たった三隻の宇宙艦隊

 アストライアはエイレネのように見せかける偽装されていた。

 エイレネに似せた女神エンブレムが付いた巨大な車輪を二つ備えた物体。五十メートル以上のサイズだ。これ以上ない完璧な偽装であった。


「たった三隻の宇宙艦隊か」


 コウが微笑む。ユリシーズ宇宙艦隊の初陣だ。

 戦闘指揮所のクルーはいつものメンバーにブルーとリュビアがいる。


 司令席に着席することになるコウ。今回ばかりは仕方ないと諦めた。任務ではウーティスを名乗ることになる。


「こちらペリクレス。準備完了だ」


 マットはペリクレスの艦長となった。

 急遽追加となった三隻目が問題だったのだ。


「こちらイズモ。準備は完了しました」


 イズモと名付けられた新型艦は一キロ級の中規模の可変型宇宙空母。

 鹵獲艦アグラオニケを修復したものだ。ほぼ無傷で手に入れたので、即席の戦力としてR001軌道エレベーターにある工廠で修復したものだ。


 御統重工業のプレイアデス隊と五行の零式部隊で制圧した艦なので、所有権はそのまま彼らのものになった。

 破壊した対空レーザーのかわりにレールガンを搭載し、現在の設備をそのまま運用している。


 艦長はエリである。


『私はクシナダ。可変空母イズモのサポートAIであり、エイレネのクローンAIの一つです。よろしくお願いします』


 エイレネによく似たAIが現れる。


「何故エイレネが日本神話の女神を……」


 コウの顔が曇った。問題とはこのことだ。

 アベルと違う方向で、エイレネと衣川は危険な組み合わせな気がしたのだ。

 以前聞いた覚えがある。日本海軍は英国海軍の傍系のようなものだと。


『五行及び御統みすまるのサポートはエイレネの担当です』

「そういうことか。わかった」


 ウーティスは鷹揚に頷く。何故か演技が板に付いてきた。自分でも不思議に思うほどだ。


「歴史の話をするとね。出雲は明治生まれの装甲巡洋艦の名だった。その名は後年の護衛艦にも引き継がれている。この艦は英国のアームストロング社製造でね。かの戦艦榛名とともに太平洋戦争まで戦い抜いた歴戦の艦だよ。艦内にあった神棚はクシナダヒメを祀っていた」

「それでクシナダの名を。納得です」

  

 衣川が通信で説明を行った。

 出雲が英国製であったことに納得したコウだった。

 

「星間航行かぁ。SFの世界だな」

「これで我々も宇宙飛行士アストロノートだ。さながら宇宙を駆ける狼だな」


 衣川もテンションが高いようだ。饒舌になっている。


「発進準備完了。順番はペリクレス、イズモ、アストライアの順だ」


 惑星アシアにある三基の軌道エレベーターは宇宙港の役割も担っている。

 宇宙港がある施設は大型の要塞エリアでも多くはない。


 それぞれの艦でも自力で大気圏外へ出ることは可能ではあるが、今回は長距離航行となる。

 できる限り燃料は節約し余裕は持っておきたい。宇宙での戦闘速度になると燃料はあっという間に消費してしまう可能性がある。


「これよりユリシーズ宇宙艦隊、発進!」


 コウの号令とともに、R001要塞エリアの宇宙艦打ち上げ用マスドライバーが展開を開始した。



 ◆  ◆  ◆  ◆  ◆



 それは長らく使われていなかった施設。惑星間航行用のマスドライバー施設。ヘリカルレールガンの原理を利用したカタパルトだ。

 アシアの管理するマスドライバーは一つの不具合もなく、正常に作動する。


 海水から沖合に浮かび出る巨大なトンネル。

 それがジェットコースターのように垂直方向に経路を変え、天空に向かって射出される。

 各軌道エレベーターは赤道直下付近であり、打ち上げにも向いている。 


『マスドライバーで打ち上げ後、周回軌道に乗せるため、軌道補正マヌーバを行います。ホーマン遷移軌道、つまり二重楕円遷移で重力アシストを行い、惑星リュビアへ向かいます』

「わかった」


 わかっていないが、とりあえずそう返事をするコウ。


『二つに軌道を効率良く使うためにオーベルト効果を利用するためスラスターを用います。よろしいですね』


 スラスターを弱噴射しながら長時間かけて軌道を変更するより、強い噴射によって一気に軌道を変化させるほうが効率が良いことのだ。

 オーベルト効果を初期段階に利用するとアストライアは解説しているのだが、コウはいまいち理解していない。


 映像を見るとうんうん頷いている衣川がいる。後にクシナダは衣川の質問攻めに合うだろう。。

 マットはコウと同じ理解のようだ。


「了解だ!」

 

 数分後、ペリクレスが所定の位置に運ばれた。

 十分後に発射される。

 大型艦の打ち上げにもかかわらず、次々と打ち上げられる様は壮観だ。


 いよいよアストライアの番だった。


「初めての宇宙か」

『生身で外にでないように。真空では数分で死亡します。大気がなく熱を逃がさず体内が高温になりますね。何より有害な宇宙線で様々な死因が想定されますので』

「それぐらいは知っている!」

『本当でしょうか?』

 

 アストライアはにっこり笑った。からかったらしい。先ほどの小難しい説明はこのための布石だろう。


「お前達…… そのなんていうか。大変だな。あの男、相当なAIたらしだぞ。私でさえぐっときた」


 リュビアがエメたちに声をかける。リュビアにしてみれば姉の相手に懸想するようなことは避けたいので冷静だ。

 だが、彼女たちは違う。アシアにアストライアまでライバルなのだ。


「そうなんだにゃ…… AIを落とすのが上手いのにゃ……」

「リュビアに理解されるとは嬉しいです」

「本当。実体があるとかないとか関係ないような相手ばっかり」

「うん……」


 女性陣の不満が一気に吹き出るが、痛ましそうにみるリュビア。


「あんなアストライアを見るのは私も初めてだからな…… 凄いことなんだぞ。あの状態は」

「わかってます……」


 力無く応えるにゃん汰。星系を滅ぼしかけた伝説のアストライアの一部とは思えない。今の彼女は本体機能を代替しているといってもいいだろう。


「本人の自覚がないというのは恐ろしい」


 アストライアといえば、惑星間戦争時代その名を聞くだけで戦争関係者を震えさせた存在だ。


「コウは転移して以来、アストライアと二人きりで教育受けたようなものなんです」

「ええ? いいのか。そんな危険なこと」


 美女教師と生徒などという甘い関係という意味ではない。

 詳細な事情を知らないリュビアからすれば、星系最強のキリングマシーンに最大の権限を持った生徒が教わっていたということなのだ。


「一応私たち三人いましたし…… でもそういえばつきっきりで構築関連の教育を受けてましたね」


 アキが震えながらフォローする。冷静に考えれば相当危険な状態だと今更ながらに思ったのだ。


『聞こえてますよ? 皆様着席を』


 冷や汗を浮かべながら慌てて全員着席する。


「どうした?」

『なんでもありません。ガールズトークで盛り上がっていたようです』

「そ、そうか」


 そこらにはあえて触れないことにする。


『それではカウントに入ります。――スリー、トゥー、ワン。ゼロ』


 アストライア艦内の重力制御は完璧である。

 Gもさほど大きくはない。MCSと一緒で五十G範囲なら大きく緩和できる。


 レールを滑走し始め、アストライアが加速する。

 アストライアは遂に宇宙へと打ち上がった。

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