許可制安全装置解除機構
「ウーティス。私を差し出せ。そして引き返すんだ」
リュビアがコウに懇願した。
彼らが全滅することだけは是が非でも避けたい。もとより滅んでもおかしい身なのだ。
「すまない。それはできない相談だ。ヴリトラが俺達を見逃すとも思えないからな」
『その通りです。コウ。そしてどうしますか』
アストライアが微笑んだ。
コウの考えを見透かしているのだ。
「カーラケーヤの掃討も終わった。全機、緊急帰投を」
トライレーム宇宙艦隊のシルエットの尽力によってカーラケーヤは全て撃破された。
アベレーション・アームズに酷似したテラスに対し、戦意が増したのだった。
次々と艦内に収容されるシルエット。
五番機も格納庫に戻った。コウはMCS内で指揮を執る。
未だ宇宙艦隊とヴリトラはにらみ合いを続けているような状況だ。
「睨み合いだな。圧倒的な戦力を誇るヴリトラの余裕だろう」
衣川がヴリトラを画面に映す。
「目的のリュビアが死亡しては元も子もないというところだな。すぐには殺すまい。なぶり殺しかもしれないが」
「相手は腹も減らないし眠りもしないからな……」
黒瀬も状況は把握している。
「コウ! どうするつもりだ」
「一つだけ手はあります。アストライア。最大限の通信傍受対策は可能か?」
『我が名に賭けて全力で対応いたします。安全と言えるのは三十分も満たない時間かも知れませんが』
「十分だ」
コウは五番機のMCSに乗ったまま指示をだす。
「打つことも斬ることも叶わず、熱いものも冷たいものも無効化される、か」
「どうするんですか、コウ」
アキも切迫しデータを解析している。超個体装甲の前にアストライアに対抗できる兵装はない。大口径レーザー【オニキリ】を装備していたとして対抗できないことはわかっている。
「仕方がないな。【
コウ呟く。
「打たず斬らず。熱さず冷やさず。――パンジャンドラムしかないか」
衣川も対策方法を思考中で焦っていたのだろう。とんでもないことを口走った。
「あれはパンジャンドラムではないのです。本当にただの糸車状ダミーに過ぎません。ただ、運用する手続きが厄介です」
衣川の狼狽ぶりに噴き出しそうになるもぐっと堪えるコウ。
大型爆雷で吹き飛ばそうにも表面の超個体を誘爆させるだけ。本体は無傷だろう。
「アストライア。【愚者】を使う手続きに入るぞ」
『了解です。要請を早急に開始を』
「コウ。愚者はエイレネに偽装するためのパンジャンドラムだよね?」
エメも愚者の正体は知らなかった。使わないに限る、とコウが呟いたことが印象的でいまだに覚えているほどだ。
「そうだよ。【愚者】はパンジャンドラムじゃない。正確にいえばパンジャンドラム状の装置だ」
「装置?」
「ああ。説明するには時間がない。済まないエメ」
【愚者】。それは宇宙艦隊の誰もが知っている事実。
アストライアに取り付けられた巨大なパンジャンドラムのダミー。
「ウーティスの名により、
コウ――今はウーティスとして告げる。
衣川の表情が変わった。
「その用語は――君は核爆弾でも使うつもりかね」
許可制安全装置安全機構。二十一世紀の地球では核発射システムを含む安全装置解除の手続きだ。核の暴発を阻止するための制御装置や運行全体を指すセキュリティである。
米国やロシアでは大統領が核のブリーフケースと呼ばれるものを操作し発射手続きの開始となる。
「違いますよ」
コウが冷酷に薄く笑った。前髪から見える瞳から強い意志が窺える。覚悟を決めたようだ。
今手持ちの唯一無二。彼の切り札。
「ホーラ級のAIたちに継ぐ。第一段階三重拘束の解除を要請する」
『アストライア。解除要請に応じます』
『こちらエウノミア。状況は把握しています。解除要請に応じます』
