。各艦、全速力維持!」


 アシアのエメはアストライアの力を借りながら高速演算を行っている。

 傍目でわかるほど、緻密な作業を要求されているのだ。エメの肉体負担は相当なものだろう。


「コウ! 【愚者フール】について教えてくれ! 聞いた限りじゃパンジャンドラムに似せたダミーじゃなかったのかい? だからその名の通り【愚者】だと思っていたんだけど」

「私も知りたいです。偽装構造体の【愚者】は燃料を満載にする話がでてそれっきりですよね」


 状況が知りたいマティーとエリがコウに通信を行う。


「パンジャンドラムではないよ。ダミーなのはその通り」

「なら何故アシアの処理能力が限界まで必要なんだよ! パンジャンドラムじゃないなら、あれはなんだ!」

「あれは…… 車輪部分がそれぞれ個別の円形衝突型加速器なんだ。粒子加速器。車輪に見える部分が小型ビームライン」

『シンクロトロン放射を最小に抑え、効率は直線加速器に近いものです。五十メートルの車輪部分の加速器で粒子を加速。軸部分で超高エネルギー密度化学物質である媒体に反応させます。車輪部位の超高速回転も意味があるのですよ』

「粒子加速器?」

「粒子加速器だと!」


 思いもかけない装置の名前に絶句する二人。


 アシアのエメが告げる。


「六十秒後に水素ハイドロゲン7を両輪に生成し光速から99.999%の速度で衝突させます。アストライア内に制御用仮想ブロッホ空間の生成開始。軸にあるアクシオンカーバンクルに衝突させ、中性子過剰核の性質を利用して核分裂反応とQGP――クォークグルーオンプラズマの生成を開始するの」

『水素7。その半減期は二十三ヨクト秒。光でさえ横切ることはできず消滅します。その僅かな時間で同量の水素7同士を光速に近い速度で衝突させ光崩壊を発生させます。その制御のために仮想ブロッホ空間が必要です』


 ヨクト秒。二十一世紀においては最小の時間単位だった。

 それは十のマイナス二十四乗秒を意味する。


「俺も原理はわからないが反水素のほうがまだ維持が容易いらしい。だが水素7はその比ではない」

「反水素は確かに二十一世紀でも数秒の保管に成功したと聞く。しかし水素7は存在がかろうじて確認されたに過ぎない」


 衣川は【愚者】の正体に辿り着いた。


「QGPを生成する? 君たちは宇宙でも創世する気か? ――だからこそナンバーゼロである愚者なのか。多くの構築技士の死因。旅の始まり」


 QGPはビッグバン直後に生まれたとされる物質だった。彼らがいた時代では、QGPからマイクロブラックホールを生成する実験も行われていた。


「そういうことです」


 コウは認めた。


 ヴリトラは三隻の宇宙艦を追い続ける。

 敵艦隊は予想外の速度だ。彼の計算ではあの速度を維持すると艦自体が耐えきれずオーバーヒートするか爆発する。


『我をそれほどまでに脅威と思ったか。それとも恐怖によるものか?』


 飛んでくる巨大な宇宙機雷。どんな意味があるのかは不明だが車輪状のものにロケットがついており、超高速回転している。

 荷電粒子砲で焼き切れなかったことをみると、相当強固だ。


 彼の肉体に吸い寄せられている。次は反物質砲を準備し、確実に破壊する。


『威力に自信があるようだな。ならば』


 口に相当する部位から反物質砲の一つである陽電子ビーム砲で狙いを付ける。


『ええい! ちょこまかと動きよって! あの車輪の回転に何の意味があるというのだ!』


 不規則な軌道で迫ってくる機雷に対し、苛立ちを隠せない。

 宇宙空間で超高速回転する車輪にいたってはヴリトラをもってしても理解不可能な構造だ。

 

 十分に引きつけ、軌道を変更する一瞬を狙い荷電粒子砲を発射した。


『耐えただと? 機雷だろうが!』


 【愚者】は直撃を受けるものの、耐えきったのだ。


 ひたむきとさえいえる健気さで超高速回転しながらヴリトラに接近してくる。


『Aカーバンクルを搭載しているだと? 何をす』

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