超固体

「アベレーション・アームズだと? アベレーション・シルエットですら無いのか!」


 黒瀬が思わず叫びそうになる。

 アベレーション・アームズは人間を部品として組み込んでいる。発展させたアベレーション・シルエットは人体を改造する必要は少なく、まだ人道的といえた。

 

「元は同じ技術なのだろう。ストーンズはさらに発展させたアベレーション・シルエットに。テラスは人間を喰らったのだよ。性能向上のために」


 衣川も暗い表情だ。


『人を喰らうとは! そこまで堕ちたかテラスども!』


 ジャターユが激昂する。クリプトスである彼らもまた知らなかったのだ。


「アベレーション・アームズは確かに意思を奪われた私が開発した技術…… 申し訳ない」


 リュビアが泣きそうな顔でうつむいている。


「顔をあげろ。リュビア! 誰も責めたりはしない! 今は惑星リュビアを、お前の本体を取り戻すことが先決だ!」

「そうだよ。コウの言うとおりだ。リュビア」


 リュビアは無言だった。責任を痛感しているようだ。


「テラスの人間に対する扱いはわかった。戦う理由がもう一つ増えたんだ。手遅れになる前にわかってよかった」


 この瞬間に人類とテラスによる戦いとなったのだ。


『抜かせ! 我らと一体化することで人間の寿命は延びるのだ! むしろ感謝して欲しいぐらいだ』

『ふざけるなヴリトラ! 意思無き部品にしておいて何をほざく! ウーティス。これは我らの存在意義に関わることになる。よもや人を…… 許せん』


 ヒヨウにしがみついたジャターユもカーラケーヤへ猛攻を仕掛ける。

 翼に内蔵されたレーザー砲が発射される。聖域で減衰されているとはいえ、カーラケーヤへのダメージは与えているようだ。


『おそらく人を格納したテラスは人間の生存本能を限界まで引き出して性能を向上させていると思われます。フェンネルが引き出せる範囲の限界値近くまで』

「そうか。しかし、フェンネルは俺達の性能も限界まで引き出せる。そして――」


 コウは自軍を見た。

 宇宙空間戦闘を苦も無くこなす、ラニウス隊を。


「ネレイスは宇宙という大海の精。オケアノスの娘達だろ。怪物などに負けるはずがない」

「その通りよコウ」


 ブルーがネレイスたちを代表して答える。

 確実に宇宙では彼女たちの知覚は広がっている。


「はい! 怪物テラスなんかに負けていられません!」

海の老人ネレウスとしてもビッグボスに言われちゃ、応えないわけにはいかんな!」


 ラニウス隊のネレイスの少女が叫び、今やコウの右腕とも呼べるジェイミーがにやりと笑う。

 

「アベレーション・アームズは固体が高性能でも連携は苦手だ。連携して倒せ」

「あなたもね、コウ」

「わかってるさ」


 コウの言葉に、宇宙空間のラニウス隊の士気は上がる。

 宇宙空間に順応したラニウス隊はカーラケーヤの攻勢を凌ぎ、反撃に転じた。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆


 カーラケーヤを次々と撃破するシルエット隊。

 初宇宙戦とは思えない練度を見せた。


「被害は? エメ!」

「こちらは四機のシルエットが損壊。死者はなし。救助済みです」

「わかった。引き続きヴリトラを警戒してくれ!」

「わかりました」


 よく宇宙空間に流されなかったものだと安堵するコウ。

 MCSは宇宙空間での生存率を上げるために様々な工夫がされているとは以前聞いたが、この時代でも正確に作動しているようだ。


「ヴリトラはどうでるか」

『こちらの戦力を見極めているのだと思います。聖域の中には侵入してきません』

『そなたたちがカーラケーヤを引きつけている間に私がヤツと対峙します』

『何をいうのですジャターユ。駆逐艦をもとに生まれた貴方では戦艦級をもとに生まれたヴリトラには勝ち目がありません』

『正論ですアストライア。それでもあなたたちが惑星リュビアに向かう助けになれば幸いです。無理でも敵の戦闘力を測るぐらいはできるでしょう。それに私は、被弾しすぎました』

