ネメシス戦域における宇宙戦闘

「シルエット型のカーラケーヤ多数。コウ。気をつけて」

「ヴリトラは?」

「後方で待機している。私たちの戦力を測るのかもしれない」

「そういうことか。悪知恵が働く龍だな」


 敵の冷静さに舌を巻く。

 それこそ、彼らにとって人類に対する威力偵察なのだろう。


「神話のヴリトラは邪知に長けた悪龍だったな。意味は障害、障壁だな」


 衣川がコウに説明を始める。AIたちの名は、特性を現すことも多い。


「邪知?」

「インドラ神とヴリトラの戦いは凄まじく、ヴィシュヌの仲裁で一度は講和したヴリトラは条件を示した。『木や岩などの武器、乾いた物や湿った物、金剛杵ヴァジュラのいずれによってもヴリトラを打つことは適わず、昼も夜もヴリトラを殺すことができない』とね」

「どうやったら殺せるんですか。そんな化け物。もうやりたい放題になるのでは?」

「実際そうなった。事態を重く見た海の神でもあるヴィシュヌはインドラ神に協力した。『朝でも夜でもない明け方』に奇襲をかけ、『乾いても湿っていてもない武器ですらないヴィシュヌ神の作り出した海の泡』でヴリトラの首を押し切った。もちろん彼らの戦いの数ある一説に過ぎないがね」

「それはありなのか?」


 コウにとっては抜け穴をついた奇策に思えた。むろん嫌いではなく、インドラ神という神に親近感を抱くほどだ。


「有名な逸話だ。別の逸話でいえば、ヴリトラを倒したインドラその人が倒したあとにさえ恐怖に駆られて蓮の花に隠れるという伝説もあるほどの脅威」

『洋の東西を問わず神々は契約を重んじます。インドにおける神々は彼らなりのルールに則り、力を得る逸話が多いです。そしてカーラケーヤの名こそ、その悪龍ヴリトラに従ったアスラ神群』

「アスラってあの阿修羅?」

「そうだよ。私たちは入り交じった宗教体系の神話を後年の概念で解釈するからね。天部ディーヴァ明王アスラについて解釈しきれないのはそのせいだ。本来ならインドラとヴリトラの関連性と再生神話の話もしたいところだがコウ君が混乱するからここまでにしよう」


 衣川はインド神話における神々の講釈を打ち切る。


「交戦に備えるぞコウ君。ネメシス戦域における宇宙戦闘は単純化される。間違っていたら訂正を頼むぞ。アストライア。クシナダ」

『了解いたしました』

『はいはーい!』


 オリジナルがエイレネである影響か、緊張感がないクシナダ。


『宙戦は地上より単純化した広域戦闘になります。注意を』

 

