宇宙の天地―LVLH姿勢

「星間ひ……航行か」

「コウ。星間航行よ。私から念押ししておくわ」

「わかっている。怒られるのはごめんだ」


 ブルーの忠告にコウは頷く。

 星間航行は大変な危険が伴う。


「現在秒速五十キロだったか。惑星間戦争時代での戦闘はどうなっだったんだろう」

『小惑星地対などを指定し疑似重力を発生させるのですよ。惑星間航行速度では戦闘になりません。地球の戦闘機がマッハ二・五で飛行できても戦闘速度がマッハ一前後だったように、宇宙戦闘は秒速五十キロ以下まで減速が推奨されます』

「一つ間違ったら単機、宇宙で迷子か」

『そういうことです。実験するなら今ですね』


 惑星リュビア到着も間近。惑星の重力圏に入るため事前に減速しておく必要もある。

 減速するタイミングを利用してシルエットによる宇宙遊泳を試したいコウだった。


「トライレーム艦隊三隻同時に減速するということか」


 シルエットによる宇宙遊泳を試みる。一種のシルエットによる星間飛行だ。

 減速域に入ったことで、残り二艦に提案したところ、どの艦も大変乗り気だった。


『どの宇宙艦もある程度の疑似重力は発生できます。艦載機を見失うことになるわけですから。しかしセーフティテザー装備は必須ですよ』

「もちろんだ」


 船外活動の準備に入る五番機。


「コウ。こちらも準備完了だ」

「後部座席には私だ」


 黒瀬と衣川の二人も遊泳に挑戦するらしい。

 この機会を見逃すとも思えない。


「大変貴重な体験感謝する。コウ君。この恩は決して忘れない」

「大げさです」

「大げさなものか。いつも見上げていた宇宙に、今私はいる」


 興奮を隠しきれない衣川に黒瀬とコウは微笑む。


『シルエット搭乗者へ伝達を行います。宇宙空間ではフェンネルが最大稼働してあなたたちの知覚を補助します。秒速十一キロ。マッハ三十前後ですがそこまでの速さは感じられないでしょう』


 珍しくアストライアが宇宙に出撃する前の全クルーに伝達を行う。


『大気もなくスラスターの性能次第では秒速五十キロ以上、約マッハ百五十以上もの速度域に達しますが臆することはありません。フェンネルOSによって体感速度もある程度補ってくれますが、扉のハッチや中の作業者が早くなるわけではありません。細かい作業については十分に気をつけてください』


 体感速度になれてしまい、宇宙艦の作業が遅く感じるのだ。


『最後に。フェンネルOSによって五感の補助はしっていると思います。宇宙ではそれに加え、音、光、宇宙空間の色彩調整は行われます。爆発がしたら爆発音をフェンネルが再現するのです』


 宇宙には音もない。

 大気がないので熱も音も伝わらない。例えばミサイルは酸化剤を併用し爆発を起こすが、廃熱も通常なら困難だ。シルエットは基本設計で放射で熱を逃がす設計となっている。

 

『宇宙装備用パックを作ったキヌカワの装備は完璧です。我が名アストライアにかけて保証します。それでは徐々に慣れていきましょう』


トライレームの宇宙艦隊はキヌカワの信頼は篤い。だが、アストライアの名によって保証されることで盤石と化した。

 リュビアが唸る。


「A級構築技士とは凄いものだな…… あのアストライアが完璧を保証するとは」

「宇宙に関してキヌカワ氏は別格です。コウの祖国で宇宙開発の祖ともいえる存在ですしね」


 リュビアの感嘆にアキが答える。


「コウ。楽しそう」


 エメがモニタに映る五番機を目で追う。


『急接近する飛翔体確認。――友軍信号を確認しました。交戦中のようです』

「え」

『艦隊方面に向かっています。エンゲージタイム約二十後分後。交戦目標その十五分後』


 エメは至急、帰投命令を全艦のシルエットに対し行った。


「戦闘中の飛来物あり。正体不明。一つは友軍信号を出しています」


 コウはその言葉を聞いて一瞬固まり、通信で衣川を呼び出す。

 衣川も同様の思いだったようだ。二人は目を合わせ、頷いた。


「衣川さん…… いいでしょうか」

「むろんだとも。宇宙での初陣だな」

「どういうことだ、二人とも!」


 状況が把握できない黒瀬が叫ぶ。


「交戦中の味方なんだ、黒瀬さん。人類勢力は宇宙空間での戦闘は禁止されている。つまり、幻想兵器だ」

「我々もすでに宇宙空間でマーダーを撃破している。無人機との戦いは禁止されてはおらず、味方の幻想兵器のクリプトスならば、敵もまた幻想兵器であるテラスだろう」

「味方と名乗ってくれるなら助けないとな。――いくぞ。非武装の者や緊急帰投。不安な者も帰投せよ」



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



「友軍の飛翔体を援護いたします。各艦戦闘速度に減速。宇宙戦闘用意を開始」


 コウの戦意を確認し、エメがすかさず指揮を執る。


「こちらペリクレスのマット。了解だ」

「こちらイズモ。了解です」


 イズモの艦長はエリである。急遽抜擢されたのだ。

 