「待て! ジャターユ!」


 コウが制止するもジャターユはヒヨウから飛び立ち、まっすぐにヴリトラに向かっていく。


「カーラケーヤに攻撃させるな。援護を!」


 付きまとうカーラケーヤがいなくなっただけでもジャターユにとっては助力になったのだろう。

 回避行動を取りながら、その巨体に似合わぬ速度で宇宙を舞う。


『小賢しい!』


 ヴリトラが通信で音声を発した。

 艦内に強制的に響き渡る。


『この宙域全体に干渉などと!』


 アストライアが苦悶の声を上げる。彼女にとっては失態だ。


『リュビアを寄越せ。人間ども。我が名はヴリトラ。奇蹟テラスのなかの最強種よ。そして引き返せ。今なら見逃してやる』

『我らが創造主たるリュビア様をなんだと心得る!』

『今や哀れなセリアンスロープであろう?』

『貴様ァ!』


 ジャターユは猛攻を加えながら加速していく。 

 ミサイルもレーザーも一切ヴリトラにダメージを与えている気配は無かった。


『百を超す半神半人ヘーミテオスを取り込んだ。ただの人間では物足りぬが、奴らは別よ。そしてまだ足りぬ。まだ超AIには到達できぬ。リュビアさえ取り込めば、あるいは到達できよう』

『我らは人と寄り添うことが使命であることを忘れたか! 愚か者め!』

『これ以上ない程に人間と寄り添っているではないか。合一を果たし我らは溶け合い、人は普通に生きるより遙かに長命を得ることになるのだ。これ以上ない保護と恩恵であろう!』

『それは魂を喰らい隷属を強いることだ!』


 ジャターユは加速し体当たりするつもりなのだろう。相打ち狙いだ。


 ヴリトラは巨体をくねらせると、ジャターユの体当たりを避け、蛇のようにジャターユに巻き付いた。


『なんだと! 吸い寄せられるように…… む、動かない。何をした!』

『よく見ておけ。人間ども。お前らに勝ち目はない』


 ジャターユは巻き付けられ、機体は赤熱化し、爆発した。


「何が起きた!」


 ありえない戦力差にコウが叫ぶ。


『我らは幻想兵器。惑星間戦争時代の遺物を取り込んだ我らは、ソピアーによる技術制限さえも超越している。この機体(からだ)もその一つ』


 ヴリトラは威圧するように告げる。


『強い重力波を観測。ヴリトラは自らの内部から凄まじい重力を発生させ、金属水素で肉体を覆っています』

「金属水素を?」

『艦体を多関節化し、超固体――超流動固体で接続しています。宇宙空間に特化した存在。超低温の真空ならではの動きです。あれは宇宙戦闘に特化した蛇腹を持つ竜』


 アストライアが解析する。宇宙空間はマイナス270度。絶対零度より三度だけ高い状態の空間だ。


『ヴリトラは巨大なアヒ。ギリシャのオピスと同根語。リュビアの作り出したクラシカルヴァルプルギスナイトと相性が良かったのかもしれません』

「あの蛇体は厄介だ」

『被弾しても表層の金属水素が爆発するだけ。流動体を斬ることは不可能です。絶えず金属水素を発生させ覆っているのです。近付けばヴリトラに巻き込まれます』

「超流動は凍らないんだっけか。表層の金属水素を爆破させることは?」

『もとより真空ですよ。表層の金属水素を燃やしたところで、一度遮断しすぐ再供給するでしょう。蛇の脱皮を模した能力ともいえます。あのような規格外な兵器とは遭遇したことがありません』

「アストライアが遭遇したことがない兵器なんて」


 コウはじっとヴリトラを見据える。


『ヴリトラが技術制限を解除しているのは紛れもない事実。エテオクレス級宇宙戦艦のAIを強化した固体。ならばこのアストライアの処理能力を大きく上回り、量子通信に干渉できると思われます』

「そこまでか……」

 

 コウが絶句する。アストライアに万全の信頼を置いているからこそ、彼女のいう事実は重みがあった。


『加えて超固体を維持する制限解除されたクーゲルブリッツエンジン。ブラックホールのエネルギー回収理論を利用したもの。あの超固体装甲に対する手立てはありません』

「まさにヴリトラだな…… 打つことも斬ることも叶わず、熱いものも冷たいものも無効化する、伝説の邪龍」

 

 衣川が呆然と呟いた。超固体をまとう宇宙艦をもとにした巨大兵器に対抗する手段があるとは思えない。


『技術制限を受けていない以上、反物質砲も荷電粒子砲も再現しているでしょう。そしてその可能性は極めて高いと推測します。このままでは全滅します』


 アストライアは事実だけを告げた。

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