繰り返す悪夢

『対光学兵器用の防御フィールドを発生させます』


 宇宙戦闘なら直接攻撃か光学兵器だ。

 ならば重力、磁場を発生させる防御手段やプラズマシールドが有効だ。


「味方の幻想兵器が宇宙空間での戦闘。こちらの迎えというべきか」

「敵を連れてきちゃ意味ねーだろ!」


 衣川の分析に黒瀬がぼやく。

 初の宇宙空間戦闘に、この男も緊張している。


「宇宙空間を移動できるということは、本当に宇宙艦が元なんだな」


 コウが状況を把握しようと努める。エンジェルなら単独での脱出はできないだろう。

 

「シルエットや宇宙艦を意思を持った巨大兵器にするなど、思いきったことをするものだ」


 アストライアがシルエットによる宇宙空間高機動戦闘を通達する。


『セーフティテザーのパージを開始します。今後各シルエットはスラスター稼働です。宇宙で迷子になるようなことはありません。安心して戦闘を行ってください』


 セーフティテザーの解除を行い、宇宙空間を漂うシルエット。

 思ったより直感的に操作できる。


「衣川さん。この追加装甲のスラスターは地上用とは違うのですね」

VASIMRヴァシミール――比推力可変型プラズマ推進機を応用したスラスターだ。電熱加速もある電磁加速のプラズマ推進システムだよ。燃料は金属水素。比推量は理論値で三万秒以上は余裕だ。宇宙空間戦闘にも対応できる」

「頼もしい。わかりました。またあとで通信します』


 いったん通信を切る。比推力五万秒がピンとこないのだ。

 アストライアと視線が合う。


『比推力とは推進剤の効率を表す数値です。宇宙空間でとくに重要になります。戦闘機では推力重量比も重要になりますが』

「三万秒って凄いのかな」

『化学推進の百倍ですね。秒速六十七キロメートルの軌道変換能力を持ちます。金属水素と固体酸素、そしてVASIMRを利用したスラスター。短時間ならば惑星間戦争時代のシルエットよりも機動力は超えていますよ』 

「問題は継戦能力か。地表なら金属水素生成炉をもつ機体なら無限飛行できたが……」

『戦闘行動は数時間以上可能です。節約するなら行動時間は相当な日数が可能です』

「想像以上に稼働時間があるな」

『大気も重力もありませんからね。減速する要素が少ないのです。運動量保存の法則をあとで勉強しましょう』

「え……」

『明日からでいいですよ。キヌカワもお呼びしましょう』

「ん? 宇宙空間における剛体の力学の話だね。喜んで参加しよう」


 やぶ蛇となった。


「はい」

 

 力無くコウは返答する。


 五番機は慣れたように宇宙空間を移動している。

 地上とは使い勝手は違うが、よりダイレクトに反応するようだ。


『注意を。友軍機らしき大型幻想兵器、到着します』

「わかった。合流後、迎撃態勢に」


 宇宙での幻想兵器との邂逅。

 神話の動物たちの名がつく兵器たちに、コウは緊張していた。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



『私の名はジャターユ。聞こえますか。リュビア様。ウーティス殿。傍受の恐れがあり通信が不可能でした』


 巨大な鳥の姿を模した宇宙船――それが第一印象だった。三百メートルはあるだろう。


「ジャターユ……金翅鳥ガルーダの子ともいわれている温厚で優しい禿鷹の名だよ。たった一匹で羅刹王ラークシャサか友人の妻らシータを守ろうと戦い死んだ伝説があり、信仰されているほどだ」


 衣川が解説をしてくれた。ガルーダの名前はコウも聞いたことがある。


「聞こえるぞジャターユ。追われているようだが」

『申し訳ありません。敵は邪知に長けていた模様。クリプトスたる我々の動きを察知し、合流すべく宇宙へ向かった私に追っ手を差し向けていた模様です。量子干渉によって通信が封じられたのです』

「大型テラスは一機のみか?」


 コウが通信に応じる。


『追っ手の幻想兵器は多数のシルエット型テラスを搭載しています。旗艦の名はヴリトラ。シルエット型はカーラケーヤ。初交戦しましたが戦闘能力は相当――』


 急に音声が遮断された。


『非常事態です。敵テラスにより干渉されています。おそらくですが、傍受も可能だということです』

「何故だね。アストライア。原理的には量子テレポーテーションの原理を利用した量子通信ならば距離は関係ないし干渉は不可能なはずだ」


 衣川の表情が変わる。彼が地球にいた時代では多くの量子実験は行われていなかった。


『あくまで原理です。情報は原則としてコピーできるが故に漏れると状態を正しくないと仮定した量子複製不可能定理に基づけば、情報そのものが完全な伝送は不可能です。ですが不完全なコピーを作り出すことで干渉も可能です』