『トライレーム宇宙艦隊同期開始。ローカルエリアの仮想座標領域設定。戦闘行動に移行』


 アストライアが三艦同時の制御を行う。


『局地接平面座標の設定を完了。仮想三次元座標を設定し、ユリシーズ連合艦隊と所属するシルエットはLVLH姿勢によって方向を決定できます。赤色矮星ネメシスを補足。目標天体を前方、ネメシスを上としてXYZ軸として行動が可能になります』

「宇宙空間の座標設定だよ。LVLH姿勢――Local Vertical. Local Horizontal frameは地球の宇宙ステーションにも採用されていた。NED座標を用い地球が下、Z軸で言う負の方向になる。北がX、東がYと定義するんだ。進行方向が前方となる」

『深宇宙であるこの宙域では惑星を赤色矮星ネメシスを座標とし、進行方向である惑星リュビアを前方とします。トライレーム宇宙艦隊はこの仮想座標軸において行動します』


 この状態を設定、同期することにより宇宙艦隊の姿勢制御は均衡の取れたものとなる。

 そして艦載機であるシルエットもまた、隊列を整えて宇宙空間を移動していた。


「宇宙空間の天地にも法則があるんだな」

『ネメシス星系の宇宙空間におけるルールです。母星より深宇宙に到達するまでは母星が基準。母星からみて深宇宙の場合は矮星ネメシスをZ軸に基準に、限定領域ローカルの座標軸を設定。艦隊全体の姿勢制御を行います。おそらく敵対勢力も同様のルールに則り行動します』

「ネメシスが目印か」

「深宇宙なら恒星が目印がよいだろうね。地球基準なら二百万キロ以上、金星が最も近付いた時点でも約四千二百万キロメートルだ」

『キヌカワの言うとおりです』

「敵味方の天地が矛盾しながら戦闘するより理に適っている。機動兵器が個別に無重力で動いていたら前後も上下も指示できないだろう」


 コウもゲームなどで人型や戦闘機が同じ方向を上下に設定していたことを思い出した。

 宇宙空間が舞台で上下や姿勢の向きが関係ないゲームもあったが、だからといって面白くなるわけでもない。


「黒瀬さん。衣川さんを連れて艦内へ」

「それが嫌がるんだよ、このじじぃがさ!」

「何を言う。私が宇宙空間戦闘に参加するなどもう二度とない機会だ。死んでも構わない」


 コウは笑えない。確かに衣川のような学者肌の構築技士が宇宙戦闘を行うなど、もう二度とないかもしれないのだ。


「わかりました。何が来るかわかりません。できるだけ後方に。戦場を俯瞰して軍師の役割と解説に期待します」

「任せたまえ」


 どのような敵がくるかわからない。


「とはいっても強がりだ。私も不安なのだよ。敵に襲われて死ぬことではない。構築した宇宙空間用の戦闘装備が正常に機能せず、誰かを死なせてしまうことをね」

「衣川さん……」

「黒瀬は一流だ。背後に乗っても諦めはつく。だが、兵器の欠陥で誰かが死ぬのが恐ろしい。何せネメシス戦域でもここ千年以上、前代未聞のシルエットによる宇宙戦闘だからね」

「いきなりプレッシャーかけてくるな。衣川さんは」


 黒瀬が苦笑した。コウは衣川のいう不安は自分のことのようにわかる。コウはまだ幸いだ。アストライアという教官がいたからだ。

 しかし衣川は違う。宇宙空間におけるシルエット運用の想定外を想定という行為を重ね続けた。未知への憧れをと恐れを胸に、他の構築技士では為しえない宇宙空間装備を単独で構築したのだ。


『ご安心を。キヌカワ。あなたが構築した宇宙空間用追加装甲に一切の不具合はありません』


 アストライアは微笑みながら保証する。人類史が刻む偉大なる構築技士を彼女なりに敬意を払っている。


「アストライア。ありがとう」


 一切の不具合はない。その言葉が衣川を勇気付けた。


「正義の女神のお墨付きだ。気合いいれていくぞ、コウ!」

「はい!」


 コウは五番機の武装を切り替える。


「宇宙ではDライフルも使えない。さすがにこいつか」


 マイナス二百七十度の極寒は金属水素の維持は有利だがそして大気がないため、弾頭の形状変化も地上と違ってうまく働かない。

 五番機は宇宙空間戦闘用レールガンを構え、戦闘状態に入った。

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