法王の【聖域】

『アストライア。宇宙機雷【法王】ハイエロファントがジャマーを散布しながら該当の宙域に到着』

『それでは【法王】の【聖域】サンクチユアリを作り出すとしましょうか』


 アストライアとヒヨウの船体が輝き、巨大な球形状に広がっていく。


『対中性子ビーム系列ジャマーを発動しました。彼我ともにビーム系の攻撃力は減少します』

「どんな原理なんだ……」


 開発者である衣川が口を開く。


「電荷を持たない中性子を用いた兵器。中性子レーザービームや中性子粒子ビーム砲は重力や大気の影響を受けにくい。それでも磁場によって偏向することは可能なのだよコウ君」

「中性子を偏向することが可能なんですか?」

「そうとも。中性子光学は専門外ではあるが、応用は可能だ。中性子は粒子と波動の特性を両方持っている。中性子散乱の原理を応用した磁場結界。それが【聖域】の正体だ」

「あのパンジャンは何かを撒き散らしているのですか?」

「そうだ。無軌道に動いているとみせかけ、トリプロンと呼ばれる磁気準粒子を内包した反射物質を拡散している」


 衣川のいう物質は理解できないが、【法王】が中性子に干渉できる準粒子を撒き散らしているということは理解できた。


「実弾に対しを阻害する効果はないから安心したまえ」

「はい!」

「むしろ重力や大気の影響を受けない分、実弾の性能は底上げされていると思っていいはずだ」

「何故、惑星間戦争時代の人々はそこまで光学兵器にこだわったのかな。補給が必要ないとはいえ」


 費用的な側面や補給的な意味の利点はコウにもわかる。


「当時の科学では光学兵器のほうが威力が出やすかった。宇宙での弾薬費や補給問題もあるが、何よりの利点は弾の置き場が必要ない。その分艦のスペースが有効に使えるからね」

「置き場は納得できますね」


 シルエットサイズの弾薬は大口径に対応する。置き場が不要になれば艦やシルエットの修理部品、格納するシルエットを増やすことができる。


「おっとお二人さん。お話はそれぐらいにしとけ。あと数分で交戦レンジに入る」

「すまないな。つい」


 熱心に語っていた衣川が我に返る。


「交戦レンジが地球とは桁違いだ」

「なあに。MCSが勝手に補正してくれるさ」


 気楽に言う黒瀬だったが、その言葉は真実を意味していた。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 五番機のMCS内が爆発を感知する。


「これは?」

『全軍に警告。【法王】の【聖域】に侵入者あり。宇宙機雷が攻撃を開始しています』


 宇宙機雷【法王】を管理しているクシナダが警告を発する。


「衣川さん。あのパンジャンドラムはジャマー以外に攻撃もするのですか?」


 宇宙空間で爆発が発生するのは稀だ。パンジャンドラム自体が酸素剤を搭載している可能性がある。


「よく気付いたね。【聖域】以外にも、機雷機能を備えてある。なにせ自走機雷だ。戦闘映像が届いたな」


 宇宙を飛行しているシルエットとケーレスの中間のような形状。背中に翼を持つ幻想兵器テラス。これがカーラケーヤなのだろう。


 無数に飛来するパンジャンドラムは二メートル程度。超高速回転しながら、カーラケーラを次々と跳ね飛ばしている。

 体制を整えたところで、背後からも襲いかかってくるのだ。


 最初は無視していたカーラケーヤもこれ以上の打撃は危険と感じたのか、斬り飛ばす。

 その瞬間、【法王】は大爆発し、カーラケーヤは制御できないほど、宇宙の彼方へ飛ばされていく。


『あくまでこれは聖域を作り出すのが主。敵の殲滅には向かないわ。十分の一ぐらいしか破壊できない』


 クシナダが悲痛な顔をする。


「それだけ倒せば十分だろ!」


 エイレネと同じく欲張りなのだろう。


「結界は相当な広域だ。三百六十度、どこから来るかわからない。さすがにこの位置では当たらないな」


 そう呟き、レールガンを構え続けるコウ。


 また別の爆発が起きる。

 拡大して確認するとレールガンの砲弾が直撃したようだ。

 相対速度、そして大気で熱が拡散しない。被弾部位が白熱化している。カーラケーヤの機体内部で融解したようだ。


『自軍のシルエットが距離五千キロの相手を狙撃。破壊しました』


 アストライアが報告する。


「狙撃……? ブルーか!」


 画面に映し出された友軍はカナリー。フェアリー・ブルーの超長遠距離狙撃だった。

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