「超光速通信があるからこそ君たちは他惑星と通信できる」

『私と同型艦やクローンAI、アシア同士など同期したAI同士での量子並列処理で距離は影響しませんが、他勢力への通信の場合は光子を用いた量子暗号通信を用います』

「光子…… つまり特殊相対性理論の制約を受けるのか」

『はい。光速の制約があり、距離があるほど相手に解読の時間を与えます。ジュターユが警戒し、遠距離からの量子通信を行わなかったことにも理由があるのです」

「距離が長いほど相手に解読されやすいと?」

『そうです。暗号と解読は矛と盾の関係。解読不能な量子暗号通信といわれても膨大な処理能力を用いれば解析時間が長いほど距離が影響し解読される危険性は増します。光子を偽造し暗号化された情報に介入する――エネルギー時間と量子もつれ量エンタングルメントの解析は不可能ではないのです』

「しかしこちらも対解析防御は行っているはず」

「もちろんです。つまり敵テラスはこちらの暗号技術を上回る、相当な処理能力を持ったAIを有するということ』

「アストライアよりも?」


 コウもその言葉に驚く。


『はい。むろん本体ならばこのような遅れを取るはずもありませんが。――今の私はこの艦の規模に応じた処理能力しか持っておりません』


 淡々とした分析に、アストライアの悔しさが滲み出ていた。


『最悪を想定すると、アウラールの会話も解析されていた恐れがあります』

「何故だ。既存の艦AIと幻想兵器でそこまで処理能力に差が出るということなど…… 何かあるはずだ」


 衣川の疑念が尽きない。同じ原理で生まれた存在なら、そこまで差がつくとは思えなかった。

 ましてやアストライアは今や本体機能を代替している存在。ディケやクシナダみたいなクローンですらない。


『ジュターユに告ぐ。量子暗号通信を解除。そのリソースを戦闘行動へ回すよう進言します。広域通信へ切り替えを。まずは合流し迎撃態勢を我らとともに整えましょう』


 アストライアは最善の行動を取るべく最善を尽くす。今は情報と戦力が必要だと判断した。ジ

 その言葉が届いたのか、ジュターユの声が再び響く。


『わかりました』

「艦隊に告ぐ。ジュターユと合流しヴリトラとの戦闘に備え!」


 コウもすぐさま頭を切り替え、臨戦態勢を指示する。


『私は長くはもたないかもしれないのです。この巨体を収容できる艦などあるわけもなし。戦闘に参加しできるだけの助力はします』


 これを聞いた衣川とエリがすぐさま通信を開始する。


「衣川さん! これは……」

「そうだな。きたな。イズモの真の姿を見せるときが」

「ですね」


 衣川がジャターユに語りかける。


「ジャターユ。私の名はキヌカワ。着艦できる場所だけなら用意できる。そこから援護してくれないか」

『そんなことが可能なのですか?』

「可能だ。この艦のかつての名はアグラオニケ。今は我らの宇宙艦イズモ。そして変形したその姿ならば。――頼んだ、エリ艦長」

「はい!」


 エリは衣川に応答し、イズモ管理AIのクシナダに命じる。


「お願い。クシナダ!」

『戦闘配置。当艦はこれより戦闘形態【ヒヨウ】となります』


 クシナダの命令で巨大な船体は次々に分離、伸張し巨大な滑走路が現れる。

 移動時はコンパクトに。戦闘時には巨大滑走路となる。


『おお。これならば!』

「着艦を許可します。この巨大な滑走路ならあなたの巨体を休ませることも可能でしょう」

『感謝します。キヌカワ。エリ艦長。さすがはリュビア様が率いてきた者たちです』


 ヒヨウにジャターユが着艦する。


『私のもとになったものは駆逐艦キジクス級。ヴリトラはエテオクレス級宇宙戦戦艦アクトールと推測します』

「ちょっと待て。エテオクレス級といったら……」


 コウが呆然と呟いた。

 嫌でも思い出す、エテオクレス級宇宙戦艦。駆逐艦級のジャターユとは性能も段違いだろう。


『覚えていたのですねコウ。そうです。あの難敵メガレウスと同型艦ということです』


 蘇る忌まわしき記憶。難攻不落の宇宙戦艦の名。

 繰り返す悪夢――

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