 アストライアがコウに注意を促し、衣川が補足する。


「宇宙空間では高速だ。その速度を上回る砲撃を行いながら宙域を飛び回るか、動きを止めて撃ち合うか、だ」

「そこまで単純化されるのですか?」

「大気や地形など不確定要素が少ないからね。そしてあと一手だけあるが」

「その一手とは?」

「機雷をばらまくのだよ。全方位に、だ。そして機雷と言えばクシナダのオリジナルたるエイレネ。エイレネといえば――」

「パンジャンドラム!」

「その通り」


 老人は悪戯好きの少年が如く、はにかんだ笑みを浮かべた。

 クシナダの瞳が虚ろになっているように見えたが気のせいだろう。


不規則に動く自走機雷パンジヤンドラム。それこそ宇宙に必要な兵器だと思わないかね」

「思います!」


 力強くコウは答えた。


「そうだろう」


 二人の会話を聞いて、エメが呟いた。


「こんな会話聞いたら、リックが発狂する」


 アキとにゃん汰が宥める。ブルーは出撃準備中だ。


「ま、間違ったことはいっていません。宇宙艦同士の戦闘で機雷戦術は有効です」


 アキの声が若干震えている。


「機雷でダメージ与えられた例はあまりないにゃ。敵位置の補足には便利だにゃ」

「不規則に動く機雷なんて惑星間戦争にあったかな」

「ないにゃ」


 即座に断言された。


「勝敗を決する要因はパンジャンドラムなの?」


 エメがぽつりと呟く。二人も同様のようであった。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



『機雷散布開始。【法王】 ハイエロファント を用います』

「いわば【法王】で作る【聖域】 サンクチェアリ だね。宇宙機雷による守護結界。この名称はアストライアに確認を取って名付けたよ」

「アストライア?」


 コウは何も聞いていなかった。アストライアは思い出したように告げる。


『機雷の名前など些事です』

「そうだな」


 コウは納得してしまう。自分もパンジャンドラム状のダミーである【愚者フール】を構築したばかりだ。


『マーリンシステムは搭載しているから大丈夫だよ。四十八時間後には自動的に爆発するから宇宙塵にもならないから安心してね』

「よくパンジャンドラムを搭載するスペースがあったな」

『アストライアと同じく、外付けのポッドだよ!』


 クシナダのいうポッドから小型のパンジャンドラムが大量に散布し、球体を描くように飛んでいく。


『三百六十度。どこから敵がくるかわかりません。常に上下を取るようにしてください』

「上下?」

『上を見上げて射撃する姿勢や下に撃ち下ろす姿勢です。移動軸が左右だと予測されやすく、また被弾面積も上がるのです』

「そういうことか! 上下からの射撃では頭か、足裏。それで被弾面積を抑えるんだな」

『その通りです。逆に正面同士が一番危険です。潜水艦の真上にいるようなもの。敵も同様です』

「どのみち地上と違って静止は不可能。ならば味方と連携し真上か真下を取るように移動しながら攻撃すると」

『はい。もしくはブルーのように艦の固定砲台と化するのもよいでしょう。プラズマバリア内で比較的安全です』

「わかった」


 MCSがフル稼働する。この感覚、何かに似ているとコウは気付く。


「宇宙空間の操縦はプロメテウスの火を使った感覚に似ている?」

 

 コウ自身は使ったことはないが、相対した。相手は鋭敏すぎる感覚に振り回されていたようだった。

 鋭く感覚が研ぎ澄まされたことは以前に一度だけあった。機能としての潜在能力であるプロメテウスの火が発動したときだ。 


『そこは私には計り知れないところですが、人間の感覚としてそうかもしれませんね。秒速五十キロ以上の世界を知覚するためにフェンネルOSは最大限に作動しています』


 宇宙という領域で、人間に足りない知覚を補うフェンネルOS。

 元々は宇宙空間や極限領域での作業用という触れ込みでプロメテウスが人類にもたらした搭乗機械だ。

 

『深宇宙ではウィスの効果も異なります。ウィスとは電磁気力と重力が高次元で統合したエネルギーですから』

「ん? それはさらに硬くなるということか」

『敵味方ともに、ですね』

「了解だ。ということは……接近戦もありということか」

『それは貴方やクロセ限定です』

「俺も数に入れてくれるのかい、アストライア。よっしゃ。体で斬るぞコウ」

「踏み込みや体裁きが意味ないから体当たりのように斬る、か。宇宙用の剣術も考えないといけない」


 体で斬る、という意味をすぐに飲み込んだコウ。クロセと顔を見合わせて笑った。

 ウィスの働きが強くなるなら、宇宙での接近戦は有りか無しかでいえば有りだろう。


 突きで行くか斬りでいくか。そこが悩み所だ。 


『距離は取りましょう』


 念のため釘は刺すアストライア。


「わかっている! 安心してくれ!」

『承知いたしました』


 まったく安心していないアストライアは、エメたちに目配せで合図した。


 アキとにゃん汰は大急ぎで支援射撃の体勢を整えるのであった。

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