『エイレネです。アベルでさえ反対した【愚者】は使って欲しくない…… それでも解除を許可します』
エイレネの悲痛な表情に、各艦のクルーに動揺が走る。
彼女は底抜けに明るく、朗らかであった。――その彼女が表情を歪めるもの。
【愚者】が不気味に光り出す。起動したのだ。
「第一段階承認クリア。惑星管理超AIアシアへ。第二段階承認を要請する」
「アシアのエメ。推参したわ。解除を許可。【愚者】の制御は私にしか出来ないでしょ。それに私とリュビアは姉妹よ?」
エメの瞳が金色に輝く。アシアと一体化したのだ。
「ありがとう。アシア」
「問題は次よ、コウ」
「わかっている」
コウは意を決して呼び変えた。
「最終解除申請を行う。――オケアノスよ。【愚者】の使用許可を要請する。制限の解除と使用許可を」
エリの顔が驚愕に歪み、衣川も驚きを禁じ得なかった。
それほどまでに強固な制限がかかっている兵器。
『――否だ。ウーティス』
「ヴリトラは人類に仇為すもの。対宇宙艦隊兵器である【愚者】でしか対抗できない」
『その位置では汝らが全滅する。よって不許可だ』
コウは少しだけ、考える。
誰かが一緒に対策を考えてくれているような、心強さを五番機から感じる。
「投射後、宙域をレッドライン限界の
全速力。コウの故郷では一杯と呼ばれる速度域だ。艦の限界に達するレッドゾーン領域でリアクターを運用し航行する。その後メンテや応急修理が必要になる状況に陥り、まず使われることはない。
その一段階下が
『否とする』
「十分ならば!』
『――可とする。確実な離脱はは十二分。その後最大戦速で航行せよ』
一瞬の逡巡。その後回答があった。このままでは彼らも全滅すると判断した。
「ありがとう。オケアノス。全艦隊に告ぐ。リアクターをレッドラインまで回して全速力で十二分間航行! その後最大戦速でこの宙域を離脱だ」
「了解した、コウ」
「わかりました。コウさん」
ペリクレスのマティーとヒヨウのエリが頷く。
全速力と最大戦速での移動は燃料の問題だが、ここで全滅しては意味がない。
「クシナダ。加速開始後、マーリンシステムを発動。全ての【法王】をヴリトラに向けてくれ」
無敵の邪龍に対抗する手段は、今の所宇宙機雷しかない絶望的な状況だ。
それも時間稼ぎにしかならない。
『了解しました』
緊迫した空気が続く。
今から途方もないことが起きる。宇宙艦隊のクルーはもちろん、先ほどまで出撃していたパイロットたちもMCSのなかで待機している。
「俺達が移動を開始したらヴリトラは追ってくる。移動速度はヤツのほうが上。そうだろう? アストライア」
『仰る通りです』
「目的はリュビアがいるこのアストライア。だから安全のためにヒヨウとペリグレスは先行してくれ。こちらはヴリトラを倒すためにやることもある」
艦長たちは頷いた。本来なら二隻こそが殿を守るべきなのだろう。
「全艦全速力! リアクターをレッドラインまで回せ! 聖域を放棄し宙域を離脱する」
コウの号令とともに三艦同時に噴射口が輝き、猛加速を開始する。
「対象はヴリトラ。【愚者】を発射します。いくよアストライア」
『アシアとのエメと同期完了。制御はアシアに任せます』
アストライアとアシアのエメ、双方の同期が必要な事態に、一部のものが察しつつあった。
「発射!」
アストライアから糸車状の物体が放たれる。【
超高速回転しながらヴリトラに向かっていった。当然ながらロケット推進だが、最大の回転速度を追求するように設計されているようだ。
不規則ながらも、超高速でもって宇宙を駆けていく【愚者】。
コウはこの兵器に全てを託すしかなかった。
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